行間:空の彼方で

 私の問いかけを受け、彼女はその問い自身を嘲笑う。


「テンシですか、ですって? なにを馬鹿なことを。テンシ以外の何に見えるというのです」


「ありゃりゃ、自覚なしですか。これは重症だ」


「もったいぶるなら聞きませんよ」


 ぶおんっ、とほとんど予備動作なしで薙刀を振るってくる。私はあわててその切っ先を躱す。


「ちょ、危ないじゃないですか! ……しかし、ほんの少しだけ無表情が崩れましたね」


「――!」


 彼女が一瞬眉をひそめたのを、私は見逃していない。


「大体ですね。あなたは私の知っているテンシの中でイレギュラーすぎるんですよ。そもそも、テンシとはどういう存在ですか?」


「……天が示した不幸を払い、人々を幸せへと導く者です」


 私の問いに、テンシは今度こそ素直に答える。彼女が攻撃の手を止めたこの瞬間を逃さないように、私は次の言葉を放つ。


「そう、文字でいえばその通りです。天と呼ばれるシステムが計算し導き出したを取り除き、人間を幸福にする存在。――その幸不幸の考え方で私達は対立しているわけですけれど」


 テンシは問答無用で人々をへ導く。アクマはたとえ他人から見れば不幸であっても、当人がへ誘う。


「あなたがたテンシというのは、いわば天災のようなものです。嵐の様に突然やってきて、強制的に人々を幸せにし、唐突に過ぎ去っていく。人間からすれば、そういう抗いようのないなのです」


「……」


 言い方が気にいらなかったのか、また無言で切りかかってくるのをすんでのところで躱す。表情は変わらないけれど……どうやら私の読みははずれていないようだ。今もこうして私の話が続いていることがその証拠である。


「そう、です。恣意や感情など一切ない、物理法則の様に人々に平等に降りかかることわり。それが何故――」


 私の読み通りならば、彼女は。



「――何故あなたは、それほどまでにあの人間のもとにいるのですか?」



「なに、を」


 とうとうテンシが口を詰まらせる。そうだ。


「私の知っているテンシというのはですね。例えば、戦火に巻き込まれた一般市民が自分たちに武器がないことを嘆いていれば、その人たちに大量の武器を与え、その結果戦争が激化すれば今度は一帯を焦土と化して、平和になったと去っていく、そういうどうしようもない連中なんですよ」


 前より多少過激に言ったのは、テンシに対して少しいらだちがあったのかもしれない。私は追及の言葉をやめない。


「今回も本当なら、彼女たちの仲を無理やり引き裂いて、その後二人が病んでいくのを『おかしいな』と首をかしげながら天から見ているはずなのです。それが私の知っているテンシの所業です。でも――」


 私は彼女の目を見て、決定的な一撃となる一言を告げる。



「――あなたはそうしなかった」



 攻撃の手はずいぶん前から止んでいる。私は発言の隙を与えないよう、次の言葉を発する。


「あなたはわざわざ彼の浮気相手を装い、浮気という男女にありがちなことで彼らを自然に別れさせた。……といってもあの子にとってはかなり堪えたようで、私が行くのがもう少し遅れたら自殺していたところでしたが」


 この点について、私はこのテンシを、それこそ八つ裂きにしたいと思っている。私の親友を殺しかけた罪を、それ以上の苦しみを味わせて償わせたいという怒りではらわたが煮えくり返っている。けれど、今はその気持ちを抑えて言葉を続ける。


「その後もそうです。何故テンシが下界で人間のように暮らしているのか疑問でしたが、あれはをしていたのですね。あの子を愛しているが故に、罪悪感で押しつぶされ、


 テンシがあの子の彼氏と一緒にいたのは、浮気相手だからではなかった。彼女は私と同じように、愛する人との別れに絶望する人に寄り添っていたのだ。


「あなたの行いは、私の知るテンシの行いとはかけ離れた――むしろに近いものです。天が気持ちを入れ替えただけなら良いのですが、そんな噂は聞いていません」


 問答を続けて時間稼ぎをするという目標はすでに達成されている。これだけ引き延ばせれば、あとは殴り合いになろうが、それで私が負けようが関係ない。きっと私の親友は、自分の愛する気持ちを彼にぶつけることができる。その時間は十分稼げたはずだ。


 だから、今こうしてテンシを詰問しているのは――いや、もはや私の推理、それも自分の中でほぼ確信している推測を正解に持っていきたいから、そのために私は言葉を重ねている。


 おそらくこれはの核心に迫ることのはずだ。それが何かまではわからない。テンシという存在についてかもしれないし、アクマという存在についてかもしれない。

 

 あるいは――彼の。


「……」


 テンシは先ほどからピクリとも動かない。そのことに一瞬気がひかれたが、この始まりも終わりもわからないテンシとアクマわたしたちの戦いに一石を投じるかもしれないという思いが私の口を動かす。


「つかぬことをお聞きしますが――」


 そして私は、最後の問いかけを口にした。




「――あなたは、ですか」




 ――続――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋々狂想曲 Hymeno @Nakahezi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ