第24話

「え、あ、あのっ! えっ!? 徹虎さんっ!?」

「煩い、黙れ。耳元で騒ぐなっ。はぁー。もう、まさかそっちから声かけてくるとは……」


 まさか、探されていた側から探していた側に声を掛けるだなんて、聞いた事がない。

 とんだ間抜けもいい処だ。

 と、徹虎は思うが、彼女自身、ポチ探しなど遠の昔に諦め、ぼんやりと川を見つめていた癖に。

 

「徹虎さんっ、ここ、橋の上ですよっ! 町ですよっ!」

「知ってるわっ! 君がいきなり、団を抜けたから、探しに来たのっ!」


 徹虎は、ぐっと喜介の首輪を引っ張りため息を落とす。

 青い首輪。それは、サイレンが与えたもの。

 サイレンのカラーである青色の首輪を、彼は外す事無く今も付けている。

 その事実に、徹虎は言い表せない安心を覚えた。

 経緯はどうであれ、見つかって良かったと安堵したのは変わらない。

 だって、そうだろ。

 首輪をしている以上、サイレンの事が嫌いになり離れたわけではない事が、その証じゃないか。

 

「めんどい事は、後々話すとして。ポチ、帰るよ」


 ぐっと引っ張ったはずの手が止まる。

 彼女が喜介を見れば、喜介は俯いたまま、ぐっと耐える様な姿をしている。

 散歩を嫌がる犬の様だと、彼女はぼんやりと思い出と重ね合わせた。


「何でですか?」


 徹虎の心情とは裏腹に、喜介の出した声は真剣そのもの。

 何でだって?

 

「何で、俺が戻らないと、駄目ですかっ!」


 何かしら、喜介の中には彼なりの葛藤があるようだ。


 サイレンは、君の事を責めていないよ。

 君とサイレンには、少しばかり食い違いが起こっていたらしい。

 誤解を招く男だ。

 君もあの男と行動を共にしていたら、わかるだろう。口数も少なく、不愛想この上ない。

 だから、勘違いを解く事もなかったんだね。

 大丈夫だよ。君の居場所は、あそこにあるよ。

 優しい言葉がつらつらと、徹虎の脳内に溢れかえる。

 サイレンにも、喜介にも配慮した大人の言葉だ。その言葉を唱えれば、大抵の人間は顔を上げる事だろう。

 続く言葉はお決まりの、本当ですか?

 そこですかさず、本当だともっ! と、言って見ろ。花が咲くような可愛らしいはにかんだ様な笑顔を見せてくれるだろう。

 

 が、そんな笑顔なんて、特に見たくもない。

 本当ですか? なんて、聞きたくもない。

 

「煩い。吠えるな」


 徹虎は、喜介の顎を持ち上げる。

 

「君は本気でそんなクソみたいな事、私に聞いてんの?」


 誤解を解く必要なんてないだろう。こんなもの、事実でしかない。

 いつもの徹虎であれば、きっと笑顔で『大人の対応』と言う名の悲しきスキルを駆使して丸め込んでいただろう。

 では、何故今、しないのか。

 機嫌が悪い?

 サイレンと村正双方共に、最も彼女が嫌いなプレイヤー達と、先ほどまでいたのだ。

 機嫌は悪くなって致し方ないだろう。

 でも、違う。

 じゃあ、下らない提案にうんざりしたから?

 でも、違う。

 じゃあ……。

 

「戻りたくない理由があるのは、君でしょ?」


 意地はプライドだ。

 プライドは、強さだ。

 糞みたいに、傲慢で、吐き気がする程の低俗なプライドだって、それはある種の信念。

 巡り巡れば、強さとなる。

 強さは生きるためには必要だ。

 いや、しかし。

 馬鹿しい話ではないか。ゲームが強い? それが何になる?

 ゲームで強い事が人生で役に立つか? ゲームが強い奴が、世間様で言う勝ち組に成り得るのか?

 生きるために、それは本当に必要か?

 例えば、そんな問いかけをしよう。

 徹虎は笑って言うだろう。

 そんな答え、本当に天辺を取った奴しかわからない。

 ああ、可哀そうに。持ってない奴は、想像さえ、出来ないのだ。

 信念の持ち方も、熱の持ち方も。何もかも。知らないからこそ、そんな無知で馬鹿な質問が出てくるのだ。

 

 喜介は、それを今、持っているのだ。

 煽らなくて、どうする。

 燻らせて、冷まさせて。どうする。

 

 逆に問いたい。

 信念と言う熱を、目の前の若者が持ったとして、せっせと鎮火させる様な野暮を。

 折り曲げ、丸め込むような事を。

 それこそ、大人のする事か?

 と。

 

「俺は、弱いんですよね?」


 堂々とした声で、喜介は徹虎に問いかける。

 

「聞く必要あるの?」


 レベルは21。オリオンだけではなく、ゲーム全体に見ても、弱い部類に入るだろう。

 

「じゃあ、強くなるまで、帰らないですっ!」

「じゃあ、って何よ……」


 はぁ、と徹虎は本日何度目かのため息を吐く。

 数えるのも億劫だ。

 そして、この後も数知れず付き続ければならない状態になる事は分かっている。

 なんたって、オリオン切っての問題児、喜介の相手なのだから。

 

「そこが大事でしょ?」

「え? 何でですか?」

「いや、あのね……。いや、違う。そうじゃない。だって、あんた強くなるんでしょ? 何でそう思うかが、一番大事な所じゃないの?」


 やっぱり、今いち決まらない。

 

「えっとっすね。俺、弱いままだと、師匠に迷惑かけるから、強くなるまで帰れないんですっ!」

「……え。今更?」


 思わず素の感想がポロリと口から飛び出すが、これは致し方ない。

 だって、喜介はオリオンに入って半年。それもレベル10の頃からサイレンと共にフィールドへ出ているのだ。

 あの、天下のサイレンである。

 強い事は言うまでもない。

 その強さを、上手くこの喜介に伝えるのが彼の仕事だった。

 しかし、その仕事は難航を極める訳である。

 喜介と言う人犬族の男の子は、それはそれは、人の話を聞かない男の子であったのだ。

 そして、一番の根本的な問題は、彼はゲーム自体が初心者なのである。

 やった事があるゲームはレーシングゲームと太鼓をポコポコ叩く音ゲー。

 彼の概念に、レベルを上げるも、何もない。

 その概念からたたき込むのに、何度サイレンが喜介にチョップを贈った事だろうか。

 

「今更って酷くないっすか!?」

「いや、ごめん。余りに突拍子もなく、言葉が追い付かなくて……」

「酷いっす! 俺、強くなるので、団には帰らないっすからねっ!」

「あー。本当にごめんごめん。で、強くなるなら、サイレンに教えて貰えばいいじゃん。何でそのサイレンの元に行くのに強さが必要なわけ?」


 正直に言えば、足を引っ張るとか、迷惑をかけるとか、そんなレベルではない。

 寧ろ、掛けて当たり前なのだ。

 だって、弱いから。

 と、単語で表すと酷な事となってしまう。

 誤解がない様に言うのであれば、迷惑をかけて、足を引っ張って当たり前なのだ。

 少し上の言葉を使うのならば、胸を借りるのが当たり前である。

 そうやって、時間をかけて強くするのが、教育と言うものだろう。

 オリオンの入団にレベル制限なんてものはない。

 出来れば設けて欲しいものだと、立て続けに来るタフ根性モンスターの犬猫を思い浮かべながら提案したいものだが、そもそも、入団条件自体がレベル制限。

 あのダンジョンを単独で奥まで足を進めれる事こそが、強さの証明であったはずなのに。

 しかし、まぐれでも、ズルでも、根性だけでも、入団条件には問題がない。

 だからこそ、弱くてもいいのだ。弱いなら強くするがオリオンの団条だ。

 そんな絶好の勉強の場を蹴って迄、強くなりたいってどう言う事だ。

 まだ、サイレンを見返してやりたいっ! と、言うのならまだしも。

 迷惑を掛けないって。

 

「俺、師匠の相棒としては、まだまだなんです」

「……ん?」

「だから、強くなって、師匠に迷惑かけない様になりたいんですっ!」

「……ん?」

「安心して、師匠の背中を守るんですっ!」

「……あー。うん。ちょっと待って。何でポチがサイレンの相棒なの?」


 少なくとも、関係は教える側と教えられる側だったはず。

 どうしてそうなった。

 

「だって、いつも師匠と俺、一緒だから」

「おー。んー。あー。ちょっと話が理解出来なくて、待ってくれる?」

「徹虎さんでも、そんな所あるんっすね。人間っぽいっすね!」

「人間だよ。君、本当可愛い顔で凄い爆弾落とすな……」


 見た目も声も無邪気なのに、この仕打ち。

 

「うん。整理しようか」

「いいっすよ」

「ポチ、何でうちの団辞めたの?」

「強くなるためっす」

「そう。何で強くなるんだっけ?」

「師匠の背中守るっす!」

「そっか。じゃあ、強くなるの別に一人で頑張る必要なくない?」

「それは、男のきょ、きょじ、きょ?、しょ、しゃ……?」

「矜持?」

「そうです! 矜持っす!」


 こいつ、しゃもじって言っても絶対に頷いてただろと、徹虎は大きなため息を吐く。


「ちょっと待って。めっちゃ今、カッコいい事考えてたけど、現実とのギャップが強すぎて上手く処理できない」


 強くなる。

 かのんみたいな、強い意思を感じていたのに、だ。

 彼女と同じ目をしている。お前はきっと強くなるっ。大丈夫だ。だから、まずは基礎を……。と、肩を叩く予定だったのだが……。

 余りにも的外れ過ぎて、落としどころが見つからない。

 しかも、強くなる前提も理由も、ずれ過ぎだ。

 

「まあ、いいや。取りあえず、団に戻るよ。そんな理由なら、尚更ね」

「嫌です。絶対に、戻りません」

「そう。ポチは、サイレンの相棒って言ってたよな?」

「はいっ!」

「そうか、そうか。じゃあ、こうしよう」


 徹虎は、笑顔でメニューを表示し、ボタンをいくつか押下する。

 

「そうか、そうか。相棒ね」


 サイレンの。

 

「そう、自負するならさ」


 喜介のアカウントに、一通のメッセージが届いた。

 差出人は、徹虎。

 内容は……。

 

「決闘……」


 決闘の承諾ボタンが喜介の前に表示される。

 

「私ね、元サイレンの相棒だったの。あいつの隣にずっと立って、戦ってたの」

「え」

「サイレンと二人で、ずっとね。でもね、私、捨てられたの」


 徹虎がにっこりと笑いながら、喜介に自分が言われた言葉を返す。

 

「私が、弱いからだって」


 徹虎は、虎人族のハンマー使い。

 所属はオリオン皇帝軍で、副団。その強さと誰に対しても物怖じしない態度からは、鬼の副団長と恐れられる程。

 レベルは上限の300。数少ないカンスト組では珍しい女性プレイヤーで、闘技でも度々名前があるほどの実力を持つ。

 そして、村正の『PK』被害者第一号である事を知る者は少ない。

 そして、元サイレンの『相棒』であった事実を知る者は、それよりも少ないだろう。


 そして、サイレンに弱いからと切り捨てられた事実を知る者は、それよりももっと。

 少ないだろう。

 

「私より、弱い奴がその立場を名乗れると思うなよ。相棒を自称するなら、私に勝って見ろ」


 そして、誰よりもサイレンの事が嫌いな理由がその言葉である事を知る人は、彼女以外誰もいないのだ。

 

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