第4話

 放課後の教室で、猫耳美少年がいたら、普通どのような反応を返すべきだろうか。漫画の世界ではよくある出来事だろうが、私が生きているのは現実の世界。自分で思うよりも、冷静な対応をしてしまった。


「何してたの?」

「え、あ、それは、ちょっとこの耳をしまおうと思って」


 黒北君は、猫耳を、しきりに気にしながら言った。ぴょこぴょこ、ぴょこぴょこ。そんな音が聞こえてきそうだった。


「間戸さん。後ろのドアを閉めてくれる?」


 私は彼に言われた通り、後ろのドアを閉め、それから、彼の近くにある椅子に腰かけた。彼も、私の前にある椅子に座った。


「間戸さんに見られちゃうなんてなぁ…。うっかりしてたよ」

「出し入れ自由なの?」

「うん。でも動揺すると、こうやって飛び出ちゃうんだ」


 猫のしっぽも、視界の中で揺れている。


「へえ…黒北君、猫人間?」

「猫人間……はは、間戸さんは面白いことを言うねえ」

「そうかなぁ……」


 彼の姿を見るに、そう思っても間違いはないと思えた。


「僕はね、ネビトと人間のハーフなんだ」

「ネビト?」

「うん」


 黒北君が笑顔でうなづく。


「ネビトは人類よりも昔の時代にあらわれ、子孫を増やしながら、様々な場所で生きていたんだ。最初は、よくいる猫そのままが立ち上がって会話やらなんやらをしたり、狩りをして生きていた。人間と出会ってからは、あまり変わりない姿を取ろうと進化もしてきたみたい」


「ネビトの父と人間の母の間に生まれたのが僕。ハーフのことは『ビレール』って呼ばれるね」


 ファンタジーな説明だった。猫人間ではなく、ネビト。


「明治時代あたりだとネビトも少しずつ、人間の前に出てきたけど、やっぱり、異質さを感じたみたいで、大変な目に遭ったみたい」

「黒北君のほかにビレールっているの?」


「この町内だと、僕以外に見たことはないかなぁ。みんな、やすやすと、これを見せないしね」と、黒北君は、自身の猫耳を指さした。

「いきなり耳が出ちゃって困ったから、カーテンの中にいたんだよ。そんな理由かな」

「へえ……」

「誰かが教室に来るなんて思ってもみなかったし」


 彼の言葉通り、放課後の教室に残る者はほとんどいない。たまに日直日誌を書き終えない人が残る程度だ。


「間戸さん、お願いがある」


 黒北君が、真剣な顔つきで、私を見つめてきた。


「間戸さんにお願いしたいんだけど、みんなには内緒にしてほしい。僕がビレールだってことは、家族以外だと親しい友人以外に伝えたことがないんだ。ネビトは僕みたいに静かに暮らしたい人が多いから、世間を騒がせたくない」

「当たり前じゃん。こんなこと知られちゃったら、黒北君の身が危ないでしょ。家族にも、誰にも言わないって約束する…わわっ!」


「間戸さん、ありがとう!!」


 言葉を言い切るよりも前に、黒北君が、がっしりと握手をしてきた。ささくれが全く一つもない手で、女子と見間違うような手だ。


 一通り、降って満足したらしく、「はあああ。間戸さんがそう言ってくれて良かったよぉ。安心した」と言って、目を数秒つむった。その瞬間、猫耳としっぽは消え、普段の黒北君の姿になった。


「もしやばそうだったら、間戸さんの前で猫耳出すことあるから。よろしくね。また明日」

「あ、うん。また明日」


 黒北君は、鞄を肩にかけ、過去最高の笑顔で教室から出て行った。


 ≪ピコン!≫

「あ、」


 RIMEの新着メッセージを知らせる音があり、開くと、数十件届いていた。ほとんどが公式RIMEばかりだが、一つだけ見慣れぬ名前が目に入った。


「K、U、R…え!?」送り主は、先ほどの彼で、このように書かれてあった。


『黒北です。(微笑む絵文字)

 さっきはファンタジーな説明を聞かせちゃってごめんね。正直、頭が混乱すると思うけど普通に対応してくれると助かります(お願いする絵文字×3、汗の絵文字)

 あと、間戸さんといる時は耳を出した状態でもいいかな』


 初めて、彼から送られてきたメッセージだ。とても几帳面だと思わせられる、文体だった。



「……帰るか」


返信は、家に帰ってからじっくり考えよう。既読代わりに、ペンギンのスタンプを送っておく。


いつの間にか、教室には、夕焼けの光が入り込む時間になっていた。

しかし、黒北君。最後の文がなにやら気になるんですが。








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黒北君の秘密 一茶狩ヤイロ @minminmeeeen

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