ココアでも飲んで、話しましょ

紅蛇

眠れぬ夜は、話でも書こうじゃないか。

 たまに無性なほどに、何かを書き殴りたくなる事がある。それは、壊滅的に意味のわからないことばかりで、言葉を投げ飛ばす私自身にも、理解しがたいことである。

 だが、自身は何故か我が子のように、意味もなく置き去りにした言葉たちを恋しく思ってしまうのであった。



『何かお題をちょうだい。

 何か書きたい気分なの』


 そう、私は彼に聞く。理由を言わなくとも、きっと何かしらの返事をしてくれると信じているから、聞くという行為を行えるのだ。ただ、純粋に信じるのみ。


 すると数分後に通知音が鳴り、私はメッセージを開く。


『じゃあ、星』


 短い文章をひと目見、頭の中に映像が流れ始める。記憶から引っ張り出された、星のイメージ。想像、絵画、彫刻、芸術、詩、歌詞、文章、様々な作品たち。全て一つ一つ丁寧に、脳内で再生していき、一つにしていく。

 物語が始まる理由は実にわかりやすく、脳内に一つでも、自身の気にいる台詞が浮かぶだけで、良いのである。



 —————



 突然のことであるが、暖炉の元で寛ぐ彼女には、突如として想い出を話す癖があった。暖かな季節が過ぎ去ったせいなのか、夜は昼に比べ、酷く肌寒くなっている。彼女は自身の深緑色をしたタートルネックセーターを、自慢げに口元まで伸ばし、話を始めた。


「季節は、夏。花火を昔……確か、知り合いの家に行った時だったと思う。

 車が全然止められていない広い駐車場に、青いバケツ二つに水を張り、子供たち三人とおこなったの」

 とは言っても、私も十分、子供と呼べる歳だったけどね、と彼女は言葉を続ける。


「私、線香花火をするの、初めてで、手元に小さく輝く光を見て、とても騒いだのを覚えている。キラキラと弾ける花びらのような花火は、星屑を飛び散らかしてたの……」

 彼女と共にいなかったが、瞳はその時の花火のように、輝いている。きらっきらっきらっ。瞬きを一つするごとに、睫毛からラメが飛び散っていく。黒く、伸ばすためだけに塗られたマスカラは、暗くなり始める空を真似て、辺りの空気を彩った。


「その知り合いの家は、田舎の方で、星がとても綺麗なところだったの。

 私たち四人の騒がしい声以外にも、合唱するカエルの鳴き声、コオロギまでもが心地よい歌声を響かせていた。

 私は、なんだか嬉しくなっちゃって、一人でニコニコ、バケツの横で微笑んでいたら、一番下の子が、一人で笑ってて変なお姉ちゃんって指差してきたの」

 ありえる? と笑い、一つ一つの風景を思い出しながら、語っていく。カーテンの隙間から漏れる月明かりは、彼女の白い肌を照らされていた。


「私、つい可笑しくなっちゃって、そんなこと聞くなんて、あなたも変な子ねって答えてあげたの。物凄く困った表情になって、面白かった。

 そうして困惑した彼は、笑いが止まらない私から離れて、お姉さんたちのところへ帰っちゃったの。少し残念に思っちゃった……」

 苔色ソファーの上で足型を崩し、横たわる彼女はサイド部分に肘を立て、穏やかな表情を見せた。薄いピンク色のグロスが塗られた唇を手の甲で抑えながら、笑う姿は可愛らしくも、優雅さを醸し出している。


 そして、満足するほど笑うと、抑えていた手を動かし、腰の上へと戻していった。正面を向く彼女の目元には涙が溜まっている。笑い過ぎのせいか、欠伸をしたのかは、彼女にしかわからない。だが、窓からの光は、目元の小さな水溜りを、太陽を反射させる海面を思い出させた。


「ちょうどね、今と同じだった。月明かりが眩しくて、彼女のすぐ側には、星が寄り添っていたの。

 けど、私たちから見れば、すぐ側にいる星も、彼女たちにとっては、万里も離れているのよね。よく考えれば、ロマンチックな感じがしない?」

 涙を指で拭き取り、またクスッと笑みを浮かべる。まぁ私ったら、ちょっと詩的過ぎた? と、後から言葉を付け足し、首をかしげる。

 健康的で膨よかな頬は、少し赤く染められ、照れ隠しなのか、目線を腰の手元へと移動されていた。


「……今のは、出来れば忘れてほしい台詞の一つね。

 恥ずかしいから、話を戻してしまうけど、今と似たような空でも、あの時は何千もの星々が天井を飾っていたの。手元には、私一人の星。頭上には、誰のものでもない、何万もの星が……。

 その時、何故かパッと、世界が開けたような気がしたの。どうしてかは、わからないけど。ふと、何かに気づいたような、明るくなったような気がしたの。わかる?」

 彼女は、高揚とした表情を見せ、元より紅潮していた頬をより一層、赤く染めた。

 輝いている丸い瞳は、どんな小さな光も吸収するように、大きく見開かれた。


「だけれども、結局何を気づいたのか、わからないの……。何か、を理解した気になっただけなのかも。後から教えてくれたんだけど、数秒間ほど、私はボーッとしていたそうよ。

 私がやっと、元の世界に戻ってきたのは、足元に線香花火の火玉が落ちてきた時。

 とっても、熱かった……。今も、薄っすらと私の左足の甲に、火傷の跡があるの。

 見てみる?」

 胸を撫で下ろし、彼女はホットココアを一飲みし、深呼吸をさせる。一気に喋り過ぎたからなのか、少し息が上がっている。

 最初私、足に何が落ちてきたのか、わからなかったの。そう、毛布から足を出す彼女。

 臙脂色の靴下から覗いた足は、白く、小指から斜めに大きくなる形をしていた。彼女の言う通り、親指と人差し指の間には、火傷の跡のような傷がある。


 今も、手持ち花火が脳裏で咲き乱れるように、彼女の想い出と共に残されている。


「ごめんなさいね。急に言いたくなってしまっただけ」

 彼女が囁くと、パチリと暖炉の方で、音がした。



 —————



 これだけ書き、私は満足するのであった。

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ココアでも飲んで、話しましょ 紅蛇 @sleep_kurenaii

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