第3話

「デカフェコーヒーホイップチーノのLサイズと、チョコレートシロップ、チョコチップ、ホイップ多めのキャラメルチョコレートデカフェコーヒーホイップチーノのLサイズをお待ちのお客様ー」

「あ、私です」

「こちらでお間違えありませんか?」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみください」


 商品を受け取って、店内の席に戻っていく。この時間帯はビジネスマンが多く、店内のあちこちでモバイルパソコンを開いている人の姿が多かった。


「持ってきたよ~」

「お帰り。デカフェチーノどっち?」

「これ」


 私が右手に持っていたのは、純ちゃんに頼まれていたデカフェコーヒーホイップチーノのLサイズ。私はカスタマイズをお願いした方を購入した。少し前から気になっていたやり方だ。


 ホイップがモリモリと山のように盛り付けられていて入道雲みたいな形。チョコレートソースとチョコチップもこれでもかと言わんばかりにかけられ、滝のように流れている。

 カロリーがとんでもなく恐ろしいことになっていそうだが、これを飲むと決めていたのだ。

 そこには目をつむって知らないふりをしておく。


 …スクワットと半身浴の回数増やせば問題ない!!!摂取したカロリーを消費しちゃえば良い!!


「おお。コーヒーの味がする」

「デカフェっておしゃれな響きだよね」

「最初聞いた時、でかいカフェをちょっと縮めた言葉かと思った」

「それ~カスタマイズしたやつめっちゃ美味くて最高すぎる。インスタ映えするわ」

「私も撮るかな」


 飲む前に一度カメラアプリを起動して、記念に撮っておく。インスタ映えと言ったものだが、実際は上げる頻度が少なく、ただの食事記録として撮影するだけだ。


「理穂が飲んでるやつ絶対甘そう……」

「飲んでみる?」

「じゃあちょっとだけ」


 純ちゃんが、自分のストローを抜き、きれいに拭いて、私のチーノに口をつけた。その瞬間、純ちゃんの顔が鳩に豆鉄砲を食らったような表情になり、そして、一言ポツリと言った。

「カロリーの暴力……」

「カスタマイズした甲斐があったよ! 」


 わたしがにんまりと笑うと、「これ絶対デブる。最高にうまいけどデブる」と、純ちゃんがもう一口飲んだ。


 私も純ちゃんも、スタパよりドールコーヒー派なのであまり来ることが少ないスタパだが、今回の新作が気になり訪れたのだ。来て正解だった。


 話変わるけどさ、と純ちゃんがチーノを机に置いて言った。

「古典のノート貸してくれない?明日のテスト忘れてて……」

「今持ってるから、写真撮れば?」

「ホント?!ありがた感謝~」


 手をこすり合わせて私に拝んでいる姿は少しおかしくて、笑いつつ、鞄に顔を向ける。確か、ファイルの前にあったはずだが、見当たらない。


「あれ…?」

「どうした」

「持って帰り忘れたっぽい」

「あー…そっか。じゃあ明日借りるよ」

「もっかい学校行って持ってくるからいいや」

「そこまでしなくていいよ!!理穂が大変じゃん」

 と純ちゃんが慌てるように言ったが、そういう訳にもいかないのだ。


「いや、私も明日古典の小テストあるんだよ。あのノートがないと最悪補習を受けるかもしれなくなるから」

「ああ~。石間さんのテスト」


 あの脅し文句はどのクラスにも言っているらしく、A組の純ちゃんにもすぐピンと来たような顔をしていた。私自身、今回の古典には命もかけようと思うくらい真剣に勉強しているので、ノートがないとやばいのだ。教科書は持ち帰っていたが、絶対に8割以上取れない。


「私、ここで待つし、理穂はノート取ってきたら?」

「いいよ。RINEでノートの写真送るから大丈夫。遅くなっちゃうし先帰ってて」

「そう?」

「うん。純ちゃんのクラスって、明日の1時間目がテストでしょ?遅刻したらヤバいじゃん」

「理穂がそう言うんだったら先に帰らせてもらうわ」

「そうして」

「じゃあ、また」

「うん。またね」



 スタパを出て、お互いに手を振って別れた。純ちゃんは電車を使って学校に来ているので、駅方面に。もちろん、私は学校の方に向かった。







 学校からスタパはやや遠く、20分ほどかかってしまった。校門を入り、教室に駆け足で向かう。扉を開けると誰もおらず、私だけがいた。そのまま、自分の席まで行き、ノートが入っていないか確認する。


 ノートがない。次にロッカーを確認する。あった。しっかり表紙に【5年B組 間戸 理穂 古典ノート No.2】と書いてある。自分のノートだ。スクール鞄にしっかりとしまい、確認して教室を出ようと思った。しかし、なにか不可思議なものが、私は感じ取った。違和感を感じるところがないか、視線を彷徨わせる。


 すると、窓の近くにあるカーテンが不自然に動いているのが分かった。うちの学校のルールとして、掃除当番になった場合、必ず終わる時に窓を閉めることになっている。誰かが残って勉強した後に、窓を閉め忘れたのだろうか。もしそうならば、一応鍵をかけておこう。


 私が、カーテンに近づくと、慌てるようにゆらゆらと大きくしなり始めた。

 いよいよ怪しい。猫か小鳥かカラスが入ったのか。どちらにしても、教室から追い出したいので、思いきり左手で開けてみた。


 そこにいたのは黒い猫の少年がいた。


「何だ、猫耳の少年かぁ…?え、猫、耳…?」


 自分の言葉がバグったのか。猫耳の少年とか何言ってるんだ。もう一度恐る恐る少年を見やる。少年はカーテンを開けられて驚きすぎたらしく、固まっていて何も言葉を発さない。


 既視感のある顔立ちの少年だった。青みがかった黒髪、陶器のような白さの肌。それと付け足されているのは、頭にしっかりとついている猫のような耳。猫耳以外を見たら、隣の席の黒北君にそっくりだった。私服を着ておらず、うちの学校の制服を着ている。


 ゆっくりと、私は目の前の猫耳少年…黒北君(仮)に声をかけた。


「……あの」

「ふぁ、はい!!」


 黒北君(仮)は声を発した。私が話しかけたことで頭の回路が回ったように見えた。


「黒北君…だよね?猫耳があるけど」

「…うん。黒北叶だよ」


 間戸さん。桜色の唇がゆっくりとそう続けた。

 黒北君(仮)は本当に黒北君だった。



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