第25話

「決闘の承認ボタン押した根性だけは、認めてあげる」

「いやだーっ! 絶対に戻りたくないっす!」

「弱いなら、真剣にサイレンの言葉聞いてから辞めろ。ったく、キビキビ歩け」

「絶対にいやですぅー!」

「嫌だじゃなくて、すんのっ。大体、君、サイレンの相棒枠じゃないでしょ?」

「……もしかして、それね嫉妬って奴ですか?」

「真顔で何凄い事言ってんの……。嫉妬してねぇーよ。サイレンは君の教育係でしょ。最初、村正に何て言われたか覚えてる?」

「全然っ!」

「元気な声で言う事じゃないでしょ……」


 はぁ。もう、ため息自体が億劫だと、徹虎は一人ぼやく。

 

「サイレンは、君の教育係で、君はサイレンに強くなる方法を教えてもらう関係」

「でも、俺バイクの後ろ乗りましたよっ!」

「ちょっと、突然過ぎて、意味がわかってないんだけど……」


 脈略が無さ過ぎる。

 教育係がどうすれば、彼が保有するバイクの話になるのか。

 もしかして、怖い話なのだろうか。

 

「バイクに乗せて貰った時、本当なら相棒以外は乗せないって!」

「……え。言葉そのままの意味じゃん」


 本当なら、相棒しか乗せないけど。が、正しいのだろう。

 言葉通り、相棒以外は本来ならば乗せないが、致し方なく例外を作ってやろうの意味である。

 徹虎は若干引きつつも、分かりやすく前記した内容を喜介に教えると、喜介が信じられない様な顔で、彼女を見上げた。

 

「え……。日本語難しすぎないですか?」


 信じられないのは、こっちであると、喚くことが許されていれば徹虎は間違いなくしただろう。

 しかし、それこそカオスである。


「嘘でしょ……」

「あの時、俺、相棒って思われてるって一人嬉しくてっ!」

「え、嘘でしょ……。何、その可哀そうな勘違い」

「相棒しか乗れないって確認したのにっ!」

「あ、それは確かに日本語が難しいかも……。って、思わないから。それに、あいつあのバイク相棒以外も乗せてるし」


 バイクとは、改修前のゲームで闘技殿堂入りした際に特別アバターと共に貰った『馬』である。

 このゲーム、広いフィールドに降りる際は馬の乗馬が出るのだ。

 ある意味、馬の特殊アバターと言って良いだろう。

 因みに、特殊アバター同様に、バイクもこのゲームではサイレン以外は保持はしていないので、とてもよく目立つ。

 そのお蔭で、度々村正等の待ち合わせに利用されているのだった。

 

「え!?」

「村正もよく乗ってるし。相棒降ろされた私も乗らされるし」


 双剣もハンマーも、馬との相性は悪い。

 馬に乗ったまま攻撃が出来る職業者は多用するが、双剣もハンマーも、どうしても降りなければ攻撃が出来ない職種者達には馬は手に余る。

 手に余る馬は、金もかかる。

 捕まえて、アイテムで。ではない。

 馬は運営が貸し出している扱いとなり、レンタルすればその分だけ金が掛かる。

 しかも、生物枠としての維持費もある。

 恩恵を受けれない者たちにとっては、大金が無駄金に成り得てしまう。

 その為、村正と徹虎は馬の所有はしていないのだ。

 ただし、ただっ広いフィールドを目的ありきで駆け回る時には、どうしても欲しくなる時がある。

 その時に、タクシー代わりにサイレンを使うのだ。

 徹虎は、たまたまフィールド会って乗せられる方が多いが、村正は完全にタクシーとして使っている状態である。

 

「そ、そんな……」

「浮気されてる彼女みたいな顔すんなよ……」

「だって、俺だけって!」

「言ったの?」

「……言われてない、かも」

「かもって。言われてないでしょ。それ」


 ここまで来ると、笑い話にしかならないだろうに。

 

「ポチは、サイレンの相棒になりたいの? 強くなりたいの?」

「強くなって、師匠の頼れる相棒になりたいですっ!」

「欲張りか」

「でも、だって、それは俺の中で同じですもん」


 強くなって、サイレンの相棒になりたい、か。

 ポチの言葉を一人静かに徹虎は呟いた。

 最後の共同闘技で二人で優勝を飾った時、徹虎はこれで最後だなて惜しいと思っていた。

 サイレンと共に二人だけで戦う事は、彼女の中で自分の力を存分に発揮できる数少ない場所の一つ。

 ハンマーの様な動作が大きい職種は、どうしても攻撃後の隙が出来る。

 短く出来る様に工夫する事も出来るが、時間はゼロにはならない。

 その隙を、サイレンは魔法銃でいつも後ろから補ってくれていた。

 職種同士の相性は悪くない。

 プレイヤー同士も、同じレベルで同じプレイヤースキルぐらい。

 バランスも悪くないからこそ、共同闘技では負け知らずだった。

 サイレンは徹虎の動きだけで、意思を汲んでくれる。徹虎は自分が先頭に立って戦っているのだ。意思を汲んだサイレンがわかる。

 言葉なんて要らない程、二人は互いを理解していた。

 いいコンビだ。これ以上いいコンビはないだろう。

 そう、思っていたのは、徹虎だけだったが……。

 最後の試合の後、名残惜しそうに、彼女はいつもならば開かない口を開いた。

 なんたって、相手はサイレンだ。

 無口であり、不愛想。反応だって薄い。

 だから、いつもは最低限に抑えている会話が、気分の高まりからか足が出た。

 

――私達、強かったよね。また、たまには一緒に戦おうよ。


 貰ったアイテムの花束を手に持ちながら、彼女はサイレンに笑いかけた。

 いつも無表情の彼は、こんな時でも表情は変えない。

 名残惜しい、寂しい、暴れたりない。もっともっと、圧倒的に、圧巻に。

 興奮が、収まりきらなかった。これで終わりだと分かっていても認めたくない、信じたくない。

 だからこそ、彼女は相棒に『また』と続きを強請った。

 欲が、顔を出したのだ。

 彼が、またと言えば、きっと、二度とこなくても、そんな事実が忘れられると、少女みたいな事を思いながら。

 でも、絵本でも何でも、物語で欲を出してしまった者の末路なんて決まっているのに。

 いくら可愛らしくても、無垢な願いでも。

 欲は一律して欲なのだ。

 サイレンは花束を抱える彼女の手を取る。

 そして、彼は口を開いたのだ。

 

――お前は、……弱いから。一緒には、戦わない。


「……そんなにいいもんでもないと思うけどね」


 あの日の景色は今でも鮮明に覚えている。

 あの言葉を聞いて、喝采が絶望に変わった瞬間。

 熱が、冷めた瞬間を。

 彼女は今でも思い出せる。

 

「師匠の相棒って凄くないですか!?」

「ないよ。普通に、団長が勝手に決めるし。それに、本当にサイレンの相棒を狙ってるなら、一人で遠回りしてる暇ないんじゃない?」

「え? 何で?」

「まあ、その席を狙ってる奴なんて死ぬ程いるわけだしね?」


 何しろ、サイレンだ。

 悔しいが、あの、サイレンだ。

 

「でも、自分で道は切り開くべきって、ドラマで」

「開く時も必要だけど、もう道が整備されてるなら利用しないと。山道頑張って歩いて上った天辺と整備された道スイスイ上った天辺は同じ高さじゃん」


 使えるものは使わなければ。

 見える景色は違うかもしれないが、着く高さは変わらないのだから。

 

「えー……。なんっすか、その例え」

「過程が違っても、得られる『モノ』は一緒って事。本当に強くなりたいなら、君は団を抜けるべきじゃないよ」

「でも」

「強くなりたいなら、矜持なんて捨てろ。強くなる事だけを目指せ。君が欲しい強さは、そこにあるから」

「……でも、俺、今直ぐ師匠に認められたいですっ!」

「我儘か」

「だって、いつまで経っても弱いって、師匠が」

「そこは流石に否定できないけど。認められるって、どのレベルになったら戻ってくる気だったの? カンスト?」

「え? 別にくくりないっすよ」

「具体性……」


 迷子かよと、呆れ顔で徹虎が呟く。

 

「取りあえず、氷の月、自分の力で四つ集めて、師匠に見せたら認めてくれるかなって」

「氷の月? ……気の遠くなる話だな。一人で?」

「いや、一人は無理っす」

「現実見てるのか、夢見がちなのか、どっちかにしてくれる? ふり幅デカくてついててけいないんだけど。私」

「仲間集めたりとか。だって、前は俺、自分でなんも動いてないじゃないっすか。どうやって集めるのかも知らない時に、徹虎さんや団長や木の葉さん達が出してくれたの貰っただけですもん」


 そうだ。喜介は氷の月を集める際に、かのんの様に自分から何一つ行動を起こしていない。

 ただ、肩を落として途方にくれて居たら、大人たちが運んできた。

 

「もっと、自分で考えろって、師匠言ってて」

「……それは」


 その機会を奪ったのは、間違いなく徹虎達本人だ。

 甘やかしていたわけではない。

 いや、結果甘やかしてしまったが、レベル10の超絶初心者が集められるアイテムじゃない事を、皆よく知っている。

 途方に暮れるだろう。

 途方に暮れたら、どうなるだろう。

 団員の前で、オリオンに入れてくれと土下座までしたこの少年が。

 どうしても、強くなりたいと願った少年が。

 途方の先に折れてしまったら、どうなるのだろう。皆が皆、一様に考えた先に手が出てしまった。

 本当に強くなりたいなら、そこで手を貸すべきではなかったのは確かだが、このゲームから居なくなって欲しくなかった。

 だって、まだ、何も知らないじゃないか。

 面白い事も、楽しい事も。

 そんな勿体ない事を。

 

「だから、自分で考えて、氷の月手に入れたかったんです」

「……ポチ、あのね……」

「え? じゃあ、簡単じゃん?」


 急に割って入って来た声の先を、徹虎が振り返ると銀色の毛並みを持った狼がニヤリと笑っていた。

 

「団長!」

「徹虎、お前ポチが見つかったら連絡ぐらいしろよ」

「あ、ごめん。忘れてた」

「無駄にフィールド走り回る所だったたろ」

「うっかりして……って、フィールド走り回ってないの?」

「ないよ」

「そう言えば、何で団長がここにいるのよ。町は私が回るって話だったじゃない」

「うん。入ろうと思ったら、町で虎人族のハンマーがPKしてるって言うじゃん。面白そうだから来たの」

「PKネットワークか……」


 徹虎がぐぬぬと口を締める。

 

「徹虎も入る?」

「入らねぇーよ。悪趣味過ぎでしょ」

「そら残念。で、ポチ確保して連れ戻せそう?」

「見ての通り、駄々こねてる」

「駄々じゃないっすよ!」


 キャンキャンと声が聞こえそうなぐらい、喜介が大きく団長に向かって跳ねる。

 

「おー、よしよし。元気だったか?」

「出てって、二日三日でしょ」

「元気でした! 団長は!?」

「二日三日で変わらねぇよ」


 ケラケラと笑いながら、団長は喜介の頭を撫ぜる。

 

「で、団に戻りたくないのは氷の月?」

「今度こそ、自分で取りに行きますっ!」

「あー。うん。その件については本当にごめんな。取って来て、どうすんの?」

「師匠の顔に叩きつけますっ!」

「あははは。元気かよ」

「元気で済ますなよ。でも、それはすげぇ見たいわ」

「じゃあ、見ればいいじゃん。ポチ、今から氷の月取りに行こうぜ?」

「え?」


 村正の言葉に驚いたのは、徹虎の方であった。


「行きますっ!」

「おうおう、いけいけー」

「ちょっと、団長。まずは、団に戻ってから……」

「団に戻りたくないんだろ?」


 何てことはない様に、村正は徹虎に言葉を返した。

 当初の目的と、これでは変わってしまうのに。

 

「ポチ、でも氷の月を取るのにはモンスターが沢山いる所に行くんだぞ」

「任せてくださいっ! 俺、ゴーレム倒しましたよっ!」

「マジかー。惚れ直すわー」

「何言ってんだよ。子供か」

「で、提案なんだけどさ、今俺も徹虎もポチとギルド違うじゃん?」

「そうっすね」


 村正の言葉に、こくこくと玩具の様に頷く喜介を彼は満足そうに見ている。

 その姿を見て、徹虎は嫌な予感を感じてしまう。

 こんな時、禄な事など起きないのだ。

 現実も、ゲームでも。

 結局は、人と人なのだから。

 

「じゃあさ、友達として、ポチのメンバーに入れてよ。氷の月狩りの。事情を良く知ってる俺達は、手なんて出さないし。何より、ポチのカッコいい姿マジかで見たいじゃん」


 いや、流石に、無理やり過ぎだろう。

 そんなあってない様な無理やりの理由で、あれだけだだを捏ねていた喜介が首を縦に振るわけないだろう。

 余りにも馬鹿にし過ぎていると徹虎が止めに入ろうとすると、喜介が口を開いた。

 

「そうっすね! いいですよ!」

「はぁっ!?」

「よしよし、ポチは話の分かるいい子だなー」

「俺のゆうしゃを見てて下さいねっ!」

「それは多分勇姿だなぁー」


 よしよしと、ポチの頭を撫ぜる村正を引っ張り、徹虎が睨みつける。

 目が、何を考えているんだと訴えているのは、言葉がなくてもわかるぐらいだ。

 

「まーまー。たまには皆でクエやるのいいじゃん?」

「はぁ!? あんたね、氷の月がこれで出なかったら、どうなると……」

「それに、ボス倒した瞬間、氷の月落としたらポチが戻ってくるばかりか、面白いもの見える訳でしょ? やるしかなくない? 徹虎ちゃん」


 そう村正は手に持っていた氷の月を徹虎にちらりと見せる。

 ああ、まったく。

 

 大人のスキルを持っている奴に碌な奴なんていないのだっ!

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