淡雪

多田 八津ン

4月

 この春、高校生活が始まる。

 喜びと期待と不安を抱いて、胸踊る高校生活だ!

 とはならない、特にやりたいこともなく、「友達が高校に行くからとりあえず行っとこ」

 くらいな感じで高校に入学した俺、「鈴木和也」

 俺の中学時代は、全校生徒の約3割くらいはヤンキーというなんとも中途半端な学校に通っていたのだが、俺はその3割に属していた。

 しかし、俺は3割のヤンキーの中でも、そこに小学校の時からの友達がいるからそうなったという、ヤンキーというよりはイキってるという感じ。

 盗んだバイクで走り出す友達とは違い、バスケのクラブ活動もしていた。

 進路を決める少し前、クラブ活動も引退し、就職か進学か決めきれずにいた。

 特にやりたい仕事もなく、かといって勉強ばかりの学校もかったるい。

 しかし、周りの友達や家族、学校の先生からも早く進路を決めるように責められ、むしゃくしゃしていた。

 そんな時、3割のヤンキーの友達から

「新しいバイク手に入れた!気晴らしに少し流そうぜ!」

 と、誘われた。

 もちろん盗難車で俺たちは無免許...

 この頃の俺は、この悪友たちと深夜の街をよく流して、夜景が綺麗な高台でだべっていた。

 結局、盗んだバイクで走りだしていたのだ。

 そんなある日、特に仲のいい田中が進路について聞いてきた。

「なぁ和也〜お前進路どうすんの?やりたいことないならとりあえず高校行っといたら?」

「でも俺、高校行ったところでやりたいことなんか見つかる気しねぇよ〜」

「じゃあ就職?」

「かといって働きたくもないし」

「なんだよ!ただのニートじゃん!お前そんなじゃロクな大人になんねぇぞ!」

「じゃあお前はどうすんだよ⁉︎」

「俺は高校いくぜ!将来やりたいことあんだよ!」

「なんだよ?やりたいことって...」

「俺、教師になりてぇんだ」

「はぁ⁉︎お前が先公⁉︎信じらんねぇ...」

「俺も自分でもびっくりだわ!俺、先公なんて嫌いだし絶対やりたくないと思ってたくらい」

「だったらなんで先公なんかに?」

「俺もお前も中途半端にヤンキーやって、堂々と生きてる!って感じじゃないだろ?俺どっかで変わりたいと思ってたんだろうな...でも、どうやって変わればいいかわかんねぇし、どう変わりたいかなんてもわかんねぇ、誰かきっかけみたいなもん作ってくれねぇかなぁと考えたらよ、きっと俺みたいに悩んでる奴いっぱいいるんじゃねぇかと思ったわけ。だったら俺がそいつらのきっかけ作ってやりゃいいんじゃねえかと思ったわけよ!」

「そっか...」

 正直焦った...いつも一緒にバカやってきた田中がこんなにも自分の将来について考えてるなんて...

「だからお前も高校行こうぜ?行きたい学校がねぇなら俺と同じとこ受けろよ!またつるもうぜ?」

「…わかった!俺もやってみるよ!」



 ーだが、田中は勉強ができるほうではなかった...

 結局俺だけ受かって、田中は第二志望の高校に行くことになった。

「すまねぇ...」

「まったく、なんで俺が受かって、お前が落ちてんだよ!俺、お前がいねぇとつまんねぇからと思って、ここしか受けてねぇんだぞ!」

「そういえば、お前、何気に勉強できるタイプだったよな...ほんとすまねぇ...」

「もういいよ...とりあえず学校行ってみるからよ」

 俺が受かった学校は地元から遠く、家を出て1時間30分ほどで着く。学力的には平均より少し高いが距離的に遠いので周りの奴らはあまり受験しない学校で、同じ中学からの合格者は数人で、俺以外は全員女子。しかもヤンキーなんて大嫌いであろう真面目系...

「とは言ったものの、こんなことになるならせめて家から近いとこにすりゃ良かった...田中もいねぇし、なんかもう…どうでもよくなってきたわ...」



 ーそうして迎えた4月


 明日からいよいよ高校かと思うと、昨日の夜はあまり寝つけなかった。

 地元から通う奴は気の知れた奴はいないし、通学の時間を考えると憂鬱でしかなかった。

 明日からまた早起きしないといけないからもう寝ないと!っと思うとよけいに眠れない。

 ふとケータイを見ると起きる時間まであと2時間しかない……

「和也!早く起きなさい!今日から高校でしょ⁉︎」

 寝不足な上に起きどけに母親の金切り声…

 勘弁してくれ…

 ようやく重い腰を上げて用意すると時計を見た。

(もうこれ…遅刻じゃねぇか…)

 家をでると、電車の時刻までギリギリだった。

 どうせ遅刻は確定してるが、次の電車まで待つのはなんとなく嫌な気がして走った。

「駆け込み乗車はおやめください!」

 ドアが閉まるギリギリ飛び乗った俺は、ふと前を見ると1人の女性に目がいった。

(あれぇ、俺が通う学校の制服だよな...すでに電車に乗ってるってことは俺んちより遠いんじゃ…)

(あ、やべっ…目合っちまった)

 すると彼女は、少し微笑んでいたような気がした。

(俺と同じ1年かな?…って1年ならこんな時間に登校してないか...今日は入学式だし、上級生か…)

 電車の席に座るといつのまにか寝てしまっていた。

 ーとんとんっ!

(なんだよ…気持ちよく寝てるのに…起こすんじゃ………やべっ!)

「おはよ!早くしないと入学式始まっちゃうよ!」

(………彼女だ)

「てかっ、あんたももう遅刻じゃないっすか?」

「私は2年だし、自分で言うのもなんだけど、私、遅刻の常習犯だから、怒られるのも慣れっこ!でも君は1年生だよね?入学早々遅刻して大丈夫かな?うちの生活指導の先生、怒ると怖いんだよなぁ…」

 いたずらっぽく笑う彼女はなんだかとても大人に感じた。

 ー

「こらぁ!!キサマ!入学早々遅刻たぁいい度胸してんじゃねぇか⁉︎」

「…すいません」

 ふと彼女を見ると、俺が怒られてるうちに逃げようとしていた。

「こらぁ!藤田!!お前何逃げようとしてんだ⁉︎まったくお前は去年何回遅刻したと思ってんだ⁉︎お前も今日から2年だろ⁉︎ちょっとは成長しやがれっ!」

「てへへっ…すいません…」

 そう言ってまた、いたずらっぽく笑っていた。

「とにかく早く体育館へ行け!もう入学式始まってんぞ!」

 そう怒鳴られ、俺たちは体育館へ向かった。

「君、名前は?」

「え?」

「え?じゃなくて、な・ま・え!」

「あ、鈴木!鈴木和也!」

「鈴木君か…私、藤田奈々子!よろしくね!」

「あぁ、でもあんた2年だし、あんまり会わないんじゃないっすか?」

「あんたじゃなくて奈々子!それに住んでるの隣の駅だし、また会えるよ!」

「じゃあ、よろしくっす…」

「うん!じゃあ私、行くね!」

 体育館に着くと最後の校長の言葉が行われていた。

「新入生の諸君!冒頭でも言いましたが、改めて入学おめでとう!我が校は《自由、創造、誠実》を校訓とした、皆さんが自分自身の将来を自分がしたいように、自由に創造していき、またそのことに対して誠実に向き合っていく学舎であります!これから皆さんにはこの学校で〜、、、」

 最後だからなのか、校長の長々とした演説が果ての見えない永遠に続く砂漠のように感じていた。


 ークラスにて

「えー、今日から君たちの担任になる馬渕だ!1年間よろしくな!それから…鈴木!入学早々遅刻とはよくやってくれたな!放課後、あしたに使うプリント!準備するの手伝ってくれ!…いいよな?…」

「あぁ…はい」

「ハハハハハっ」

 クラスの連中は笑っていたが、なんだか俺は腹が立った。

(なんだよ…クラスの連中、笑いやがって!今日から高校生だからって浮かれてんじゃねぇよ!)


 ーそして放課後


(はぁ…なんで俺がこんなことしなくちゃいけねぇんだよ…て、遅刻したからか…)

 俺は馬渕に言われた通り、あしたのホームルームで使うプリントのコピーを手伝わされていた。

「なぁ、鈴木、お前もうちょっと愛想よく出来んのか?そんなむくれた顔してたら友達出来ねぇぞ」

(ちっ…うるせぇな…)

「どうでもいいっすよ、友達なんか…」

 仲の良かった田中とは、あれ以来なんだか気まずくなって、結局、ろくに話もせずに卒業した。

「お前な…せっかく今日から高校生になって、色んな人に出会っていくのに、そんなんじゃ損するぞ?」

「例えば?」

「例えばだなぁ…彼女が出来ない…とか?」

「なんだよそれ、だったら別にこのままでいいや」

 俺はその時、何故か朝のことを思い出した。

(藤田先輩…もう帰ったかな…)

 学校の最寄り駅に着くと他の生徒は誰も見当たらなかった。

 終わりのホームルームが終わればみんなそれぞれ帰宅するなり部活するなりあって、人の少ない田舎の駅はどこか寂しい雰囲気だ。

 電車が来るまで少し時間があったため、俺は駅のホームの端で人目を気にしながらタバコを吸った。

 中学の終わり頃に、俺は地元の悪友たちと、よく隠れてタバコを吸っていた。

 覚えたてのタバコは俺を大人にしてくれたような感じがした。

「ふぅ〜…」

「こらっ!高校生がタバコなんていけないんだぞ!」

「うわぁっ⁉︎…てあんたかよ…」

「だからぁ、あんたじゃなくて奈々子って言ってんじゃん!」

「あぁ、そりゃすいませんでした…」

「タバコなんて体によくないし、まして学校の最寄り駅でなんて…先生に見つかったら君、謹慎になっちゃうよ…」

「たとえそうなったとしても、藤田先輩には関係ないでしょ?」

「関係あるよ…」

「え?なんで?」

「君、中学の時バスケやってたでしょ?私、となりの中学のバスケ部だったの…中学の県大会であんなプレーする選手見たの初めてだったから、それから君のこと知ったんだ」

「なんだ…もっと早く言ってくれたらよかったじゃん」

「ごめんね…なんか憧れの人が急に目の前に現れて、びっくりしちゃった!」

「別に謝ることじゃないっすけど」

「バスケ部入るよね?私、今バスケ部のマネージャーなんだ!」

「いや、もう部活はする気ない…」

「え?なんで?」

「それこそあんたには関係ないよ…」

「………」

 俺たちは無言のまま、それぞれの駅に着いた。

 車内は気まずい空気が続いたが、俺が電車から降りる際に彼女が言った言葉が頭に残った。

「私!君のことあきらめないから!」

(………)

 俺は中学の時、バスケの引退試合で足の靭帯をやってしまった。

 大事な試合でチームのみんなの足を引っ張ってしまった。

 それ以来、ケガが治ってもどうにもやる気になれなかった。


 ー翌週

 体育館で1年生に向けて、クラブ紹介が行われた。

 バスケ部の紹介が終わるとき、藤田先輩が大きく息を吸って叫んだ…

「すぅ〜…1年6組!鈴木和也君!私たちバスケ部は〜…君を待ってる!!」

 学年全員が俺を見た。

(こんなとこで…何考えてんだよ…)

 教室に戻ると、クラスでも一際キラキラ系女子の吾妻が俺のもとへやってきた。

「鈴木君てあの先輩と知り合いなの?」

「なんでもねぇよ…」

 そう答えると少し嬉しそうな顔して去っていった。

(はぁ…なんなんだよ)

 自分で言うのもなんだが、俺はそこそこモテたほうだった。

 この、だるそうにした雰囲気が、女子たちの間では"クール"に見えているらしい。


 ー放課後

「久しぶりだな鈴木!」

「大地さん!大地さんこの学校だったんですね!」

 "東 大地"県内でバスケ部のやつらでは知らない人がいないくらいすごい人だ。

 中学時代から全中の選抜選手に選ばれ、高校バスケ界でも注目されている。

「お前なぁ…うちの高校は毎年、県内でベスト4に入る強豪だぞ?知らずに入ったのか?」

「すいません…俺高校ではバスケするつもりなかったんで…」

「はぁ⁉︎なんでだよ⁉︎お前がこの高校入ってるって聞いて、全国も近くなると思ってたのに…」

「実は俺…足の靭帯やったんですよ…」

「だからなんだよ?もうケガは治ってるんだろ?」

「そうなんすけど…」

「なんだよ!びびってるだけじゃねぇか!靭帯やってみんなに迷惑かけたとでも考えてんだろ⁉︎全中のセレクションでお前と対戦したとき、少なくとも俺の目には負けじと向かってくる、一生懸命プレーしてるお前が映っていたけどな!」

「今は違いますよ…」

「だったら俺と勝負しろ!」

「え?」

「1on1で俺が10本決めるまでに、お前が1本でも決めたら、俺はお前をあきらめる。そのかわり、お前が1本でも決められなかったら、お前バスケ部入れ!」

「1本でいいんすか?」

「なんだよ?俺から1本なら余裕だってか?」

「そんなつもりじゃないっすけど…」

「よし!決まりだな!勝負は明日の放課後!部活動が始まる前だ!バッシュ忘れんなよ!」

 こうして大地さんとの入部をかけた勝負が決まった。


 ー翌日の放課後

「おぅ!来たな!」

 大地さんはすでに軽くアップをして準備していた。

「お前もアップするか?」

「いや、俺はいいっすよ」

「余裕だねぇ」

「別に…10本決まるまでの間に1本決めるだけなんで」

 勝負直前、他の部員たちも集まってきて、気づけばコートの周りにはギャラリーがたくさん集まっていた。

 こんなところで1本も決められなかったらそれこそ大恥だ。

 俺は軽く準備体操をして、バッシュを履いた。

 久しぶりに履いたバッシュは中学時代の感覚を思い出させてくれた気がした。

「よ〜し!そろそろ始めるか!」

 大地さんがそう言うと周りもいっそうがやがやしだした。

「約束覚えてるよな?」

「えぇ…」

「んじゃ、行くぞ…」

 ビュッ!スパッ!

「よし!あと9本!」

(いきなりシュートかよ…)

「んじゃ、俺も行きますね…」

(くっ!抜けねぇ!)

「おらぁ!どうしたよ⁉︎」

「くっ…」

(大地さん中学ん時よりさらにうまくなってる…)


 ー8対0

(クソッ!このままじゃやべぇ…)

 そのときだった、観衆に紛れて彼女の声が響いた。

「頑張れー!鈴木君ー!」

 彼女の声が聞こえた瞬間、驚くほど体が軽くなった気がした。

 シュッ………スパッ!

「やったー!入った入った!」

 彼女は周りを気にせず俺のシュートが決まったのを1人喜んでくれていた。

(俺が1本決めたらバスケ部入らないんだぞ…わかってんのか…)

「くそ〜負けた!あともうちょいだったのに!」

「8本も決めといてよく言いますよ…」

「いや〜約束は約束だ!男に二言はねぇ!俺はおまえをあきらめる!…あいつは知らんがな!」

 そう言って大地さんは彼女の方を見ていた。

 俺はバスケ部をあとに1人帰宅した。

 今日は大地さんと勝負して、久しぶりにバスケをしたが、自分が思ってるより足の痛みをまったくなかった。

 それよりも、少しの間やってないだけで体力がすごく落ちていることに驚愕したのと、その間に大地さんがさらにうまくなってるいることと、何より大地さんとバスケしたのが最高に楽しかった。


 ー翌日の昼休み

「鈴木ー!お客さん来てっぞー!って寝てやがる…」

「あ〜…じゃあ起こしてあげよう」

 ーとんとんっ!

(ん…)

 ーパシっ!

 俺は寝ぼけて肩を叩かれた手を握手してしまった。

「じゃあ、今日の放課後体育館でね!」

(え?藤田先輩…?)

「なぁ鈴木、おまえやっぱバスケ部入ることにしたの?」

「え?入んねぇよ…」

「だっておまえ、さっきの人が『鈴木君、やっぱりバスケ部入って』って肩叩いたら、おまえ握手してたぞ?」

「…え〜!」

「どうすんだよ?1年は今日から部活だろ?」

「んー…とりあえず行って取り消してもらうわ」


 ー放課後

 俺は入部を取り消してもらうために部室に行ったが、とりあえず着替えて体育館に集合!という号令に流されて、そのまま着替えて体育館に集合してしまった。

「集合っ!とりあえず1年!自己紹介してもらう!そっちから順にな!」

 キャプテンが号令をかける。

(やべぇ…2番目じゃん)

「1年3組!岡本修司です!中学ではPGやってました!よろしくお願いしますっ!」

「次っ!」

「………」

「おい!次!」

(この空気じゃとても取り消すなんて無理だな…)

「鈴木…」

 大地さんが俺を心配そうに見ていた。

「…1年6組、鈴木和也っす…ポジションはPG、SG、SFならどこでも…」

「元気ねぇな!やる気あんのかよ!」

「ウスッ…」

「まぁいい、昨日のおまえと大地の勝負は見させてもらった!期待しているぞ!」

「ウスッ…」

 顔上げると大地さんが嬉しそうにこちらを見ていた。

(まぁ、しゃあねぇだろ)

「次っ!」

「1年2組〜…」

 ー

「よーし!んじゃ今日からこの新体制でやってく!うちは実力主義のチームだ!1年でも試合に出るチャンスはある!精進しろ!」

『はいっ!!』

 ー

「おーい由乃!そういえば藤田はどうした?」

 由乃先輩は藤田先輩と同じクラスの女バス部員だ。

「今日は委員会あるから遅れるみたいです!」

(なんだ、委員会か)

 呼びつけといて自分は来ないのかと、少し気にしていたがなんだか安心した。

 しばらくして藤田先輩が来た。

「こんちわぁ〜」

「チュースッ!!」

 男バスの連中はやたらと元気に挨拶していた。

 藤田先輩は初めて見たときから思っていたが、背は高くなく、でも小さすぎず小さめで、目はくりっとしていて、髪はゆるふわ、要はかわいいのである。

 きっと男バスの連中も藤田先輩を"アイドル的存在"として見ているんだろう。

「あっ!鈴木君!来てくれたんだね!」

「いや、最初は断ろうと思って…」

「ふふっ…でも練習してんじゃん!」

 そう言って、いたずらっぽく笑っていた。

 久しぶりのクラブ活動はとても堪えた。

 ましてや、中学とは違い身長も体格も違い、ましてや強豪校の先輩たちと同じメニューをこなさなければならない。

 部活が終わり、駅に着くと藤田先輩がいた。

「あ、鈴木君、お疲れさま!」

「お疲れっす」

「ふふっ、さすがの鈴木君も今日は疲れたかな?」

「ええ、今日は帰ったらすぐ寝そうです」

「鈴木君て、いつも寝てるよね?」

「え?そんなことないっすよ」

「そう?私が見たときはいつも寝てるよ!朝の電車も、休み時間も」

「あぁ…毎回先輩に起こされてますね」

「そうね、電車で寝とく?私、着いたら起こしてあげるよ!」

「んじゃ、お言葉に甘えて…」

 電車に乗ると俺はすぐ寝てしまった。

「ほんと、よく寝てるな…」

 先輩の声がかすかに聞こえた気がした。


 ーとんとんっ!

(ん…今日は起こす力が強ぇな)

「鈴木君!起きて!駅過ぎちゃった!」

「え?」

「ごめん!私も寝ちゃった!」

「あ〜、んじゃ次で降りて戻りましょ!」

「やけに冷静ね?」

「俺、電車寝過ごすなんてしょっちゅうですから」

「ははははっ!ほんと、いつも寝てるんだね!」

「まぁ、そうっすね」

「ふふっ」

 またいたずらっぽく笑ってる。


 ーそれからバスケ部の練習は毎日続いた

 始めは、入部を取り消してもらおうとしていたが、なんだかんだバスケをしてるときは楽しい。そして、藤田先輩とは、帰る方向も一緒というのもあって、ほとんど毎日のように一緒に帰っていた。

 ー

「あした、部内で練習試合をする!1年の選抜とレギュラーでやる!メンバーはあした発表するから、心しておけ!」

「はい!」

 来月頭のGW中にある公式戦に向けて、レギュラーチームと1年選抜が練習試合をすることになった。

 この練習試合の結果によっては、1年でも試合に出場するチャンスもあるので、皆気合い充分だ。


 ー翌日

「では、1年選抜を発表する!まずはC!谷田部!」

「PF!那須!」

「SF!小林!」

「PG!岡本!」

「SG!鈴木!」

 1年選抜に俺は選ばれたが、レギュラーチームのメンバーが最悪だった。

 Cはキャプテン、PFは副キャプテン、この2人は身長も高く、体格も良い。そして派手さはないが確実に点を決めてくるSFの南先輩、パスワークが上手いPGの谷先輩、そしてスピード、ドリブル、パス、シュート、どの能力も高いSGの大地さん。

 公式戦でも勝ちに来るメンバーだ。

 レギュラーチームのワンサイドゲームになると思われたが、1年選抜も大健闘している。

 インサイドの谷田部、那須にボールを入れ、マークされると俺、岡本が外から打つ。

 セオリー通りだがこの戦略が1年選抜にとってはベストだった。

 だが、後半に差し掛かる頃、レギュラーメンバーに動きがあった。

 今まではゾーンでディフェンスをしていたが、いきなりのマンマーク。

 経験値の低い1年選抜は動揺し、みるみる点差が開いた。

(もう無理っぽいな…)

 そのときだ、大地さんが1年選抜に向けて喝を入れた。

「おい!1年!あきらめてんじゃねぇよ!」

「………」

「鈴木!来い!リベンジマッチだ!」

「8本も決めといてよく言いますよ」

「いいから来い!」

 俺は大地さんに向かっていった。

「鈴木君!いけー!」

 藤田先輩の声がまた聞こえてきた。

 俺は大地さんをかわしてシュートを決めた。

(よし!…やべぇ!)

「戻れー!」

 大地さんは俺に抜かれてすぐ走り出していた。

 大地さんの3Pが決まり、結局24対32でレギュラーチームの勝利で練習試合は終了した。

 練習が終わり、監督が号令をかけた。

「集合してくれ!今日の練習試合を見て、GW中の公式戦のメンバーを発表する!」

「C!キャプテン!」

「PF!副キャプテン!」

「SF!南!」

「PG!東!」

(え…大地さんがPG…)

「SG!…鈴木!」

「あ…はいっ!」

(俺が先発メンバー…)

「うちは実力主義のチームだ!みんなもよくわかってると思うが、今の段階ではこれがベストメンバーだ!3年は最後だからって贔屓はしない!夏のシードが取れる大事な試合だ!行くぞ!」

 その日の帰り、駅で藤田先輩と一緒になった。

「練習試合、惜しかったね」

「はぁ…やっぱ先輩たちには敵わないっすよ」

「でもかっこよかったよ?」

「…ウス」

「ははっ、照れた〜?」

「そんなんじゃないっすよ」

「ふーん、でも顔真っ赤!」

「勘弁してくださいよ…」

「ふふっ、でも先発入りおめでとう!1年で先発になれたのは東と鈴木君だけだよ!」

「大地さんには敵わないっすよ…」

「そう?私は鈴木君派だよ?」

「え?どういう意味ですか?」

「そのまんまだよ?」

「…………」


『プルルルル…まもなく電車が到着します』


「乗ろっ?」

「あ、はい…」

 電車の座席に座ると、俺はなんだか恥ずかしくて、彼女と少し離れて座った。

「この距離が今の私たちの距離なんだって…」

 と、彼女は少し寂しそうに言った。

「なんすか?それ?」

「友達が言ってた、同時に座ったときの距離がその人との心距離なんだって」

「…初めて会ったときよりかは、近くなりましたよ?」

「うんっ!あともうちょっとだね!」

 今度は嬉しそうに笑っていた。

 藤田先輩が笑っているとなんだか胸の奥が熱くなって苦しいのに、とっても暖かい気持ちになる。

 自分から取ったこの距離が、あと少しなのがかなりもどかしかった。

 俺は思った。

 "彼女が好きだ"


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

淡雪 多田 八津ン @dantatsuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ