第26話

「強くなる為に?」

「はい。どんな事をすればいいと思いますか?」

「んー……。かのんは、強い人の友達とかいる?」

「あ、いえ、今はソロで……」

「そうか。そうなると、自力で探していくしかないかな」


 ここは、ジャスロガン討伐一階層目。

 

「自力ですか? ネットとかで調べるとか」

「それを含め、自力だね。ネットでコンボが書いてあったとしても、出来ると情況に応じて対応出来るは別だし。ある程度の強さがなければ、ネットに乗ってる知識の半数は意味がないかな。まず、その選り分けも難しいしね」

「そうですよね……」

「始めたばかりだし。そんなに気を落とすことないんじゃない。数やらなきゃ、手に入らない事もあるよ」

「はい」


 何か、私、レン様と普通に話してるんだけど、これ、ゲームの新しいバグか何かかな?

 滅茶苦茶、普通。いつもの姫みもゼロ。初心者丸出しで質問攻め。

 好かれる要素が一つもないのに、滅茶苦茶丁寧に答えてくれるし。

 正直意味が分からない。

 だって、こんな会話女の子らしさのかけらもないし。

 前の私が今の私を見たら、絶対に馬鹿にしてた。

 無知なら無知で、もっと可愛くすればいいのに。

 手の掛かる、自由奔放な、漫画みたいな女の子を装えばいいのに。

 だって、そっちの方が皆喜ぶんだもん。

 そう言って、きっと、見下してた。

 

「まずは、自分の職業と種族で調べた方がいいよ。ある程度のレベルまではハンデないけど、一定以上のレベルに行くと、どうしても越えられない壁が出てくるから。転職も視野に入れた方がいい。確かに、猫と闘拳士の相性は悪いしね」

「あ、よく言われます……。でも、相性表か見ても、今いちわからなくて」

「なんの基準の相性表か分からなきゃ意味ないんじゃない。猫と闘拳士は、攻撃力が高いと言えない種族だから相性が悪いんだよ。闘拳士の強さは、一発のデカさと力技でコンボに持ってくタフさがある種族が合ってる。例えば、熊とか、虎とかの重装種族ね」

「攻撃力が弱いと、どの職種との相性も悪くないですか?」

「そうとも言い切れない。攻撃力が弱くても、俺みたいな黒兎含む兎とかのんの猫は、素早さが高い。このゲーム、素早さは攻撃動作にも出てくるから、同じ職種でも、後出しで勝てたり、攻撃を同時に出してもアドがとれる場合が多い」

「アド?」

「アドバンテージ。優位だね。同時に出しても、こちらが早く動けるなら優位に立てるし、何よりも隙が少ない。隙が少ないと?」

「倒される確率も低い」

「そう言う事。考えなしに力こそすべてでもないんだよ」


 私は、ゲームってもっと単純だと思っていた。

 言うなれば、じゃんけんのルールよりもずっと軽いと。

 力が強ければ、強い。

 力が弱ければ、弱い。

 強くなるのは、大変で、それはとても時間がかかる。

 弱いければ何も出来ない。

 ずっと、ずっと。勝手にそんな可笑しな世界を想像してきた。

 そして、そんな可笑しな世界を九か月間疑う事かすらしなかった。

 

「強さって、本当に色々あるんですね」

「一辺倒なんて楽しくないし、それはゲームじゃないよ」


 ゲームではない。

 

「楽しくなくちゃ、ゲームじゃない。けど、実際楽しさなんてないんだよ」

「え?」

「俺の持論だけど。ゲームって、何が楽しいの?」

「えー……。それ、レン様が聞くんですか?」


 楽しくなくては、ゲームではないと言ったその口で。

 

「そう。聞く。かのんはゲーム楽しい?」

「今は、楽しくないです」


 今は、楽しくない。

 自分の弱さに泣きそうになったり、今いる惨めな場所を憂いたり。

 

「じゃあ、昔は楽しかったってこと? 今って区切るぐらいなんだし」

「昔は、楽しかったかな……」


 姫として、ちやほやされて。

 欲しいモノは何でも手に入って。

 現実では辛く当たられる男たちを手玉に取ったつもりで。

 その癖、必死に縋ってる事にも気付かなくて。

 

「私、友達いなくなっちゃったんです。私が弱いから」


 そもそも、友達だったのだろうか。

 絆と呼べるものが、あの場所にあったのだろうか。

 

「友達じゃないかも。友達が多い人と、友達になって。その仲間内で、ワイワイ騒いで。それが楽しかったんです」


 たとえ、それが張りぼてでも。

 気付かなければ、幸せだった。

 輪の中心にいて、話すだけで楽しかった。

 

「ここはさ、ネットゲームで、話す場でもなければ、モンスターを狩るアクションゲームの場所だよね」


 レン様の言葉に、私は思わず目を閉じる。

 そう、間違っているのだ。

 ここは、ゲームで、おしゃべりをする為に作られた空間ではない。

 強くなって、モンスターを狩って。

 結局、私はこのゲームで何もしていないのだ。

 何一つ、ゲームを。

 

「はい。わかってるんです。でも、私、楽しくて、嬉しくて、それがキラキラしてて、目が眩んで……」


 キラキラ光る宝石の様な甘い甘い空間に、手に持っていたはずの大切なものを全て捨てて飛びついた。

 その宝石の価値さえ知らないのに。

 ただ、キラキラしていると言う下らない理由だけで。

 きっと、それは皆が欲しがっているモノだと思って。

 皆が欲しがっていたとしても、私が本当に欲しいモノではなかったのに。

 手段が目的に変わってしまう瞬間は、いつでも他人が欲しいと思ったモノに欲が出た瞬間だ。

 本当に、自分に必要なものなのかすら、よく知りもしないで。

 ただ、只管無心に。

 誰に対してでもない、相手もいない『いいね』を無理やり手に入れようとした代償を払うのだ。

 自分が本当に欲しかったモノを失くすと言う、大きな代償を。

 

「後悔してるの?」

「分からないんです。それも」

「じゃあ、本当は楽しくなかった?」

「うんん。とても、楽しかった」


 出来れば、もっと長い時間、あの空間にいたかった。

 あの瞬間だけは、あそこが本当に、私の居場所だと思ったから。

 でも。

 

「ゲームまでして、そんなの、可笑しいですよね」

「そう?」

「え?」


 レン様は、はっきりと可笑しいと言うと思っていた。

 絶対に、肯定をするはずだと。

 それは、間違っている。それを楽しむために、ゲームをすべきではない、と。

 

「俺は、いいと思うけど?」

「でも、さっき、ゲームはモンスター倒す場所だって……」

「言っただろ。ゲームなんて楽しくないって。逆に聞くけど、モンスター倒すの、楽しい?」

「……楽しいって言ったら倫理的に問題ある質問ですね」

「はは、確かに。それはそれで問題があるかもしれないけど、実際、モンスター倒すの楽しい?」

「たの、しいかな? 倒せた時には嬉しいし」

「倒すまでは?」

「倒すまで? えっと……、別に楽しいとかはないかな? 必死ですし」

「かのんのレベルならそうだと思うけど、例えば、一番弱い花草モンスターがかのんの前にいる。攻撃だって一しか食らわない。そのモンスター倒して、楽しい?」

「んー。でも、レベル上がるのは嬉しい? アイテム拾うのも、楽しい?」

「それ、別にモンスター倒す事が楽しいに繋がらなくないか?」


 確かに、そう言われれば、そうだ。

 モンスターを倒さなくても、レベルは上がるし。

 アイテムだってお金を出せばある程度は手に入る。

 

「ゲームなんて、何が楽しいか人それぞれなんだよ。だからこそ、自分なりの楽しさを探さなきゃ、楽しくない」


 楽しさは、人それぞれ。

 この言葉は、魔法の様に私り体に染みて行渡る。


「レン様の楽しさって、何ですか?」

「俺は、勝った瞬間が楽しい」

「勝った時、ですか?」

「戦ってる時もそれなりに楽しいけどね。ある程度行くと作業ゲーになるし。でも、勝った瞬間は何にも適わない程嬉しい」

「何で?」

「相手よりも、俺の方が強いって分かるだろ? 相手が、費やした努力とか、時間とかよりも、俺が積み重ねて来た時間や労力の方が強い、いや、報われたと思うと気持ちよくない?」

「それは、ちょっと、勝った事が余りないから、わかんないですけど……」


 わからないけど、楽しみが人それぞれだと言うのは分かる。

 あの姫だって頃を楽しいと感じていたのは、悪い事なんだと無意識に思っていた。

 ちやほやされて、その報いで悪口を言われて。

 やっぱり、あんな楽しみ方は可笑しいのだと、はっきりと言われた気がしたのに。

 あの楽しさは、嘘じゃなかったんだ。

 また、欲しいと思っても、いいものなんだ。

 そう、レン様に背中を押された気がした。

 今まで、私は、怒りとか、今までやりたかった事とか、一度にあふれ出してきて、『姫って、また、呼ばれたい』その気持ちはなんと下らない卑下た矮小な願いではないかと思い始めていた。

 あの時間が、どれほど、楽しかったかなんて、自分が一番よく知っているのに。

 

「その楽しみ方もしてみたいと思います」

「うん。人間、楽しい事がなきゃ、ゲームなんて出来ないよ」


 ゲームを楽しむって、それもある種の才能だとレン様は言った。


「リアルと一緒。楽しくなくても、何か目的がなきゃ人間生きてるのを怠ける」

「引きこもりとか?」

「それは、引きこもって楽しい事があるから、引き籠ってるんじゃないの? 人間以上に楽しさに貪欲な奴はいないよ」


 楽しんでもいいって、当たり前の事なのに。

 不思議と、人に言われないと、許されない様に感じてしまう。

 

「楽も一緒。苦しくて手に入れたモノよりも、楽の方が楽しければ、そっちに行っていいんだって。価値観なんて、人それぞれなんだから」

「人と、一緒じゃなくても、いいの?」

「勿論。人と一緒が楽しいわけじゃないなら、いいんじゃない?」


 当たり前だからこそ、肯定される事がない事が今、この人によって肯定されて行く。

 レン様って、強いんだ。

 有名なんだ。

 カッコいい。

 付き合うなら、こんな人がいい。

 何も知らなかった頃の私は、馬鹿みたいにそんな事を考えていた。

 けど、違う。

 この人は、本当に、カッコいいんだ。

 本当に、強いんだ。他人も自分も肯定できる強さがあるから、強くなれて、結果的に有名になっただけなんだ。

 付き合うならじゃない。

 私も、この人みたいになりたい。

 

「レン様っ」


 私は、レン様の服の裾を掴む。

 手だなんて、そんな、恐れ多い。


「何?」

「ありがとうございますっ!」

「急に、どうしたの?」


 どうしたの?

 最初、源十郎太さんが私に差し出してくれた手に添えられた言葉と一緒だ。

 私は、間違えていたかもしれない。

 間違えた事をしてしまったかもしれない。

 でも、間違ってても、楽しかったし、幸せだった。

 もう、私は、大丈夫だ。

 

「いえ、叫びたくなっただけです」


 にこっと、私は笑う。

 もう、作り笑いでもない。可愛く見せようと言う打算でもない。

 本当の笑顔で。

 

 

 

「コンボは出来るんだ」

「今日初めてですけどね」


 雑魚敵を倒しながら、私達はジャスロガン討伐に向けて足を進める。

 基本的には、レン様が敵を倒してる中、お試し的に私が攻撃をすると言う謎の練習をしながら。

 

「それにしても、この防御魔法凄い。全然HP減らない」

「魔法使う奴は、基本HPはゴミだからね。そこら辺は固めとかないと簡単に倒れるから。ほら、掛けなおすから止まって」


 そう言って、レン様は私に銃を向ける。

 レン様の職業は黒兎人族しかつけない、魔法銃。

 銃で魔法を打ち込んで、攻撃特化と言われているが、最低限の防御、回復が出来ると言う万能型らしい。

 私も、黒兎人族にすればよかったかなぁ……。

 

「そろそろ、ジャスロガンだけど、氷の月のドロップは極端に少ないから一回で取得は不可能に近いよ」

「はい」

「あと、魔法攻撃はいいけど、物理は一発で飛ぶから、かのんは近寄らない事」

「はい」

「相手の動きを良く見て、行動して。あと、俺達以外に人が来た時は、俺がそいつらを倒すから、銃が当たらない所まで逃げてね」

「はい」

「よし、じゃあ……」

「ジャスロガンは次っすよー!!」


 最後の注意事項を確認していると、聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「……え?」


 振り返れば……。

 

「駄犬っ!」


 待ち合わせ場所にこなかった喜介が、何でここにっ!

 

「あれ? かのんじゃん。何でいんの?」

「はぁ!? アンタが、待ち合わせすっぽかしたから……っ!」

「あ、そうだった」

「はぁ!?」


 こいつ、忘れてたって……っ!


「あれ? 姫ちゃんじゃーん」

「え?」


 喜介に殴り掛かろうとすれば、また聞き覚えのある声が……。

 

「げっ! 村正っ!」

「あははー。お久しぶりー」

「な、何で、アンタがっ!?」

「何でって、ポチのメンバーだし。今俺達組んでるの」

「え、ポチ? あれ、ポチって……」


 何処かで聞いた名前だと振り返ると、ポチを探していたレン様が喜介の前に立つ。

 

「師匠……」


 え!? レン様が喜介の師匠!? え、ちょっと待って。これって一体……。

 それにしても、レン様の顔が険しいんだけど、これって、ちょっと怒ってる?

 

「あ、サイレンごめんね。ポチが見つかったって連絡しなくて。無事、確保したから、そんな怒らないで……」

「村正は黙ってろ、ポチ」

「は、はいっ!」


 レン様が手を上げる。

 まさか、ビンタ!? まあ、レン様を待たせてるし……。

 あいつ、私の約束忘れてたし。ビンタ以上の罰を与えて欲しいのだけど。

 

「お帰り」


 しかし、上げられた手は喜介の頭をポンっと軽く叩くだけ。

 

「し、師匠っ!!」

「おー。珍しくデレてる」

「デレてない」

「ただいまですぅー!!」


 喜介は泣きながらレン様に飛びつくが、レン様に振り落とされる様子はないんだけど……。

 うん。ちょっと待って?

 本当に、どう言う事?

 私、全然わかんないんだけどっ!


「アンタ達、感動の再開の所悪いんだけどさ……」


 今度はハンマーを担いだ虎女が、エリア入口から姿を現す。

 え?

 ちょっと待って。村正と虎女が一緒って事は……。

 まさか、この駄犬っ!

 

「徹虎も、一緒なのか」

「残念ながらね。で、別にポチはまだオリオンに戻ってきてないから。団外の人間だし」


 やっぱり、こついもオリオン関係者っ!?

 え、それにしては、凄く弱いんだけど……。


「戻りますぅー!」

「このクソ犬、態度違いすぎでしょ。で、そこの残念猫姫ちゃん」

「にゃっ! な、なんですかっ!?」


 この人、この前凄く勢いよく啖呵切っちゃってるけど、めっちゃ強いんでしょ?

 前回闘技優勝者で、レン様にも勝ってるわけでしょ?

 ど、どんな態度を取ればいいか、全然わかんないんだけどっ!

 

「ファイティングポーズを私に取るな。取るなら、後ろ向いて取ったら?」

「へ?」

「ジャスロガン、いるよ?」

「は?」


 振り返ると、巨大な氷を纏ったモンスターが。

 

「……えぇっ!?」


 いつの間にっ!?

 

「悪いけど、サイレンも姫ちゃんも退いててくれる? ジャスロガンは俺達のチームの獲物なんでね」

「それは聞けない注文だな。こちらも、ジャスロガン狙いなんだよ」

「何言ってんの? ちまちま動かれちゃ邪魔なのよ。二人とも別エリアで待機してたら?」

「あはは、何言ってんの? ハンマーの重い動作で倒してら時間ロスだし、魔法銃なてエフェクト重いだけで邪魔だから二人が下がってたら?」

「同感だな。で、双剣みたいに場所取りも邪魔だから引っ込んでろ」


 徹虎、村正、サイレンの三巨頭がジャスロガンをしり目に睨み合う。

 

「いやいやっ! 俺が倒すっす!」

「ポチはお座りしてて。もう、いい。じゃあ、三人で戦って、生き残った奴が勝ちねっ!」

「おーん? 俺の圧勝じゃん」

「はっ。言ってろよ」


 ちょっと、待って?

 本当に、もう、何なのよっ!

 ジャスロガン狩りは!? 私の氷の月はっ!?

 

「じゃ、スタートっ!」


 村正が声を上げれば、三人はぶつかり合う。

 これって……。

 

「いいなー。いつもあの人たち、楽しそうなんだよ」


 そう喜介の言葉に顔を上げれば、確かに楽しそうに戦ってる。

 ゲームの楽しみ方なんて人それぞれ。

 

「何それ。これが、あの人達のこのゲームの楽しみ方って事?」


 強くなる先の、楽しみ方。

 

「やっぱり、俺も混ざるっ! かのんも行こうぜっ!」

「え、でも、私弱いし……」

「いいじゃん、弱くてもっ! 楽しいって!」


 喜介が、差し出した手。

 ああ。もう。

 

「……そうね。楽しいかもね。あの人たちもまとめて倒して、強くなってやろうよっ!」


 これから、きっと、楽しい事ばかりじゃないかもしれないけど。

 私は、喜介の手を取る。

 差し出してくれた手の取り方を、私はもう間違えない。

 

 ジャスロガンもあの三人も倒して、絶対に強くなるんだっ!!

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オタサーの姫だけど、根性と努力で強くなる!! 富升針清 @crlss

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