16発め おかえり!
しばらく2人は、他愛ない話をして時間をつぶした。途中から司が温かいお茶を要れ、茶菓子も出した。お互い不安を抱えながらもそれをおくびにもださず、まさしく休日、友人とだべっているかのような穏やかな空気だった。
その中に、鍵を開ける音が忍び込む。
司ははっとした顔で立ち上がり、数歩の距離もじれったいとばかりにドアへ直進した。
「おかえり! 黎慈くん、おかえり!」
「……つかさくん、どうしたの?」
「ごめん、なんでもないんだ……怪我はなかった? ないよね、黎慈くんだもんね」
「うん……」
黎慈はいくらか戸惑っているようだった。無理もない。あの司が、営業スマイルを引っ被り続けていた司が、心から黎慈を案じ、帰りを喜んでいるのだから。
黒い瞳が宙を迷い、直をとらえた。
「すなおくん……来てたんだ」
「うん。ちょっと話してた。黎慈くん大丈夫そうで、俺も安心したよ。ところで……雅貴に会わなかった?」
「……まさきくん? なんで、ぼくに聞くの?」
「雅貴もあのあと緊急招集かかってさ、行っちゃったんだ。詰所で会ったりしてないかなと思って」
「……ない」
「そっか」
いくらか肩を落とす直。その内心を見通したかのように、黎慈がぼそりと言った。
「……まさきくんなら、きっと、大丈夫かも」
「そうかな」
「うん……」
歴戦の猛者(には見えないが)の励まし(なのだろうか)は全く根拠がなかったが、それでも直の姿勢を戻すには十分だった。そして、直の頭に素敵なアイデアを飛来させるにも。
「俺、やること思い出した! 出かけてくる」
言うなり直は、2人の横をすり抜けて出て行ってしまった。「お菓子ごちそうさま!」という元気な声だけおいて。
2人だけになって、改めて司は「無事でよかった」と声をかけた。黎慈の当惑はいや増すばかりで、今この時は「普通の人」に見えた。
「つかさくん、変かも……」
「そうかなあ。そんなことより、晩御飯どうしようか」
「……おかゆ、作ってほしい」
「任せて!」
笑顔でキッチンに向かう司を、黎慈は釈然としない気持ちで見送った。
***
雅貴の帰りはだいぶ遅くなった。それもこれも組んだ相手が悪かったせいだ。いつぞやの少女5人組などまだましな部類だ。たいした能力もないくせに、ちいっとばかし雅貴よりキャリアが長いというだけで、顎で使おうとしやがって。さすがに目の前で人死にを出すのは気分が悪いので、「仕事」はきっちりやってやったが。
また部屋に帰るなり、あの犬みたいな同居人が飛び掛かる勢いで出迎えてくるだろうとおもっていたが、雅貴の予想は外れた。いる気配はするのだが、出てこない。
怪訝に思って歩を進めると、直はキッチンにいた。
「雅貴! ごめん、いまいいとこでさあ……怪我ない? 無事?」
「オレ重装甲の後衛よ? 怪我なんてしないしない」
「良かった、心配してたんだよ! 遅いんだもん」
「組んだ奴マジあり得ないレベルで手際悪くてさあ。カップ麺の時の比じゃないわ。サイアクー。つかさー、いちいちそんなに心配してたら寿命縮むよ? 心配は自分の馬鹿さ加減だけにしときなって」
「相変わらずだなあ。……改めて、おかえり」
「……ただいま?」
「何で疑問形なんだよー。もうすぐ飯できるから、座って待ってて」
「お。ついにインスタント脱出かあ。お手並み拝見」
「期待すんなよ。たいしたもんじゃないから」
そういわれても、焼ける肉の匂いにはついつい期待してしまう。仕事帰りで腹が減っているのもある。
そわそわと待つことしばらく。
「お待ちどう」
「……ほんとに作ったんだ」
出てきたのは、まごうことなくハンバーガーであった。バンズ。レタス。トマト。スライスチーズに、かけすぎて垂れてしまっているケチャップベースのソース。そしてハンバーグ。このハンバーグを、たった今焼いていたらしい。
「さあ、食べた食べた」
「そんなに見つめられると食べずらいんだけど」
「じゃ、俺は自分のハンバーグ焼いてくるわ」
「ほんじゃ、いただきますか」
キッチンに戻っても、直は背中で雅貴を気にしていた。そりゃあ気になる。突然のひらめきに従って、慌てて材料を買い集め、約束のハンバーガーを作ってはみたが、どんな反応をするかわかったものではない。手をかけたから、焼きそばよりもいいリアクションを取ってほしいと思うのは、人の性。雅貴がハンバーグにかじりついている気配を感じながら、直はそわそわした。
無論それに気づかぬ雅貴ではない。あまりの駄々洩れっぷりに笑いをこらえつつ、その背中に、一声。
「美味いよ」
英雄たちの舞台裏 猫田芳仁 @CatYoshihito
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