第4話『肖像画』
「どんな絵をプレゼントしてくれんですか?」
芝生にあぐらをかいて悩むアキラの横に、スミカはゆっくりと腰を下ろした。
「そうだなぁ。今までは心に残った一瞬を描いたり、頼まれて描いたりとかが多かったからなぁ。お礼ってことで書くなら、スミカが気に入った風景や、スミカが似合う絵を描きたいなぁ」
まるではしゃぐ少年のように、アキラの口は滑らかに言葉を紡ぎながら、手に持ったスケッチブックをスミカに渡した。
「ここ最近のやつ。なんか気に入ったものがあれば」
スミカはスケッチブックを一枚一枚めくる。
そこには鉛筆によっって肖像画や風景画が丁寧に描かれていた。
一枚めくる、するとそこには公園で遊ぶ子供たちが描かれていた。絵の中で動き回るかのように楽しそうにボールで遊んでいる。
一枚めくる、電信柱にとまる小さな鳥。鉛筆によって濃淡が表されており、白黒なのになぜか色が浮かび上がってくる。
スミカはひとつひとつの絵を自分のアルバムのように楽しみながら眺める。
「どれも……とても素敵です」
素直な感想だった。一枚一枚ひとつひとつが時間をかけ、大切に描かれているのだと気づいたから。ごくごく普通の風景、ありふれた日常の一瞬に、長い時間をかけて鉛筆を握る。この絵が彼にとって宝物であることを察した。そして――ひたむきに紙と鉛筆に向き合うアキラに対して、スミカは素敵なのだと思った。
「はは、嬉しいけどこそばゆいな。普段、人に絵なんか見せないから」
アキラは照れくさそうに顔を赤く染める。
スミカは出来る限り丁寧に、また一枚スケッチブックをめくる。
そこに――もっとも心を揺さぶる絵が書いてあった。
それは、アキラの肖像画であった。どこかの部屋の一室だろうか、椅子に座り、机に肘をつきながら、アキラが不機嫌とも照れ隠しとも見える表情をしている。背景はとても繊細で、最も時間をかけ作り出された空間だということが分かる。それに対し――アキラ自身の顔、身体は少しタッチが変わっているようだ。先ほどまで目を通していた絵柄と違い、こちらは少し色濃く描かれている。
おそらく、背景はアキラが、肖像画は別の人が書いたものなのだろう。
だた――もっとも時間をかけ、もっとも大切にされながら描いたのだと、スミカには分かった。
「わたし、これがいいです」
気に入ったその絵を、スミカはスケッチブックを広げアキラの目の前に広げる。
アキラは肖像画と同じように複雑な顔をしながら、
「それかぁ……。それはかなり大切なものだから同じものってなると難しいよ」
「それでもいいです。わたし、これが気に入りました」
困った表情を浮かべるアキラに対し、スミカは鼻息を荒くしながらじりじりと近づいていく。確かにその絵はアキラがもっとも時間をかけたものだった。見る目があるなぁ、と少し感心する。
「時間かかるよ?」
「待ちます。ずっと」
柔らかい表情とはうらはらに、スミカの決意はかたい。
「ちかいちかい……。わかったよ。おいしいおにぎりのお礼だしね。同じとは言わないけど、近しいものを描く。けど」
凝り性だからものすごく時間かかるかもよ、と付け加えた。
それでもいいと、スミカは強く頷く。
「よし、じゃあ最高の絵を描くために、最高のロケーション探しにいこう!」
力を取り戻したアキラは勢いよく立ち上がり、スミカの手を取る。
二人は出会い、二人は歩き出した。
『神の怠慢』 あおかばん @Mizoxx
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