第23話
サイレンとかのんがダンジョンを潜る事、二時間前……。
サイレンと村正と別れ、一人町を回っていた徹虎は、この途方もない作戦に自分で言い出した事なのにも関わらず呆れかえっていた。
「これだけ広くて、見つかると思ってる奴は全員馬鹿だわ」
勿論、自分含めて。
色々な人が行きかう町の橋の上で、ぼんやりと川を眺めながらため息を落とす。
そんな徹虎に町の人々は無関心。
話しかける事もなければ、噂声すら聞こえない。
それはそうだ。徹虎は、一般人なのだ。
かのんの言っていた、町の皆が私を見て笑うと言っていた言葉に同意を出来なかったもこれが原因である。
オリオンには、有名人が二人いる。
一人は、王者、サイレン。もう一人は、最強人獣、村正。
このゲームをそれなりにやっている人間で、この二人を知らない奴はいないだろう。
でも、その二人と互角の戦いを見せ、尚且つ何度もサイレンを倒し優勝を掻っ攫った事がある徹虎は無名である。
度々、先ほどの地震を起こしたりと周りの騒がせる事は、あの二人程ではないがやっている方である。
レン様ファンクラブの女どもには平等にそこそこ恨みも買っていて、そこだけは嫌程知名度があるが、レン様にわかファンには徹虎の事を知らない人だって多いだろう。
いくら、サイレンの様に強くても、村正の様に強くても、徹虎の名が上がる事はなかった。
何故か。
「何でだろ」
別に、羨ましいわけではない。
あの二人を見ていると、無名の方がましだなと確信を持って言える。
でも、例えば、闘技の時。
シード権も特にない時。
出場すると、歓声は愚か、対戦相手も徹虎の事を知らない事の方が多い。
前回優勝者でも、だ。
名前覚えろよ、顔、覚えろよ。とか、そんな文句はないけども。
上位ランカーとレン様ファンクラブの人間ぐらいだ。徹虎が前に出て怯えてくれるのは。
久々に町に降りて、歩き回って。
かのんの事を思い出してしまったからこそ、こんなどうでもいい事を考えてしまうのだと、徹虎はため息を吐く。
あれほど、自意識過剰ならば人生楽しいだろう。
そこそこ実力があっても、何かあっても、見て貰えない方の人間が多いと言うのに。
「私の周りにはいなかったタイプだなぁ……」
かのんを見た時。自分に向かって吠えていた姿を見た時。
こいつ、私がサイレンだったら同じことをするのかよ。と、少しばかり思ったりした。
無名だからこそ、舐められる。
認知がないからこそ、実力を分かってもらえない。その程度の奴らしかいないのかと、呆れてものも言えない。
サイレンと村正をまぐれで倒せるだなんて、冗談じゃない。手を抜かれれば嫌でも分かる。
それぐらい、徹虎は真剣に二人の戦い方を何百、何千と見て来た。
どれ程、ぼろ雑巾の様に負けても、次は勝つと、自分一人で立ち上がり、向かって行った。
ハンデがあろうか、なかろうか。勝つためには何をして、何か必要か。
一人ストイックに向かって行った。
でも、そんな事実、誰も知らない。
いや、語弊がある。彼女は、こんな事を知られたいとも思っていない。
努力なんてものは、空気と一緒だ。
目には見えない。だけど、生きて行くために、呼吸をする為には、必要不可欠なものである。
例えば、空気を必要としない人がいて、必死でこちらが空気がないから呼吸が出来ない、死んでしまうっ!
そう、叫んだところで理解をしてもらえるだろうか? 目には見えない空気を、どう伝えたいのか。
努力なんて、そんなものだ。人に理解してもらう為にするんじゃない。自分が生きるために、自分が必要だと思うからするものである。
誰かが言う。女だから、手加減をされているのではないか。
誰かが言う。勝てたのはまぐれだろう。
誰かが言う。強いのは、武器とレベルであってお前じゃない。
だから、彼女は笑う。
――じゃあ、私を倒してみなさいよ。底辺野郎共。
心無い言葉ばかりが彼女に投げつけられるが、彼女はそれに屈する心を持ち合わせていないのだ。
いや。心だけではない。
屈する程弱い力なんて、持ち合わせている訳がない。
舐めたれば、好きに舐めろよ。お前が次に舐めるのは地面だけどな。
自分の強さにも自信がある。築き上げて来た、努力の賜物を、彼女自身が一番理解しているからだ。
だから、かのんの様な子を見た時、少しばかり好奇心が動いた。
あれだけ、弱いのにオリオンのギルドルームに単身乗り込むタフさ加減。
目的を果たす強い心。
弱い自分に、胸を張る虚構に隠れた、自分を信じる力。
サイレンだったら同じ事を言う? でも、村正には強気。あの、村正に。
団内以外で、村正と私が同じ扱いを受けるだなんてと、徹虎は目を細めた。
ちょっとばかり、面白い人材ではないだろうか。
強くなるために、必要なものをこんな弱い、しかも自分と同じ性別の女の子が持っているだなんて。
「姫ちゃんねぇ……」
氷の月を揃えられる頃には、随分と強くなってる事だろう。
オリオンに入る理由すら、なくなっているかもしれない。
でも、本当にこの子が強くなるなら、私は見てみたいと、徹虎はあの時喉を鳴らした。
性格は、多分駄目な奴だと思う。
甘やかされて、それが当たり前になってしまった奴に、碌な奴はいない。
当たり前だ。
払う金額が十円だったとして、買った商品が本来ならば二千円だったとしよう。
何回も何回も、それが当たり前になるぐらい繰り返していたとしたら、ある日突然その商品の本来の値段を要求されても、二千円払えるわけがない。
性格なんて、そんなものだ。
自分は二千円出しても当たり前だと思っているいるのに、十円出すのが普通だと思う奴と合う訳がない。
それを総称して、『禄な奴ではない』と言うのだ。
そして、きっと、徹虎自身も誰かの『禄な奴ではない』のだろう。
「はぁ……」
ゆっくり流れる川のCGを見ながら、徹虎は一人宛てのないため息を吐く。
せめて、人を探しているのならば、川ではなく人垣を見るべきなのは分かっているが、一人でいると、あのサイレンの浴びていた歓声を思い出してしまう。
羨ましくもない。
妬ましくもない。
だけど、少しだけ、憎いのだ。
あれだけ、歓声を貰っていたらそれはそうだと、笑いたくもなるだろう。
あの男が、彼女を……。
「あ、徹虎さんっ!」
徹虎は名前を呼ばれ、弾かれた様に川から顔を上げる。
「あ、ポチ……」
端の向こうには、ポチがいる。
徹虎はポチに声を掛けられているのであった。
「こんな所でどうしたんですかっ!?」
「あ、うん。ポチ探してて……」
「マジっすか!? 俺じゃないですかっ! ダンジョンのお手伝いですかっ!?」
茶色のしっぽを一生懸命振りながら、ポチは徹虎の横に立つ。
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、書類整理ですかっ!? すんませんっ! 俺、今から女の子と約束あるんですよっ! また、暇だったら声かけて下さい」
「あ、そっか。うん」
「じゃ、徹虎さん。またっ!」
「うん、また……」
また?
手を振り返そうとした自分に、はっとする。
「って、ポチっ!?」
考え事の途中で、頭が上手く現実についてこれなかった徹虎は、大きな声を上げる。
そんな徹虎を見てか、ポチはピタリと足を止めて振り返り、太陽の様にな元気な笑顔で手を上げる。
「はいっ! 俺ですっ!」
いや、そうじゃなくて……。
「いや、違くて……」
「あ、そうですねっ! ポチはあだ名で、本当の名前は喜介っすねっ!」
いや、だから……。
徹虎は頭を抑えながら、よろよろとポチこと、喜介の傍に歩く。
「ど、どうしたんですかっ!? 大丈夫ですかっ!? あれすっか! 頭が頭痛で痛い奴ですかっ!?」
「頭痛で全部事足りるだろうがっ! 確保ーっ! ポチ、確保ーっ!!」
がっちりと、ポチを抱きしめながら徹虎が叫ぶ。
全く以って、自分の周りにはいないタイプの人間は、どれだけいると言うのか。
「頭が頭痛で痛いって言葉、初めて聞いたわ……」
実に、頭痛でなくても、頭が痛くなる言葉である。
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