第13話J( 'ー`)し「有馬記念……」
決戦前の夜。
ゲームだったら雪降る町でヒロインと重要なイベントが起きそうだが、俺にその予定はないのでぐっすり眠っておくことにした。
ベッドに入り、どれだけ寝たかわからないがノックの音で起こされた。
ピノ将軍による襲撃があったことで警備は強化され、今はねずみ一匹侵入できないし、殺気や敵意も感じないが念のために剣を取る。
「誰だ?」
「私だ、アーサー」
イグドラの声だった。
しかし、魔法による偽装もありうるので俺は質問をしてみる。
「ミカの好きな食べ物を言ってくれるか?」
「砂漠トカゲの蒸し焼き」
「俺の嫌いな食べ物は?」
「ウメボシという食べ物だろう?この世界にはないが」
正解だ。俺たちは3人で食べ物談義をした時にそれがどうにも好きになれないと話したことがある。「日本人の癖に梅干が嫌いなのかよ」と言われそうだが、じゃあお前たちは毎日緑茶飲んで俳句読んでるのか!
「念のためにもう1つ。お前のスリーサイズは?」
「上から91、6……59、90……って何を言わせるんだ!」
「ウエストだけサバを読んだな」
俺がドアを開けると赤いコートを羽織ったイグドラが立っていた。
こんな時間に召使いも連れずに一人で来るなんて奇妙だ。
もっと奇妙なのは普段はしない口紅をつけていることだ。
「入ってもいいか?」
「あ、ああ……」
俺が室内に入れるとイグドラはベッドの横まで足を進め、コートを脱いだ。
その下は薄紫色のレースが肢体を包み、生地が薄くて表面積の小さい下着が透けている。これは男にそういう気分を起こさせる目的で作ったとしか考えられない。
俺の頭の中で緊急警報が鳴った。
「えーと……」
俺は頭をフル回転させて訪問の目的を考える。
夕食でイグドラの母が言っていた結婚の話を思い出し、それしかないと確信する。これはきっとあれだ。夜這いというやつだ。
YO・BA・I
そして俺は思う。
YA・BA・I
「アーサー、先に謝っておく。本当にすまない」
「お前、まさか……」
イグドラはセクシー下着を見せ付けて俺に迫る。
「今から起きることは二人だけの秘密だ。誰も見てないから……」
「いや、待て!少し落ち着け!」
俺は呪いがあるので女王の望みをかなえてやることはできない。え?説明すればわかってもらえるって?何が悲しくて「呪いで童貞を卒業できないんです。卒業しちゃうと能力が10分の1になるんです」なんて仲間に言わなきゃならないんだよ!死んだほうがマシだ!
「アーサー、覚悟を決めてくれ!行くぞ!」
「うおおおおお!?」
飛び掛ってきたイグドラを俺は紙一重でよけた。
非常にまずい。皇帝との決戦前に弱体化するわけにはいかない。それ以前に残りの四天王や城の兵士を倒せるかも怪しくなる。
「アーサー、あっという間に終わる。だから……種をわけてくれ!」
「種?」
タネ?
俺はすばやさの種みたいなアイテムは持ってないぞ。
「種籾をよこせ!ヒャッハー!」とでも言ってるわけでもないだろう。
俺はイグドラの手に銀色のトロフィーみたいなものがあるのに気づいた。
複雑な紋章が彫られ、強い魔力を感じることから何らかのマジックアイテムだろう。そしてくるくると丸めた雑誌みたいなものも一緒に持っている。
「そのトロフィーみたいなのはなんだ?」
「この器は国宝の一つだ。強力な保存魔法がかかっていて、中に入れた食べ物は何十年経っても腐らないらしい」
「ふーん……」
面白いアイテムだなと俺は素直に思った。
「ちなみに、名前は『主婦の腕の見せ所』だ」
「今までの物騒な国宝と違って家庭的だな。で、それをどうするんだ?」
「その……お前のコダネをいれてほしい」
「……は?」
短い沈黙が生まれた。
コダネ?え?それは子種というやつか?
「えーと、もう1回言ってくれるか?俺が何かを誤解してるかもしれないから」
「子種を保存させてくれ。今夜中に子供を作るのは難しいだろう?これに子種を入れておくのだ。皇帝を倒した後に保存した液を使って何人も跡継ぎを作ろうと母上が仰ったのだ」
「……そっちの本は何だ?」
「これか」
イグドラは雑誌を開いた。
魔法で描かれた精密絵画、俺たちの世界でいえば写真に近いものでいろんな女性がアハーンなポーズを決めている。そう。いわゆるポルノ雑誌だ。この世界では超高価なもので特権階級しか手に入れられない。
「私の体に魅力を感じないと言われたらこれを使えと母上に言われた。ど、どっちにする?」
「えーと、つまり……」
俺はこめかみを押さえながらイグドラの言いたいことを考えた。
「アレをここに出せと?」
「そうだ」
「お前の見てる前で?」
「そうだ」
俺は雑誌をくるくると丸める。
そしてそいつでイグドラの頭をぶっ叩いた。
ポカーンッと心地よい音が響く。中は空洞かもしれない。
「痛いっ!」
「痛いのは俺の心だ!俺はどこの競走馬だ!俺の子は菊花賞とか狙うのか!」
正真正銘の種馬扱いである。
あの母親め。そんな事を企んでいたのか。俺も災難だが、そんな目的に使われる国宝の気持ちも考えろよ。
「いっそ普通に襲ってくれるほうがマシだ!」
「え?襲っていいのか?母上から『さすがにそれは犯罪だからやめておきましょう』と言われたのに……」
「妙なところで常識を重んじやがって!」
俺はあのロッシェンテ女王をどう扱えばいいかわからなくなった。
「アーサー、正直に言ってほしい。お前は娼館にも行かないし、ひょっとして女に興味がないのか?それならこちらの雑誌を使って構わないが……」
イグドラは2冊目の雑誌を取り出した。
「それは?」
「男の裸が載ってる」
「いらねえよ!俺は女が好きだ!」
俺はまた雑誌を頭を叩こうとしたが今度は国宝の杯でガードされた。
まるで叩いてかぶってジャンケンポンだ。
「俺にそっちの気はない!」
「じゃあ、体に問題を抱えてるのか?それなら神殿で治してもらおう!王都の神官は優秀だ!きっと治るから!」
「健康そのものだ!」
変な方向に誤解されかけて俺は焦った。
アーサー英雄伝説に「EDに悩まされていた」とか加わったらどうするんだ。どんな美談も吹き飛んでしまうぞ。
「では、宗教的な理由か?それなら大丈夫だ。肌を重ねるわけではないのだから」
「いや、そういうわけじゃ……ん?」
そこで俺はふと思った。
童貞を捨てたら弱体化する呪いはこの場合も適応されるのか?どこまでが「あれ」に含まれるのか。あの幼女女神もこんなマニアックなプレイは想定していないだろう。イケるといえばイケる気もするが……。
いやいやいや!
俺はあわてて却下した。
仮に呪いがなくても決戦前夜にこんな変態プレイをしていいはずがない。
そもそもイグドラも残された子種で子供を生むなんて望んでるわけがないだろう。
「なあ、お前はそれでいいのか?こんな方法で子供を産むとか」
「それは……」
イグドラは表情を曇らせた。
「確認しておくけど、お前は俺のことが好きなわけじゃないだろ?」
「仲間としては好きだ」
「男としては?」
「さあ」
「さあって……」
「仕方ないだろう。私は騎士道一筋で生きてきたのだ。恋愛とか言われてもよくわからない。相手が強いか弱いかしか考えたことがないのだ」
「お前はそういうやつだったな……」
「それに、強い者の子供を生むのは我ら女人の義務だろう?好き嫌いなど考えても意味がない」
俺はどうしたものかと悩んだ。
今回はミカの両親のケースとは違う。イグドラの母親はあの両親と違って愚かでも無知でもない。強い血を取り入れれば王族にとっても国にとっても利益になるからイグドラに俺の子供を生ませたい。道理だし、この世界の上流階級では常識である。日本だって昔は娘の結婚相手を親が決めるのは当たり前のことだった。21世紀の世界から来た俺がその習慣を否定するのも横暴だろう。
「にしても、子種だけ保存するって……。そこまで母親のいいなりでお前はいいのか?」
俺はやがて国を背負う王女に切々と説いた。
「お前もやがて国を背負うんだろ?なんでも母親の言うことを聞いておけばいいってわけじゃないぞ。いつかは親もいなくなるし、自分で決断しなくちゃいけない日が来るんだ。そうだろう?」
「そ、そういうアーサーはどうなのだ?お前も母上に依存して生活していたんだろう?」
「うおおおおお……」
そう言われて俺は頭を抱えた。
超特大級のブーメランが頭に刺さってしまった。
そのとおりです。俺はクソニートです。親の家で暮らして親の稼ぎで生活していました。父さん、母さん、ほんとすみませんでした。
「やめろ……その言葉は俺に効く……」
「ほら、お前だって親に頼って生きてるじゃないか。私ばかり責めるのは不公平だ。就学・就労・職業訓練のいずれも行っていない人をニートとか呼ぶらしいな?」
母さん、なんちゅーことを教えてんねん!
俺がそう思った時、ノックの音がした。
「たかし、母さんだけどちょっといい?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺もイグドラも焦った。
こんな姿のイグドラを見られたら言い分けできない。ラスボス決戦を前にして無責任なことをしてると思われたらどうする。母さんの一撃で俺はライフが0になるかもしれないんだぞ。
「ベッドの下に隠れろ」
「わ、わかった」
イグドラと奇怪な品々をベッドの下へ隠し、部屋に招いた彼女が親にばれないか焦る男子高校生みたいな気分で俺はドアを開けた。
「どうかしたの、母さ……ん?」
俺は母さんが夜中なのに化粧してるのに気づいた。
ミカ特性の化粧品がそんなに気に入ったのだろうか。
「たかし、急にごめんなさい。たかしがいろんな意味でピンチになってる気がしたんだけど、何も起きてない?」
母さんは俺の部屋をきょろきょろと見回した。
鋭い第六感を働かせてくれてありがとう、母さん!
でも、今は少しもありがたくないよ!
「な、何も問題ないよ」
「そう?ならいいんだけど。たかし、そういえば夕食の時に出た話なんだけど……」
母さんはそこで少し躊躇ったようだ。
「たかしは元の世界に返りたいのよね?この世界で暮らしたいと思ってるわけじゃないの?」
「ああ、本当に帰るつもりだよ」
俺は母さんの聞きたいことがわかった。
「あー、俺が元の世界に帰りたくないと思った?」
「うん。夕食の席ではああ言ったけど、無理してない?……もしもだけど……たかしがこの世界に残りたいなら母さんは構わないわよ?あなたのお父さんには元気にやってると言っておくから。ほら、この世界には写真みたいなものがあるじゃない?あれで元気な様子を見せてあげれば納得してくれると思うの。この世界で有名人になったんだから地球に帰らなくても……」
ああもう!これだから俺の母親ってやつは!
俺は母さんの献身ぶりに笑いたくなった。
こんな母さんだから俺は何年も頼り続けてしまったんだろう。
「母さん……俺はちゃんと家に帰るよ。いや、帰りたいんだ。今まで迷惑かけっぱなしだっただろ?元の世界に帰って仕事を探すつもりなんだ。すぐ見つかるかわかんないけど」
「たかし……」
母さんは信じられないという顔をした。
うん、俺も自分の変化に驚いている。おそらく異世界で生活したことでニート根性がいくらか治ったのだろう。最初に半年間も農作業したからなあ。動物や植物を育てて心を回復するセラピーがあるらしいが、あれと同じようなものかもしれない。
「本当に帰ってきてくれるの?」
「ああ」
「たかし……まるで別人になったみたい……」
母さんは猛烈に感動したらしく目をうるうるさせている。
一般人に比べたら成長が遅すぎるけど、まあ、成長したんだから良いじゃないか!
「じゃあ、明日は皇帝を倒せば全部終わりなのね。聞き分けのない人だったら母さんがメテオアローっていうので倒してあげるから心配しないで」
「ちょ!それはやめてくれ!皇帝は俺が倒すんだよ!」
俺は懇願した。
そこだけは譲れない。
アーサー英雄伝説がアーサーの母さん英雄伝説になってしまう。
「心配ないって。俺はめちゃくちゃ強くなったんだからさ!」
「でも、危ないことはしてほしくないし……」
母さんがすがるような目で俺を見る。
やれやれ。ここは一つびしっと言っておくべきだろう。
「母さん、俺は自分の力を試してみたいんだ。皇帝相手に自分がどこまでやれるかやってみたい」
これは本当だ。
あの強い四天王がひれ伏す皇帝とやらに今の俺の力がどのくらい通じるのか試してみたい。できれば拮抗してぎりぎり勝てるくらいならいいなあと思ってる。
「自分の力を試したい……たかしがそんなことを言うなんて……」
うん!引きニート時代にこんなことは絶対に言わなかっただろうな!
「母さん、どうしてもやばくなったら頼むかもしれないけど、それまでは母さんは待機しててくれ。俺は自分の力で皇帝を倒したいんだ」
「わかったわ!じゃあ、テトラアローとかアローレインは使ってもいい?」
「それも禁止な」
「えー」
俺は母さんに念押しして頼むと部屋に戻ってもらった。
するとイグドラがベッドの下から這い出てきた。
「アーサーもご母堂のことをちゃんと考えているんだな……」
「ん?ああ、そりゃあ世話になったからな。なりすぎたくらいに」
「私も母上を喜ばせたいと思って従ってきたが……逆らう覚悟がないのも事実なんだ。いや、正直に言うと母上がすごーーーく怖い!」
「あの母親だもんな……」
「だが、お前も言ったとおり私は自分の意思で決めなければならない。母上だっていつかはいなくなる。そうなる前に一人立ちすべきだ。私は……自分の意見を母上に伝えるぞおおおお!」
おお、イグドラが人間をやめる並に覚悟を決めたらしい。
さっきの俺を見て焚きつけられたらしい。よしよし。これで俺は子種を採られることに怯えず安眠できそうだ……と言いたいところだが、彼女一人ではあの女王に言い負かされて戻ってくる予感しかないので俺は女王を説得すべく同行することにした。
真夜中の廊下をしばらく歩き、俺たちは会議室の1つにたどり着くとイグドラを見た警備兵の1人が中へ入ってゆく。女王はここでスタンバイしてるらしい。
「イグドラ、子種はもらえましたか!?」
扉が開くなり夜間着をまとったロッシェンテ女王がそう言ったものだから俺は「もらえるか!」とつっこむところだった。女王はセクシーなネグリジェを着ており、俺はイグドラの時以上に目のやり場に困ってしまう。
「まあ、アーサー!ひょっとして……イグドラにも雑誌にも興味はなくて私に搾り出してほしいということですか?」
「違います!」
妖艶な顔になって「子種くれるならいいわよ」と言いたげな女王を見て俺はやばいと思った。これが18禁ゲームなら1度セーブしてそのルートのCGを回収したいところだが、彼女の色香に惑わされる前に本題に入った。
「女王陛下、イグドラから言いたいことがあるそうです」
「まあ、何かしら?」
「は、母上……その……」
ほら、言えよ、と俺は肘でつっつく。
イグドラは口をもごもごとさせたが、やがて小さく言った。
「母上、私はその……こういうやり方で子供を生むのは……少し違うような……」
「何を言っているの、イグドラ?アーサーの子種では不満なの?」
「いえ……アーサーに不満があるというわけではなく……やはり種だけというのは子供が可哀想というか……」
「それは仕方ないでしょう?アーサーが婿入りしてくれないのだから。ねえ?」
くそ!俺のせいにしやがった!
女王の責任擦り付けに俺は怒りをこらえて反論する。
「女王陛下、俺は元の世界に帰りますし、ここで子供だけ作って置いていくのは可哀想だからお断りします」
「なぜ?あなたには何の負担もないでしょう?子供は立派に育てるから心配しなくていいわ」
この辺はやはり王族だ。常識が違うから話が成立しない。
強い血筋を取り込むことに躍起になるばかりでイグドラと俺の意思など無頓着なのだろう。
「は、母上!」
イグドラが叫んだ。
おお、ついに覚悟を決めたらしい。
「私はこの世界で共に生きてくれる夫と愛し合って子供を生み、子供たちとこの国を守りたいと思いまつ!お、思います!」
あーー!最後だけ噛んじゃった!
しかし、女王はそこをスルーしてくれた。
「…………なるほど。イグドラは私に意見しているということね?」
「ひ……ひゃい」
イグドラは体を震わせながら言った。
「そう。ついにその時が来たのね。私もお母様に逆らったのはその頃だったからよくわかるわ」
「え!?母上も!?」
「ええ」
女王は怒ったりせず、むしろ嬉しそうだった。
どうやら彼女も同じ経験があったらしい。
「母上、では……」
「しかし!自分の意思を通したいなら実力を持って私をねじ伏せてみなさい!」
ああ!目がキラキラしてる!
これは間違いなく勝負しろって言い出すコースだ!明日は決戦に向かうんだよ!?決戦前夜にそんなことで体力を消費してたまるか。大怪我をして皇帝に勝てなかったらどうするんだ。俺はあれこれと説得する方法を考え始めた。
しかし、女王はこう言った。
「鍛錬場まで来なさい……と言いたい所ですが、夜も遅いですし明日は皇帝との決戦。簡潔な方法で済ませましょう。お前たち、あれをここに!」
あれ?あれってなんだ?
俺は全くわからなかったが脇に控えてる家来たちは阿吽の呼吸で部屋を出るとおよそ1分後に高級そうな酒瓶や杯を持ってきた。2つの杯には片や琥珀色の美しい液体が入っており、もう片方は「毒です」といわんばかりの禍々しい緑色の液体が入っていた。
「母上、これは?」
「片方はニガリゴケで作った王国一のまずいお酒『地獄酒』。もう片方は王国一美味しいお酒『天国酒』です」
「ニガリゴケ?母上、それは猛毒だと聞いたような……」
イグドラが驚いて言った。
「いいえ、イグドラ。ちょっと苦いだけの草よ。私の祖父母が拷問用にこのお酒を作らせました。安心しなさい。薬草を混ぜた『天国酒』を飲めば中和されて体に影響はありません」
中和すれば影響ないってやっぱりそれ毒じゃね?
俺はそう言いたかった。
「母上、これは一体?」
「女王陛下、これをどうしろと?」
「イグドラに『地獄酒』を飲み干してもらいます。ぐいっと一気に!」
女王は高らかに言い放った。
勝負はまさかの青汁一気飲みであるとは。でも、青汁が可愛いレベルの毒々しさだし、この母親のことだから不味いどころじゃないだろうな。
「イグドラに自分の意志を貫く覚悟があれば……いずれ女王になる気持ちで胸がいっぱいなら……これくらい飲み干せるはずです!」
ロッシェンテ女王が顔をくわっとさせるのを見てどっかの焼き土下座みたいなセリフだなと俺は思った。脳内に「ざわ……ざわ……」という効果音が流れ始める。
「さあ、覚悟を見せてもらいましょうか、イグドラ」
女王は椅子に腰掛けると娘をじっと見た。
「お、おい、イグドラ、飲めそうか?」
「飲むしかないだろう……」
イグドラは緑色の液体が入った杯を持つと匂いをかいでみた。
「むぐううううっ!」
彼女は鼻を押さえて涙目になった。俺も杯に近づいて匂いを嗅いでみた。とてつもない異臭。納豆とクサヤをゴミ箱につっこんでから1ヶ月後に出したらこんな匂いかもしれない。
「うおおお……イグドラ、こういうのは一気に飲み込むしかないぞ。ちびちび飲んでも辛いだけだ」
「わかってる……わかってるが……」
そう言うイグドラの手がぶるぶると震えている。
これはまずい。何か手を打たないと「子種くれ」が復活してしまう。
俺はそう思って「天国酒」と名づけられたお酒を見る。これとブレンドしたらマシにならないだろうか。どうせ直後に飲むんだから混ぜてもOKなのでは?そう思って王国一美味しいお酒の匂いをかいでみた。
「おお……」
俺は芳しい香りに頭がぽわっとした。
お酒の知識などないが頭の中に花畑ができて妖精がアハハウフフと戯れてる幻想が見えそうなくらいに心地よい気分になった。これ、かなり美味いんじゃね?
俺の気持ちを察したらしく女王は言った。
「アーサー、気になるなら飲んでみてもいいわよ」
「いいんですか?じゃあ、ちょっとだけ……」
琥珀色の液体を俺は少し口に含んだ。
極上の甘さとかすかな酸味が口の中に広がり、HPMPが全回復した気がした。涙が出るほど美味いのだ。体がぽかぽかしてお湯に浸かってるような感覚になってきた。
「くうううう!なんと例えたらいいか全然わからないけど美味すぎる!女王陛下、こっちのお酒とむこうを混ぜるのはアリですか?」
「構わないけど、それくらいで誤魔化せると思わないほうがいいわよ」
女王の言ったとおり、多少混ぜた程度で地獄酒の匂いは変わらなかった。
むしろ匂いと色がより邪悪になった気がする。
「アーサー、さっきより不味そうなんだが?」
「光と闇が合わさって無味無臭の最強とはいかないか……。こうなったらやはり一気に飲み干せ!」
「えー!?」
無理は言ってない。
地獄酒の量はそう多くないのだ。
「気合で飲め!」
「そう言われても……」
畳み掛けるが彼女は口に入れる勇気がもてないらしい。
そこで俺に悪魔的発想が浮かんだ。
「ちょっと待ってろ」
俺は中庭にひとっ走りしてからある生物を捕まえ、あいつの前に戻った。
「ひいいいっ!」
「いい反応だ、イグドラ」
バッタを見せつけながら俺は言った。
こいつの尋常でない虫嫌いを利用しない手はない。
「イグドラ、想像してみろ。こいつを自分でムシャムシャ食べるところを」
「ムシャムシャ?……あばばばばば」
案の定、白目をむいて気を失いかけてる。
今がチャンスだ。
「それに比べたらその青汁を飲むくらい大したことはない。そう思わないか?」
「そ、そう言われると……」
イグドラの中で地獄酒のハードルが下がった。そのイメージが下水処理場から道端の水溜り程度まで和らいだのだろう。もちろん錯覚でしかないのだが、毒をもって毒を制す俺のアイデアは上手くいった。さあ、ここで畳み掛けるぞ!
「バッタ一気食いに比べたら楽勝さ!さあ、飲むんだ!」
「あ、あぅ……」
「飲め。ていうか、飲まないと口の中にこれを何匹か……」
「飲みます!こっちを飲みますからそれだけはあああああああ!」
俺がすべてを言い終える前に彼女は手に持った杯をあおった。
早っ!イグドラは3秒もかけずに緑の液体を飲み干したのだ。
「よくやった!イグドラ!」
「おぼおおおおおおおおおおおおおっ!」
エロ同人に出てくるような絶叫が会議室に響き渡った。
イグドラの顔が青や赤に変わり、最後に真っ白になって床に倒れた。
「まずいわ!早く解毒薬を飲ませてください!」
女王があわてて叫んだ。
お前、毒って認めてるじゃねーかと思いながら俺が天国酒を飲ませるとイグドラの顔色が元に戻り、やがて息を吹き返した。
「うぇぇ……お、お母様、私は……やりとげましたか……?」
「ええ、まさかあれを飲めるなんて。多少ずるい方法だった気がするけど」
女王はちらりと俺を見た。
そこは知恵ってやつですよと反論してやりたかった。
「驚きました。私にも飲めなかったというのに……」
「え?母上もこんなものを飲もうとしたのですか?」
「ええ。ずっと昔に私のお母様と勝負をして……」
ロッシェンテ女王はどこか遠い場所を見ていた。
「私も結婚相手を自分で選びたいと思ったことがありました。でも、あんなものを飲むほど惚れ込む相手はいなかった。それだけのことです。イグドラ、いつかあなたが選ぶ男を紹介する日を楽しみにしています。けれど、それが軟弱な男だったときは……わかっていますね?」
「ひゃ、ひゃい!わかりました!」
最後にドスの利いた言葉と見えないオーラを発した女王は部下を連れて去っていった。こりゃあイグドラの結婚相手はえらい目に会いそうだ。まあ、俺には関係ないががんばってくれ。
「ひとまずはこれでいいのだよな、アーサー?」
「そ、そうだな……。お、まだお酒が残ってる」
俺は天国の美酒を少し飲むことにした。
さすがは王国に名高い美酒だ。1杯のつもりがついつい飲み続けてしまう。
「こら、アーサー!私にも飲ませろ!頑張ったのは私なんだぞ!」
「ちいっ!わかってるよ!」
結局、俺たちはあれよあれよという間に酒瓶を一つ空けてしまった。
その酔いは凄まじく、気づけば俺たちはかなり出来上がっていた。
「なんかぁ……気持ちいいなあ……」
「当然ら……我が国さいこーのお酒なんらから……」
お互いに舌が上手く回っていない。
極上の美酒恐るべしだ。
「部屋に戻ろーか……おっとっと……」
「おいおい、あーさー、らいじょうぶか?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ」
「しょうがないにゃあ」
そこからイグドラに肩を貸してもらい、部屋まで戻った。
そう。そこまでは記憶しているのだ。しかし、その先はきわめて曖昧になる。
「お……サー……」
ん?
「大丈……うわ……何……」
イグドラの声が遠くから聞こえる、
俺は雲の上にいるような浮遊感と不思議な快感を覚えながらエスカレーターを上っていくような感覚に包まれた。
「あーさー……おま…………ひゃ……」
ひゃ?
今、イグドラが「ひゃ」と言った時に俺の体にびりびりと電流が走った。不快なものではなく心地よい低周波マッサージを受けてるような感じだ。
そして俺は低周波マッサージを受けながらエスカレーターで高いところへ連れて行かれる。まるで天国へのエスカレーターだ。
「ん……」
イグドラがなんだか艶のある声を出している。
そういう色気を普段も振りまいてほしいものだと俺は思うがそんな考えもすぐに消えて体は高みへ上っていく。その上昇感というか気持ちよさといったら言葉にできない。
「…………あ…………」
あ?
イグドラの色っぽい「あ」という声を聞いた瞬間、俺の乗っていた空想のエスカレーターが消えて空中に放り出された。
ひゅうううううっと俺の体は落下してゆき、やがてトランポリンのようなものにボヨンとぶつかった。大きくて暖かいトランポリン。それが2つあって俺はそこに身を任せると何もかもどうでもよくなって心地よい眠りに落ちた。
それからどのくらい経っただろうか。
気づけば鳥がチュンチュンと鳴く声が聞こえたので俺は目を開けた。
視界に広がる肌色。少し経ってからイグドラの胸元であることに俺は気づく。
「すう……」
イグドラが俺のベッドで寝息を立てていた。
普段は見られない肩や肩甲骨の綺麗な曲線を見ているうちに俺の頭の中には恐ろしい可能性が浮かび上がり、やがて魔法を唱えた。
「グルーグ」
すぐに目の前に自分のパラメータが浮かんできた。
体力 20
魔力 20
耐久力 6
素早さ 10
命中率 4
運 7
うーん、見事に10分の1に減少している。
これまでの努力がすべて水の泡になった。
そして今日は皇帝のいる都に乗り込んで最終決戦に挑む予定である。
うーん、これはもう完全破滅したんじゃね?
だから俺は叫んだ。
「め、女神様あああああああ!」
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