エピローグ
互いに旅の疲れを感じ、宮城に帰ることにした。このとき最も恐れていたのは、仙台空港で待ち構えていたのは警察というシーン。そのとき愛菜はどんな顔をして、どんな行動を取るのだろうかと考えていた。できれば泣いてほしい。暴れてほしい。私を抱きしめて離さないでほしい。私を殺してほしい。そんな妄想を夢見ている。
何事もなく仙台空港について、電車で仙台駅から乗り換えて家に帰る。一気に現実に引き戻され、私はつねに視線を感じるようになってしまった。これがより挙動不審さをあらわにするのだろうけれど。ええい、堂々とするべきだ。私は犯罪者ですよー。
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一週間後には愛菜がラーメン雑誌を見せびらかして訴えかけた。
「新潟の背脂ラーメンが食べたい! 本場の味!」
お安いご用だと高速バスの夜行便に乗って新潟駅からホテルまで並んで歩いた。翌日朝食を取ってからマリンピアを訪れぐるりと一周回ってから雑誌から住所を読み取り、表示された目的地へと向かう。
浅黒く日焼けた店主直々にラーメンが運び込まれ、よく見ると幼い顔で笑って去っていった。いろんな角度から何枚も写真を撮る愛菜を写真におさめると、怒られた。
「思ったよりギトギトじゃないね」
「脂マシマシ、とか言えばよかったかしら」
「あーっ! きっとそれだよぉ!」
レンゲにのせた麺の塊にノリを被せてぱくり。
「お姉ちゃんだって、食いっぷりいいじゃない。いつもわたしのこと笑うけどさっ」
「あら、馬鹿にしているわけじゃないのよ。あくまで可愛いと思っているだけ」
「子どもあつかいー」
「あなたはいつまで経っても子どもじゃない。中身がね」
リスのように頬をふくらませる妹を眺めると、次に私たちは丘陵公園にやって来た。大きく囲む森からセミの鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。
「ここ、東京ドームなんとか分らしいよ」
「覚えてないのね……。一日じゃ回りきれないってこと」
地図を見ながら適当に歩いていると、背丈の高いひまわりが並ぶ花畑が近づいてくるかのようにこちらを見つめていた。案の定、愛菜は喜んで走っていった。すぐ近辺にある噴水は家族連れが陣とって近づけない。顔を引きつらせて愛菜のあとを追ってひまわり畑に潜り込む。
すぐに見つかった。愛菜はひときは大きく咲き誇るひまわりの前に立っていた。まわりの邪魔なひまわりを踏みつけ、ちいさな空間をつくっていた。
「あいな――」
突然、腹部に走る痛み。電気が走ったみたいに、または飛んできたバスケットボールが強打したかのように。頭を真っ白にさせるにはじゅうぶんな衝撃だった。愛菜の手には包丁が。動けなくなるまえに私も彼女の腹を刺した。互いに手が小刻みに震えだし、やがて声がか細くなっていく。
「どうしてこうしたか、わかる……?」
愛菜が口を開いた。
「ずっと、このままで……」
当たり所が悪かったのか、先に崩れたのは愛菜だった。刃が腹にのめり込んだまま横に倒れる愛菜。私は自分の腹の包丁を抜いて妹の分も抜いた。そこらへんに放り投げて力なく隣になだれこむ。
「ひとりに、しないで」
眠りそうな愛菜の耳たぶをなでる。
「おねがいだから。ねえ」
愛菜はたぶん、急所を外してくれたんだと思う。いや、正直どうかはわからない。愛菜にそんな知識があったとは思えないし。それもどうかと思う。私がいない間、もしかしたら検索エンジンにかけていたのかもしれない。必要となるキーワードを……。
「ひとりに、するなよ」
「――たぬき寝入りしよう」
走馬灯のなか、強い力で引っ張り出した古い記憶。なかなか昼寝しない私たちを叱るために部屋に訪れる母に気づかれないよう、何度も欺いては夕方までおままごとをした幼少期。
「怒られないようにね」
私がつぶやくと、愛菜はひゅうと咳をして芝居へと移った。
比較的一卵性 愛川きむら @soraga35
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