レベル1の勇者の俺が最強パーティに紛れ込んで魔王討伐してもいいですか?

夏目飛龍

第1話 覚醒

朝、目覚めたら自分のレベルが1になっていることに気付いた。ギルドから冒険者に支給されるタブレットがそれを物語っていた。画面には、自分のIDと、レベル1の表示。ステータスも、初期値になっている。


きっと悪い夢を見ているんだろう。そう思った俺は、再び眠りにつくことにした。次起きたときには、昨日までの俺に戻っていることだろう。レベルカンスト、人々からの声援を浴び街中を闊歩する勇者の俺に。



……戻らなかった。やはり、そんな気はしていた。二度寝から起きても、相変わらず画面の表示はレベル1を示していたし、ステータスも最低だ。昨日、ラスダンで魔王に敗れて気を失うまで、レベルはカンストしていたはずなんだ。多分なんかしらの呪いの類だろう。だとすれば、他の仲間たちも同じ症状が出ているはずだ。


「ロギアー。起きてるの? 入るよー。」


部屋の外から女の声が聞こえる。ヒーラーのチェロルだ。ドアをノックする音も気づかなかった、かなり動揺している。レベルが1になったことを仲間たちに悟られないようにしなければ……。特にチェロルには……。


俺のレベルがカンストしたのは、一年ほど前のことだ。とある洞窟の奥で、見たことのないモンスターを倒したのがきっかけだった。暗闇でモンスターの姿はよく見えなかったが、獣人系だったと思う。あまりの強さに俺以外の仲間は次々と倒されてしまった。追い詰められ諦めかけたとき、運良くやぶれかぶれに放った一撃が敵の急所をついた。そいつから得られた莫大な経験値が俺一人にはいったのだから大変だ。一気に最高レベルまであがり、城下町にあるギルドのなかでもトップの実力者となったんだ。


そこから、俺たちのパーティの快進撃が始まった。今まではレベルが足りず行かなかったダンジョンに手を出し、どんどんと攻略していった。正確には、俺一人でのゴリゴリの力押しだが、クリアできればそんなことは関係ない。ギルドのなかでも着実に順位を上げていった。調子に乗った俺は、とうとうつい先日、魔王討伐へと向かったわけだ。


ラスダンへ挑む前日の夜、俺はこっそりとチェロルを呼び出した。完全に天狗になっていた俺は、チェロルに告白することにしたんだ。ギルドで初めて会ったときに一目惚れし、ずっと好きだった。その思いを、魔王討伐前日という最高のシチュエーションでぶつけた。


「チェロル。魔王を倒し生きて戻ってこられたら、俺と付きあってほしい。」


臭くてベタな告白だったか、チェロルの返事はイエスだった。頬を赤らめて少しうつむき加減で、はい、と言ってくれた。もし魔王を倒せていたら、今頃、同じベッドの上で寝ていただろう。目を開けたら、チェロルの可愛い寝顔が目の前にあって。その長くて柔らかい髪をかきあげて、おでこにキスとかしたりして。


「どうしたの、ロギア? なんか表情が暗いけど。」


気づくと目の前にチェロルの顔があった。俺は慌てて表情をつくる。チェロルは、ベッドに座っている俺の横に腰掛け、眉を潜めて俺の目を見てきた。


「魔王を倒せなかったこと、気にしてるの? 」


「あ、ああ……。みんなに申し訳が立たなくてさ。会わせる顔がないよ。」


本当のところは、魔王を倒せなかったことなどどうでもいい。いや、どうでもよくはないが、今直面している問題に比べれば些細なものだ。


俺は、タブレットをチェロルにむけてかざすと、スキャンのボタンを押した。こうすることで、仲間のステータスをお互いに把握できる。


チェロルのステータスは、残念ながらというべきか、昨日のままだった。呪いなどの異常もみられない。


「ステータススキャンしてるの? 大丈夫だよ、ちゃんとお医者様にも見てもらったし、全快してるよ。」


「チェロルのことが、心配だったんだよ。結構さ、魔王の攻撃えげつなかったじゃん。」


「それはそうだけど。ロギアが一番ダメージ酷かったよ。そうだ、私も見てあげるね。」


チェロルは、タブレットを手に取ると俺にかざす。慌ててその手からタブレットを奪い取る。


「ちょっとー、なにするのよ。せっかく見てあげようとしたのにい。」


「いいよ。自分の管理は自分でできてるから。驚かせてごめん。」


奪い取ったタブレットを、チェロルに返す。チェロルは、悲しそうな顔で俺を見て、頭をそっと撫でる。


「かわいそうに。相当ショックだったんだね。負けちゃったのが。」


さっきよりも距離が近い。女の子のいい香りが鼻に流れ込んでくる。抱きしめたい衝動を、理性で必死に抑え込む。


「ロギアさえよかったら、私は構わないよ。魔王は倒せてないけど、お付き合いするの……。」


微笑みを浮かべながら首を担げるチェロル。


付きあいたい。魔王とかどうでもいいから付きあいたい。だが、こんなレベル1の雑魚野郎だと知ったら幻滅するんじゃないか。チェロルだって、俺がレベルカンストの勇者だから好きになってくれたんだろう。もしこのことがばれたら、ソッコー振られるに違いない。せめて魔王を倒した後だったらなあ。傷ついて戦えない体になったことにしとけばごまかせたものを。こんなのひどすぎるぜ。


「俺を見くびらないでほしいな。君と付き合うのは魔王を倒した後。男に二言はない! 」


「ロギアならそう言うと思ってた。ごめんね、プライドを傷つけるようなことを言って。」


「気にするなよ。気を遣わせてすまなかったね。」


こちらこそごめんねだよ。俺のしていることは詐欺だ。チェロルをだまして付き合おうとしている。ステータスだけじゃなく中身も最低じゃねえか。


あれこれ考えても仕方がない。どのみちこれから隠していけることじゃない。パーティ全員の前で話そう。なんかわからんけど朝起きたらレベルが1になってました。これからもよろしくお願いします。って言ったら、皆どうするだろう。俺、捨てられちゃうのかな。


「さあ、いこう。みんなが宿の外で待ってるよ。」


チェロルに連れられ玄関を出ると、すでにパーティの仲間が俺たちを待っていた。タンクのデドイと、魔法アタッカーのレーシャだ。筋肉質な体のデドイが、俺に声をかける。


「ケガは治ったか? なかなか目を覚まさないから心配してたんだぞ。」


「悪かった。考え事をしてたら遅くなっちゃってさ。」


なるだけおどけた感じで、レベルダウンしたことを悟られぬよう受け答えをする。先ほど決めた、本当のことを言う、という信念は早くもぐらついていた。


「お前の防具は修理に出しといたから。ボロボロで使い物になりそうになかったよ。」


腕を組んだレーシャが、道具修理の店の看板を首で指しながら教えてくれた。俺より3つ年上の25歳で、パーティでは姉さん女房的存在だ。


「ありがとう、レーシャさん。助かります。」


軽く、礼を言う。レーシャは勘が鋭く頭も切れる。俺がレベル1になったことも、気づくかもしれない。まあ、自分から言うから別にいいんだけどね。


「とりあえず、ギルドに行ってクエストを受注しよう。魔王を倒すにはレベルがまだ足りないから。」


俺たちの所属するギルドは、今いる町の隣町にある。そこで、情報や仲間を得たりするんだ。


町の出口に向かうにつれて、騒がしい音が聞こえるようになってきた。出口へ至る曲がり角を曲がると、道の両脇に大勢の人だかりが見えた。


「勇者さまー、素敵よー! 」

「次こそは魔王を倒して! 」

「かっこいい〜!! 結婚してください! 」


町から出る俺たちを応援するために、集まっていた人たちだった。老若男女様々な人が、俺たちのパーティに声援を送っている。特に、勇者である俺への期待は、人一倍高かった。


「相変わらずすごい人気ね。勇者ロギア様〜〜。」


皮肉とともに、レーシャが俺のみぞおちに肘打ちをしてくる。普段なら、こんな小さな町の人々の応援なんて気にもならないのに、今日はなぜ、こんなにも胸が痛むんだろう。


勇者に危害が加えられないよう、人々の前には黄色の規制線のロープが張られている。複数の警備員が、飛び出そうとする人を抑えては、規制線の中に押し戻している。その混乱の最中、1人の少女がするりとロープを抜けて俺の前へと現れた。それを見つけた警備員が、少女の腕を掴んで引っ張っていこうとする。


「警備員さん。大丈夫です。その手を離してください。」


警備員の肩に手を置き、そう諭す。勇者に言われては従わざるを得ないのだろう、警備員は、掴んでいた少女の腕を離した。俺は、もじもじしている少女の前で片膝をついて、優しい声で話しかけた。


「こんにちは、お嬢さん。危ないから気をつけてね。」


少女は、後ろで組んでいた手を解くと、持っていた花束を俺にさしだした。赤青黄色が綺麗に散りばめられて美しかった。


「あの……、ずっと応援してました。これからも頑張ってください……。」


花束を渡すと、両手で顔を覆いながら一緒に来ていた両親の元へ戻っていった。目があった少女の両親が、俺に会釈をする。俺も会釈を返す。


「あんなちっちゃい子から花なんかもらっちゃって。モテモテですなー。」


「レーシャさん、おっさんみたいですよ。」


笑いながら答える俺の頭の中には、嵐が吹き荒れていた。真実をいうべきなのか。はたまた隠し通すべきなのか。答えは見つからないまま、歓声に包まれながら俺は町を後にした。







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