14発め ほんとの願い

 電気もつけず暗い部屋で、司は背中を壁に預けてへたり込んでいた。目を伏せているので、眠っているようにも見えるだろう。だが彼の内心は、千々に乱れていた。

 原因は無論、雅貴だ。彼の「機関は黎慈を死なせたいのかも」という言葉が、司の胸を息もできないほど締め上げているのだ。

 

 それ自体は、あり得ない話ではないと司は思う。

 ライブ会場での事件は黎慈が明確にボーカル1人を狙ったから、被害者が1人で済んだのだ。もし無差別に、人の多い場所で黎慈が暴れ出したらどうなるだろう。その辺の一般人でも、鉄パイプでも持って遮二無二暴れたらそれなりの被害を出せるはずだ。ましてや日々戦場に立っている黎慈である。いつもは無気力に見えても、それが本性だとは限らない。想像するのもおぞましい。

 もう1つ、司には心配があった。雅貴の言葉を受ける前から、何度となく悩んだ心配事である。

 

 仮に黎慈がまた暴力衝動に駆られたとしよう。

 その場合、最も死にそうなのは誰か?

 他ならぬ司自身だ。

 

 黎慈と一緒にいる時間は司が一番多いのである。日によっては24時間べったりなのだ。単純な確率で考えれば、司が襲われる可能性が一番高い。

 司が危機感を持つ要素はまだある。

 以前黎慈に「なぜ自分がいいのか」と直接聞いてみたことがある。黎慈はだいぶ考えていたが「彼にちょっと似てる」と、あろうことか例のボーカルの名前を挙げたのである。つまり司は黎慈が殺し損なった男に似ており、それ故に黎慈は司の傍にいると言うことである。

 司は聞いたことを後悔した。

 

 つまり、司は黎慈のパートナーになってから、常に死の恐怖に怯えて暮らしてきたのである。その日々を思い返して、司は、至ってはいけない考えに至った。

 

 黎慈が死ねば、自分は解放される。

 

 当分黎慈はパートナーを司から変えようとしないだろう。機関も黎慈の機嫌を取るために司を据え置くだろう。それはこれからずっと、司が黎慈という爆弾を抱え続けることを意味する。

 だが、黎慈が死んでしまったらどうだろう。

 戦死あるいは不慮の事故なら司に責任はない。むしろ深く関わった相手が死んだことで周囲から同情を買えるかもしれない。

 

 司の思考は、黎慈の死を望む方向へ急速に傾いていった。黎慈がこのまま帰ってこなかったら、死体が見つからなくても行方不明になってしまったら、と司の夢想はとどまるところを知らなかった。黎慈の無残な死に様もありありと想像できた。

 だが司は恐怖も感じていた。自分に対する恐怖だ。かつてここまで誰かの死を望んだことなどあっただろうか。勿論ちょっと腹立たしい程度の相手に「死ね」と思ったことはある。あるが、本当に死んで欲しいと願ったことはきっとない。歪んだ形でこそあれとても近しい相手の死を、心の底から熱望している自分自身を司は恐れた。

 

 心細かった。

 

 1人の部屋がこれほど寒いのは初めてだ。学生時代は1人暮らしをしていたが別になんとも思わなかった。今は黎慈が出て行って1人になるとほっとするほどだ。

 なのに、寂しい。切ない。つらい。

 誰でもいいからすがりたいと思ったのは就職活動以来だろうか。あのときと違うのは、司がもう立ち上がることすらおっくうだというところか。誰かがここまでやってきて、手を差し伸べてくれないものだろうか。

 

 因果なことに、彼が真っ先に思い浮かべた「手を差し伸べてくれる人」は、黎慈その人だった。

 黎慈が今ここに帰ってきたら、あの何を考えているのかわからない顔で、へたり込んだ司をのぞき込み、「どうしたの」と小声で聞いてくれそうな気がした。黎慈に、早く帰ってきて欲しい気がした。

 

 しかし帰ってきて欲しくない――もっと言えば死んでしまって欲しい気持ちも、依然として残っている。司はどちらが自分の本心なのか、まだわかりかねていた。

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