第2話 初戦

町の外では、モンスターがうじゃうじゃしている。とはいっても、この辺りのモンスターは冒険初心者で充分倒せるレベルだ。レベル10もあれば1人で歩いていても問題ない。


「しかし昨日は惜しかったな。魔王に後一撃決まってれば、今頃英雄だったもんなー。」


悔しそうにデドイが呟く。実際確かに惜しかった。俺が最後の一撃を当てていれば、魔王は地に伏していたに違いなかった。


俺の横を歩いていたチェロルが、後ろにいるデドイにしーっとジェスチャーをする。


「悪いな、ロギア。お前の気も知らないで、無責任なことをいってしまった。」


「いーってさ。終わったことだ。それより、朝から謝ってばっかで辛気臭くてたまんないよ。今日は久々に飲みに行くか? 」


全員が、賛成とでもいうようにうなずく。俺の言うことにはほぼ、みんな従ってくれる。例外はレーシャで、命令は5割通ればいい方だが。


弱いモンスターしか出てこないため、談笑しながら草原を歩く。そこには、昨日魔王と戦っていたとは思えない緊張感のなさがあった。


「あ。毒芋虫の群れだ。」


チェロルが坂の上を指さす。10匹ほどの毒芋虫が、群れをなしてこちらに向かってきている。


「おかしいわね。レベルが高いパーティには、この辺りのモンスターは近づいてこないはずよ? 」


首をかしげながらレーシャが口を開いた。レーシャの言うとおりだ。毒芋虫程度では、俺たちのパーティには歯がたたないはず。


(もしかしたら、毒芋虫は気づいているのか? 俺が最低レベルだということに。)


「無視していこう。いちいちかまっていられないよ。」


できるだけ自然に、毒芋虫との戦闘を避けようと皆を誘導する。


「昨日魔王にやられてストレスが溜まってるだ。少し発散させてもらうぜ。」


腕をブンブン振り回すと、デドイがボクシングのシャドーをはじめた。それに呼応するように、魔導士アタッカーであるレーシャも、ステッキを取り出すとくるくる回し始めた。


「みんな、時間もないし早く行かないと。」


「さっきからなんかおかしいわね? 妙に戦闘を避けようとしてない? 」


怪訝そうにレーシャが疑問を投げかける。これ以上喋ると墓穴を掘るかもしれない。幸いこの調子なら、俺の出番は回ってこないだろう。戦闘中はとりあえず最後尾で隠れることにした。


「じゃあ、1人2匹ずつ倒すってことで! 」


(まじかよこいつ……)


もう何を言ってもいまのデドイは止められない。戦闘が好きなのだ。自らの肉体をフルに使って相手を打ちのめすのに喜びを感じるタイプ。俺はデドイのそういうところがあまり好きじゃない。今日からの俺は、無益な殺生は好まないのが信条なんだ。おかげで、隠れてやり過ごすという計画も水の泡だ。


戦闘が始まった。デドイが毒芋虫の頭を掴み持ち上げると、腹にストレートパンチをお見舞いする。毒芋虫は、口から紫色の液体を吐き出し、ブルルンと一瞬震えて動かなくなった。戦闘というよりは蹂躙だ。


アタッカーのレーシャが余裕なのは当然として、ヒーラーのチェロルも攻撃に参加している。後衛での回復がメインだが、モンスターとのレベル差がありすぎるので攻撃しているのだ。


あっという間にモンスターの数は残り2匹。俺の分だけだ。デドイが毒芋虫を掴んだまま俺の方を見て、うなずいている。やっちゃってくださいという意味なんだろう。


「おい、早くしろ。皆倒し終わってお前だけだぞ。」


肩に手をポンと置いて、背後からレーシャが囁いた。レーシャが戦っていた方を見る。毒芋虫は跡形もなくなっていた。これは、相当溜まってたな、イライラが。


「やはり、お前は朝から様子がおかしい。どうした? 何か悩みでもあるのか? 」


背後から俺の前に回り、レーシャが顔を覗きこむ。その目は、きれいな疑いの眼差しだ。


「疲れてるだけですよ。今、やります。」


幸い剣は持ってきていた。防具は修理に出しているから、攻撃は絶対にかわさなければいけない。着ているのは防御力0、私服だ。毒芋虫の尻尾振りが当たっただけでも骨が折れて立てなくなる。


(こちらから先に攻撃を当てるだけだ。剣の威力で瞬殺してやる。できる! )


左手を鞘に、右手を柄に、抜刀の構えを取る。俺が迎撃態勢に入ったのを見ると、毒芋虫達は、ダンゴムシのようにその場で丸くなり回転を始めた。


「懐かしいなあ、ローリングアタックだ。昔はよくあれでやられたよなあ。」


遠い目をして思い出を語るようなデドイに腹が立った。命がけの俺の横でよくもそんな事が言えるものだ。下手すれば死んでしまうかもしれないんだぞ。


毒芋虫達は、回転スピードがマックスになると、ギュンと俺に突進してきた。


(は、早い……! とても避けられるスピードじゃない。)


当てるタイミングは勘でとるしかない。柄を握る右手にありったけの力を込める。俺は勇者だ。たとえどんな苦境に陥っても、最後は必ず勝利するんだ。毒芋虫ごときに負けるはずがない。


「うおおおおおっーーー!! 」


全身全霊前のめりの気持ちが言葉となる。俺はおもわず叫んでいた。魔王との戦いでも出した事のないほどの大声が、静かな平原にこだまする。


俺が倒すのを今か今かと待っているデドイとチェロル。その姿が、視界の隅にちらっと映る。二人とも、あっけにとられた顔をしている。え、なにそれ? いつからそんな叫ぶ熱いキャラになったん? みたいな感じになっていた。


(周りからどう思われたっていい。死んでしまったらおしまいだ。生き残るんだ。)


毒芋虫達が、俺の剣の射程内に入る。多分、今だ。いや、タイミング全然分からん。とりあえずほんと、お願いします当たってください!


剣を鞘から素早く引き抜く。


「くらいやがれっ!! 」


抜けなかった。剣が抜けなかった。鞘の中で引っかかっているのか? そんな感じじゃない。剣が俺の事を拒否しているのが、伝わってくる。これは、じーちゃんから聞いたアレだ。俺の中に、ある昔の記憶が走馬灯のように浮かんできた。



「自身のレベルが低いと、強い武器は装備できない事があるから気をつけるんじゃぞ。武器にも意思があるってことじゃ。」


育ての親のじーちゃんが言ってた事だ。俺の父母は、生まれてすぐに亡くなってしまった。父さんの父さん、つまり、じーちゃんが代わりに面倒を見てくれた。勇者になりたいという俺のワガママを否定せず、いつも応援してくれた。冒険へ出発の朝、ギルドへの入会金を払うために、少ない貯金をおろして渡してくれた。


「辛かったら、いつでも帰ってこい。そしたらわしと畑でも耕すか。ホッホッホ。」


それから俺は、レベルカンストし、功績を挙げ、勇者の資格を得た。じゃんじゃん入る報酬は、じーちゃんが生活に困らないように充分な額を仕送りした。じーちゃんは、俺が勇者になったことをすごく喜んでくれた。毎月手紙も送ってきて、そこには、たまには帰ってきて茶でも飲んでけ、とよく書いてあった。でも俺は、忙しいことを理由にじーちゃんの家へは行かなかった。チヤホヤされて天狗になっていた俺は、大切な人の気持ちに気がつかなかった。装備に関する基本的な知識も、当然忘れていた。当時は、装備できない武器なんてなかった。


(ダメだ……。レベル1だからこの剣は装備できていなかったんだ。かわすことも不可能。ローリングアタックをくらったら全身骨折で死ぬ……。)


時間が永遠のように感じられた。死ぬときって本当に思い出が巡るんだな。じーちゃん、ごめんなさい。


俺が攻撃してこないのを悟り、勝ちを確信し目と鼻の先に迫る毒芋虫達。観念した俺の眼前で、なぜか突然回転が止まる。

二匹並んだ毒芋虫の腹部から、勢いよく血か吹き出ている。側面を、氷の矢が貫通し動きを止めていた。俺の顔に、毒芋虫から吹き出た血液が大量にかかる。


左手前方から、レーシャが氷魔法を放っていた。指定した範囲の空気を極限まで冷やし氷のやいばをつくりだす魔法だ。


上級魔法を受け即死した毒芋虫を蹴飛ばし、レーシャが俺に近づいてきた。俺の耳に唇を近づけ、他の二人に聞こえない声で問いかける。近いよ距離が。


などと甘い事を考えていた俺は、一気に血の気が引くことになった。


「おかしいと思っていた。なあロギア、お前、レベル1になったんだろ? 」








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レベル1の勇者の俺が最強パーティに紛れ込んで魔王討伐してもいいですか? 夏目飛龍 @kiritsuguemiya

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