8話 仲間

「ねぇ、アタシ達ずっとつけられてるわよね」


ノエルがこっそりそう耳打ちしてきた

彼女はいちいちなにかと距離が近いのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない


「え、つけられてる?」

「バッカ!声がでかいわよ!」


ばちんっと頬を叩かれる

彼女と共に過ごしたこの数日間、もう何回頬をはたかれたか分からない


「そいつ隠れる気ないのよ、気持ち悪いわ。魔物かしら」


小さな声でそう続けた彼女に言われて、おそるおそる後方を見ると「見方が怪しいわよ!」とまた頬を叩かれた。


確かに誰かはいた。

しかし、僕達をつけているというよりは「他の冒険者」という感じだった

ノエルに叩かれたからあまり見れなかったのだけれど


この道は、横に川が流れている広い道だが隠れるところはほとんどなにもない。こんな道で堂々とストーカーをする奴もいないだろう


「どこか近くの町にはいろうか?」


王様からもらった地図をガサガサと出すとノエルは横からズイと覗き込んでくる


「今どこなの」

「ここらへんかな」

「ふーん、よくわかんないわね」


彼女は地図が読めないタイプだろうか

そういえば女性は地図を読むのが苦手だとどこかで聞いたことがある


「とりあえず町まで入れればまけるかもしれないから、少し急ごう」

「ん」


少し足を早める。

すると、後方から聞こえる足音も同じく早まった


「ちょっと、アイツやっぱり私達についてきてるわよ!」


珍しく焦った声でノエルが言う。

その声は後ろの人に聞こえてるんじゃないかというくらいに大きかった

早足どころかもはや走り出した僕らにピッタリと後ろからついてくる足音


「どうする、ノエル」

「どうもこうもないわよ、戦闘体勢だけはとっておきなさい。盗賊かもしれないわ」

「盗賊はノエルでしょ」

「うるさいわね!口より足を動かしなさい」


ノエルは頼りになるな、と心のなかで思いながら腰の剣をいつでも抜けるように位置を確認しつつ走る


走る、走る、走る────

─────追う、追ってくる、足音


いったい何が目的なんだ。


──────────ドサッ


「え?」


なにか重い物が倒れる音に反射的に足が止まり後ろを振り返る


「ちょっと、なにしてん...ッ...え?」


そこには、人が倒れていた。


「近付いちゃ駄目よ、私もこれよくやるの」

「え、よくやるって?」

「盗賊の手段ってこと。助けの手を差し伸べた瞬間に襲いかかってくるわよ」


恩を仇で返すってやつだな...

ノエルがそれを「よくやる」と言ったのは引っ掛かるが、本当にノエルは頼りになる。


「なによ、その目。仲間にはやんないわよ」


まるで本当に冒険小説の登場人物のようだ。たしか小説の中にも、こんなカッコいい盗賊がいたような...

物語の中の盗賊は多分男の人だったけど


「勝手に倒れたなら好都合。今のうちに一気に走るわよ」


倒れたストーカーにくるりと背を向けた彼女の髪がふわりと風に舞う

彼女にならって警戒しつつ町へと歩みを進めようとした、そのとき


「...ちょっと、待ってくれないか」


びっくりするほど綺麗な声が鼓膜を揺らした


「なに、こいつが喋ったの?」


警戒心マシマシにストーカーを睨み付けるノエルの瞳は鋭く光り、仲間の僕でも怖じ気付く勢いだった


「なにか食べられる物を持っていないかい?」


しかしストーカーは怖じ気付く様子もなく、顔をあげるとニコニコと食料の要求までしてきた


ストーカーは、声だけではなく顔もとても綺麗だった。

女性だろうか。草原を思わせる緑色の長い髪を左側でひとつにまとめている。

年は正直分からない。二十代後半くらいの印象を受けた


「はぁ?ストーカーにやる食料なんて、持ち合わせてないわよ」

「もう何日も川の水以外なにも食べていないんだ」


何日間も水だけだなんて、考えただけで卒倒しそうだ。

僕はまだまだ成長期なのだから、沢山もりもりパクパクご飯を食べたい


「あ、あの僕干し肉を持ってますよ」

「フェリア!」

「はいッ!」

「さっき言った事、もう忘れたの?」


盗賊の手段ってやつのことだろう

しかし目の前の人は、本当におなかがすいていそうで、こういう人を無視するなんてとても


「どうしてもって言うなら、投げなさい」


それじゃまるで犬にやるソレだ

僕にはとても、しかも女性相手にそんなこと


「じゃあ私がやる」


僕の手からバッと干し肉の入った袋を奪い取ると数本それを投げた。


「ふふ、ありがとう」

「あ、あのごめんなさい。この子警戒心が強くて」

「人を猫みたいに言わないでくれるかしら!」

「え、あ!ごめん。そういうわけじゃ」


僕たちが言い合う様子をストーカーの人は笑って見つめ、地面に落ちた干し肉を拾って食べていた

僕たちを見つめる瞳が、なんだか懐かしいモノを見ているようにどこか悲しげな瞳に見えた


「ちょっと、聞いてんの!?」


ノエルは相変わらずえらく馬鹿デカい声で説教を垂れてきた

僕の事を心配してくれているのが分かるから、僕は強く出れないのだ


「ねぇ、おふたりさん」


ノエルの金切り声が綺麗な声で遮られる

耳が奥の方でキーンッとなっている

いつのまにか立ち上がっていたその人はノエルよりも僕よりも背が高く、縦に長かった


「名乗るのが遅れてごめんね。私は、ラリアット。ラットと呼んでくれて構わない」


ラリアット───そう突然名乗ったこの人は、また優しく微笑んだ。

なんだか本当にホッとするような。母のような、どこか懐かしい笑顔だった


「なによそれ。私らがアンタの名前を呼ぶ機会なんてないわよ」


今日は虫の居所が悪いのか、彼女はいつもに増してイライラしている


「あるよ。私は君達の旅に同行するからね」


──────え?


「は?」


ノエルは訳がわからないという顔をしている

正直、僕も訳がわからない。


「よろしくね。ユーフェリア、ノエリッタ」


気付いた時には、ラットは僕たちの間に立っていて

僕は右手を、ノエルは左手を

ラットは両手を僕たちと繋いでいた


「やっだ!やめてよ!なに?」


ノエルはそう叫び腕を振り回している

僕はどうしたらいいのか分からずに突っ立っているだけだった


「仲間が増えるって、わくわくするよね?ね?ユーフェリア?」


そういってまだ笑みを崩さないラットは、ギュッと先程より強く握り直してきた


僕よりも大きい手で、それは何故か酷く安心して───なんなんだろう。


顔をあげてもう一度ラットの顔を見るとなお崩れない笑顔がそこにあって、でもそれは貼り付けたような偽物の笑顔ではなくて優しい顔で、自然とつられて僕も笑ってしまう


「そうだね!」


そう答えて強く手を握り返した。


「ちょっとフェリア!なに勝手に仲間にしようとしてんの!ちょっと!」


ノエルが叫んでいるが幸いノエルの手はこちらまで届かない


「あと、私は男だからね」

「えっ」


小さく呟いて、いたずらに笑ったラットの顔は男性とは信じられないほどに美しかった



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白紙物語 藤海晴人 @Fuu694

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