月夜照らす、夏の恋

らむね水

夜のプール






キィィィィィ.

静かな夜空に呑み込まれた街に、騒がしいブレーキ音が響いた。

音の主は、1台の自転車。

目の前には、学校のプール。

自転車の上には、またがる彼と、彼の背後に立ち乗りをしている私。

2人共、夜に似合わないくらいに爽やかな、着慣れた白いシャツの制服姿。

「うるっさい!もっと静かにしろ!」

そう言いながら私は、目の前にある最近染めたばかりだという綺麗な黒髪を叩いた。

パチ.と軽い音がして、髪に隠れていた、一番星のようなピアスが少しだけ覗く。

少しだけ、胸が鳴った。



「いってぇ!!暴力女!だいたい、乗せてやってんだから文句言うなっつーの!」

「はぁ!?乗せてなんて一言も言ってないでしょ!?ついてきて欲しいって言ったのはそっちじゃん!」

ぎゃあぎゃあと言い合いを続けながら自転車を降りて、彼はそのまま慣れたように鉄臭いフェンスを乗り越えた。

フェンスの向こうで、彼が靴を脱ぐ。

その下の靴下を脱ぐ。

そして、裸足になる。

なんだか闇に浮かぶ、彼のそんな様子が神秘的で、妖艶で。

まるで、いけないものを見ているような気持ちになった。




「ん?」

振り向いた彼を見て、はっと意識を取り戻す。

手を掛けていたび付いてキシキシ音を立てるフェンスに、つま先を掛けて登る。

「よ、っと…」

最後に、彼に手を貸してもらってフェンスから降りれば、目の前に広がるのは月の光をいっぱいに浴びたプール。

鼻の奥に届く、ツンとした塩素の刺激臭。

彼を真似して裸足になって、プールサイドで飛び跳ねる。

「おおおぉぉ…夜のプール!少女漫画の1ページ!」

「はんっ、子供っぽ。」

ペタペタと足音を立てて、隣に立つ彼。

鼻で笑ったのがなんだかイラっときたから、私は思いっきり彼の背中を押す。





一瞬、驚いた顔をして彼は空をかく。

バシャ.大きな音と、流星群みたいに流れる水飛沫みずしぶきの中に彼の身体は飲み込まれる。

一瞬なのに、一生みたい。

その時だけゆっくり時が流れたように見えて、そんな矛盾したことを思った。


「ぷは…!おっまえなぁ…!」

水面から顔を上げた彼に、裸足の足首を掴まれる。素肌に触れる彼の体温がやけにリアルで、恥ずかしくなって大袈裟おおげさに足首を振り回した。

「ぎゃー!ヘンタイー!」

「はぁ!?道連れにしてやるわ!!」

「っきゃ!」

私の足首を掴んだままプールからあがったびしょ濡れの彼に、グイっと強く肘の辺りを引っ張られる。






そして私も、流星群の中に飲み込まれた。




ゴポゴポ。大きな気泡が水中で渦を巻く。

水の中は闇夜のように真っ暗で、月の光だけが私達を包んで照らす。

ザブ.音を立てながら顔を上げると、目前には髪の毛先から水を落とす、彼の姿。





後30㎝、星空を閉じ込めたみたいな綺麗な瞳。

後20㎝、血色の良い艶めいた唇。

後10㎝、女の子みたいに長い睫毛。

肌にぺたりと張り付いたシャツが、スカートが気持ち悪い。

濡れたシャツ同士が触れ合って、ぐしゃぐしゃ小さな音を出す。

素肌同士が触れ合っているようで、恥ずかしくなって目を閉じた。







満月だけが、私達の恋を見ている。

彼との距離は、後少し。




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月夜照らす、夏の恋 らむね水 @ramune_sui97

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