15発め 正義の行方
それからどのくらい経っただろうか。
まだ壁に背を預けていた司は、インターホンの音に慄然とした。
黎慈。
帰ってきたのか。
そこではたと気付いた。黎慈は合い鍵を持っているはずだ。いつも勝手に中に入ってくる。自分の部屋なんだから当然だが。鍵をなくしたなどの理由を考える余裕は司にはなかった。インターホンを鳴らしたから黎慈ではないのだ、とわずかな時間で彼は確信した。
「開いてます」
生気の無い声で返事をする。小さい声だったが、司が根を下ろしているのは玄関のすぐそばだ。聞こえただろう。
「今、いいかな」
入ってきたのは、世界が終わったような顔をした直だった。底の抜けた明るさは見る影もない。
自分とどっこいどっこいの様相に、司の口から乾いた笑いが漏れた。
「どしたの、ひどい顔」
「そっちもね……雅貴のせいだろ、ごめんな」
「なんで直、謝るかな」
「なんとなく」
「で、その一陣さんは? 喧嘩した?」
「喧嘩……もしたかもしれないけど、雅貴、呼ばれた。緊急招集。そんで……雅貴も、消されるかも、って」
「は? なんで?」
「わかんないけど……黎慈くんを消したいんじゃないかなんて、言ったから……雅貴も、その、なんか」
「……映画の観すぎだね」
秘密を知ったもの、あるいは秘密に近づいたものが組織から消される。
フィクションでお決まりの筋書きをひねりもなく持ってきた直に、司は苦笑した。
「まるで、機関が悪の秘密結社みたいじゃない」
「……違うのかな?」
「……なんだって」
「黎慈くんを普通の身体じゃなくして、雅貴を無理やり連れてきて……戦わせて……。なあ司、小さいとき『電子超人サイクロン』観てた? あれに出てくる、『暗黒結社ジェノサイド』、怖かったよな。サイクロンの弟が、ジェノサイドに改造された回は泣いたよ……あの番組の秘密結社と、機関と、やってることは一緒じゃないか」
「違うだろ。機関は、みんなを守るために……」
「知ってる。わかってるよ。頭でわかってても、気持ちが納得できないんだよ……!」
直の叫びが、司にはまぶしい。
司はもうとっくに諦めているのだ。多くの幸せのために、理不尽な辛酸をなめる人間がいることを。そして自分が後者から抜け出せないことを。
彼の感情をぶつけられることで、反対に司の混乱は少し、静まりつつあった。
「直」
「……なんだよ」
「中、入れば」
司はゆっくりと立ち上がって、電気を点けた。
***
とりあえず直を座らせ落ち着かせ、お茶を入れる元気まではなかった司は冷蔵庫にあったミネラルウォーターを2つのコップに注いだ。
「……ごめん。かっとなった」
「いいよ。俺だって初対面ひどかったでしょ」
そういえば、2人が知り合ってからまだ数日しかたっていないのだ。直に「望みは捨てろ」と言ってから、もう長いときが過ぎている気がした。
「機関のことはいったんおいておこうよ。一陣さんは優秀だし、ちゃんと帰ってくるさ。落ち込んでるのは、直に似合わないって」
「……うん。黎慈くんも、怪我しないで帰ってくるといいな」
司は返答に困った。
あの矛盾が、胸の内で再び膨れ上がる。
しかし。
「……うん」
それでも司は、頷いた。
黎慈の帰還を望まない気持ちは確としてある。
だが、彼の帰りを望む心もまた本物だ。
どちらも否定することはできないけれど、今は前向きなほうを選ぼう。どうせ待つしか、自分にできることはないのだから。
「直、もうちょっといてくれるかな」
「うん」
いつもの顔で直が頷く。いつもの、なんてすでに思ってしまうことが、どこか、おかしい。
司自身も、「いつもの」司に戻りつつあった。しかし、すっかり元通りではない。
今の司なら黎慈に、作り物ではない顔で「おかえり」を言えそうだった。
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