異変を感じたのは夜のこと。
夕餉を終えてすぐだというのに、読めば読むほどなぜだか「ハラペコだ!」とコンフェッティのように脳だけじゃなく身体までもが訴えてくる。地元で話題のパン屋が開くまであと12時間もある、とうっかり数えてしまったときには、“クロワッサン”の文字が出てくるだけで気を紛らわそうとカフェオレを流し込んだ。それぐらい、とにかく読んでいるわたしたちのお腹にも作用する、まさしく「おいしいファンタジー」に偽りなし。
どうにも仕事より食に興味と情熱が傾く主人公のコンフェッティと、そんな彼の相棒兼お目付け役の愛らしいトイプードル(※魔獣)のミニュイ。神や魔族の住まう“最果て”と人間界をつなぐ「扉」の管理をする国家公務員のふたりが今回赴くことになったのは、食と芸術の都、フランスのパリ。けれどコンフェッティは仕事よりも現地の「おいしい」に夢中になる一方で……というストーリー。
日常もの・グルメものとしても楽しめる前半部分では、とかく仕事を放り出して「いいじゃんいいじゃん」と食に走るコンフェッティと「いい加減仕事してください!」とそんな相棒に苦労するミニュイのやり取りだけでも楽しく、薄荷の煙草を愛するガーゴイルなど魅力的なキャラクターもたくさん。
それが読み進めるごとに、「コンフェッティがなぜ人間界の食に夢中なのか?」などキャラクターの本質に迫るようなエピソードも出てくるので、単なる日常ものとは一線を画しているのも魅力的。
個人的には元々ギリシャ神話が好きなので、ニケやアポロンなどお馴染みの面々の登場はもちろんのこと、ディオニューソスが〇〇〇なことになっている、など作家さんの解釈が面白い方向にぶっとんでいてとても楽しい。
そうそう、ぶっとんでいると言えば、ジョージ・ワシントンなど実在の人物が多々“最果て”の住人として登場してくることも外せません。「おいしい」ことへのこだわりは最早ほとんどの方がレビューでも挙げられるほどですが、芸術や歴史、そして土地への愛すら感じられるのはこの作家さんの巧みさだなぁと思います。
きっと作家さんの「好き」が詰まっているからこそ、読んでいるわたしたちも、まるで文字で景色や、空気や、芸術や、そして「おいしさ」を味わっているような気分になるのでしょうね。
ところで、第一部などの隣についた「パリ編」「ノルマンディー編」という文字を見ると、この先もきっと「バルセロナ編」だとか「ローマ編」だとか、また新たな二人の冒険が始まるような気がしてきませんか?ひょっとしたら今も、もうコンフェッティとミニュイはどこかの扉を開いたり、閉じたりしているのかも。たとえばヘルシンキで、たとえば東京で。
だって「扉」と「おいしい」は、この世界中にあるのだから。
そう思わせてくれる素敵な作品に愛をこめて。
観光の醍醐味として最重要と言っても過言ではないのが、その土地のグルメ。
美食の国としても名高いフランスを旅するなら、絶対に押さえるべきポイントです。
この作品では、そんなフランスの素晴らしきグルメの数々が、美食家にして健啖家の主人公・コンフェッティ氏によって魅力たっぷりに紹介されています。
料理の味のみならず、見た目の美しさや匂い、歯ごたえや舌触りまでもが伝わってくる、豊かな語彙と表現力。読んでいる間じゅう、お腹が鳴って仕方がありません。
では、このコンフェッティ氏は何者かと言うと。
神や魔族たちの国と人間界とをつなぐ『扉』を管理する、魔族の公務員です。
そう、彼は本職を半ば放り出して、人間界の美食探求に走っているのです。
そんな彼とバディを組むのは、トイプードルの姿をした生真面目な魔獣・ミニュイ。
何かにつけてサボろうとするコンフェッティと彼に振り回されつつも任務を遂行しようとするミニュイのやり取りには、スマートなコミカルさが溢れています。
その面白さに思わず笑ってしまうと同時に、会話センスの良さに嘆息してしまいました。
修理対象の『扉』を探す過程で差し挟まれる絵画や彫刻などの知識も、この作品の見どころの一つ。
また魔族の社交場では、ジョージ・ワシントンやジャンヌ・ダルクなどといった歴史上の偉人が死後の人生を謳歌する姿も見られ、作者さまの遊び心が随所に感じられます。
私のお気に入りは、第1部で登場するアンジェリーナ。
その迫力は破壊的。かつ女子力もめちゃ高い。一発で心を奪われました。
面白くてお腹が空く、そんな魅力たっぷりのこの物語を、フランス観光気分で楽しんでみませんか?
美術とは視覚芸術であり、優れた作品は人の脳を揺らす。古代ギリシア人はその観点を尊び、完璧な美の象徴たる神々の彫刻を多く残している。本作品では、我々の世界で表すなら『超常的な神秘』が集う『最果て』と呼ばれる場所と、人間界とを結ぶ扉があまた存在している。ともすれば、現存する美術作品とは扉の先の神秘を写し取ったものなのではないか――などと想像を巡らせることができる。さて、好意的な想像ばかり浮かぶので、二つの世界は上手くやっているように読み取れるのであるが、バランスを取り持っているだろう役職こそが、主人公の仕事である『扉番』であろうと推測する。未だに描かれていない、扉を管理する意味とは何か。二つの世界の真なる関係性とは。次に出てくるフランスの食事とは(←だいたい気になるのこれです)――などと、食欲をそそる内容であることに間違いない。