エピローグ

エピローグ

「それ、返してくれる?」

 後ろから声がしてエイル・アシュナージは振り返った。

「……マァイ?」

 エイルは微かに首をかしげ話しかけた。

「よかった。言葉もわからなくなったかと思った」

 マァイは右手をさしだし、エイルと同じように首を傾けた。

「ディセプターの起動反応があったからもしかしてと思った。そいつは思念波だけでパラサイトを動かして結合していただけだったから、ディセプターの妨害空気波はてきめんだったようね。多分ミロがパラサイトにも効くように作り変え、最後にそいつに仕掛けた」

 マァイは右腕のレーザプロセスで、エイルの足元を数回撃った。打ちぬかれたストローイだった肉塊は、大きく一度脈打って千切れ飛びもう動かなくなった。

「さあ」と拒否をさせないようなマァイの強い口調に、エイルは閉じていた掌を開いた。ぐちゃぐちゃの肉塊の中に薄型の生体チップがあった。

「その中にはあいつが入っている。それは私のものよ。エイル」

 マァイは奪い取るようにチップを受け取り、自分のセルフェスの上に置いた。溶けるようにそれはセルフェスに吸収された。

「助けてくれたの?」

「冗談。私じゃないわよ。ミロよ。あんたとは約束していたのを思い出しただけ」

 エイルが黒塗りの感情の先に感じたものはミロがこの世に残した感情だった。

「約束?」

「忘れた?」

 マァイは両腕を身構えて少し腰を落とした。

「…………。手合わせ? してくれるの?」

 エイルに鋭い眼光を向けられて、マァイは構えを解きおどけるように両手を振った。

「まさか。人間じゃない怪物に勝てるわけないでしょ?」

 エイルはゆっくりとうなずいた。

「そうだな。か弱き人間ごときが、おれに勝てるはずはないからな」

 おどけて上げた右腕をおろすことなく、マァイは無言でエイルにレーザプロセスの銃口をむけた。エイルは爽やかに微笑み返した。

「冗談。わかんない?」

「預けとくわ」

 マァイが銃口をおろすと、シェルターからサンディらキベル隊員たちが駆けだしてきた。

「あなたたちケテルの連中でどこにいってたのよ? 説明しなさいよ」

 サンディの詰問にも、マァイは平然として答えた。

「アルカナを破壊したわ。これよりドーム国家は我々黄昏団の支配下に入る」

「何ですって!」

「もうメインドームからの合流部隊は近くに到着している。私は行くよ」

「ちょっと! まだ帰還してない仲間もいるのよ?」

「おめでたい奴らね。それより自分の身体の心配でもしたら? 人間を捨ててそいつみたいになるんだったら生き残れるかもね」

 マァイはエイルの方を指差した。

「お前たちの中にも、身体に異変を感じている者もいるんじゃないの? それはスイードのせいだけじゃない。アルカナはキベルの食事にパラサイトを混ぜてお前たちの人体実験をしていたのよ。ほら。あのコは随分苦しそうだけど、大丈夫?」

 エイルの後ろには、ゴアテアに支えられうなだれたアンとアレフがいた。

「ついてくることは拒否しないわ。治療と称して人体実験をされるのが嫌じゃないならね。エイル。預けとく。じゃあね」

 エイルに一瞥をくれたマァイは、開いたドームの天井に向って飛び立った。何人かのキベル隊員があわててその後を追って行った。

 エイルは地面に正座し、アンの頭を膝枕するように乗せ手をとった。アンのうつろな目は必死にエイルを追う。

 手を握り返す力は弱く、開いた口は懸命に酸素を求め、口元からは一筋の血が流れる。

 アレフを抱えたゴアテアも心配そうに覗き込んだ。ゴアテアも先の人型との戦闘で角が折れて痛々しい。初めは遠巻きに見ていたサンディも、アンを心配し近づいてきた。

「エイル? その身体……。一体どうしちゃったの? 私たちの身体にパラサイトが? もう何がなんだか」

「サンディたのむ。今からでも遅くないからマァイを追ってアンを連れていけ」

「いやぁ!」

 突然アンは大声をあげ、エイルの掌を強く握り返した。

「エイル、聞いて? あたし、本物のうさぎを見たんだよぉ? いつか話してくれたよねぇ? うさぎは強いからスイードにも平気で生きれるってぇ。あれホントだった」

 アンの目じりから赤色の涙がこぼれる。あちこちに損傷の見られるヘリオスーツはすでにその最も大事な機能を果たしていない。

「もういい。しゃべるな!」

「あたし、ずっとうさぎになりたかったぁ。エイルはいっつもドームの外ばかり見ていて、いつかあたしのいけないところまでいっちゃうんじゃないかってぇ、しんぱいだった。ここまで、ここまでついてこれたけどぉ、でもあたしはなれなかったぁ」

「アン、黙ってろ!」

「マァイが言ってた。あたしたちの身体にパラサイトがいるってぇ。あれ本当かもしれないよぉ。今も中で身体を突き破りそうなくらい暴れてるぅ。アレフさんは、エイルは大丈夫だってぇ。父子だからかなぁ。よかったね……。あたしはもう、だめぇ。だから、だから、エイルぅ。最後まで抱きしめていてぇ」

 エイルは黙ってアンの顔を見つめていた。奇声をあげさらに二人のキベル隊員が、マァイを追い分厚い雲に向って飛び立った。サンディも崩れ落ちるように、横たえるアンの傍らにへたりこんだ。

「アン……。ごめん」

 思わず発したエイルの口癖に、アンの表情がくすりと笑ったように見えた。

「アインソフもそう言い残し旅立った」

 ゴアテアに支えられ、いつのまにかアレフが立ち上がっていた。

「今から十年ほど前、一族の父アインソフはそう謝罪し、西の渓谷のはるか先に消えた」

 全員がアレフの言葉に集中した。

「西の渓谷はるか先に、この星で最初に悪魔を出し始めた樹がある。そしてその始まりの〝生命の樹〟がこの雲と、そこから降り注ぐ悪魔と実りなき針葉樹を増やし続けている原因で、それを探しに行くとアインソフは言っていた。あれから随分たったが彼は戻らない。私はセフィロトの地を離れ彼を追おうとしていた。昆虫に擬態して我々はこの環境に適応したが、このまま悪魔が増え続ければ針葉樹以外は死滅し、我々も白き民も何れは生きていけなくなる。アインソフを探し出し、〝生命の樹〟を見つけ星の意思と対話する。その役割を、エイル。お前が引き継ぐのだ」

「どうして?」

「見てわからんか? 私はもう直ぐ死ぬ。罰は受けなければならない」

 アレフの両肩の傷は深く、ほんの少しの衝撃でも腕がもげてしましそうだ。

「それにおそらくだがその者たちを助けることもできるであろう。私の血を与えることで……。かわりに私が命を失うことになるが」

 アンの大きな胸が上下して息があるのはわかる。エイルは立ち上がって言った。

「ごめん。どんな方法でもいい。アンを助けろ。でもお前が死ぬのは認めない」

 一本だけ残ったゴアテアの触角が風に揺らめいている。

 エイルは開いたドームの上空にむかって右腕を伸ばした。ほんの少しだけ雲を押し戻せたような、そんな気がした。

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フォールスイード 横田シュン @yanagawa_m_

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