第2話
純ちゃんとは、去年同じクラスになり、出席番号が近かった影響で親しくなった。新しいクラスでも、いろいろ友人ができているが、私が別のクラスになっても仲良くしてくれるのが嬉しい。
「黒北君が隣で、どうよ」
「どうって…顔がいいなーと思う」
「ち!!が!!う!!それ!!じゃ!!ないん!!だ…ッッ!!私が聞きたいことはッ!!」
と、純ちゃんは私に指を差した。箸はちゃっかり、弁当の蓋の上に置かれている。
「あんたにも春が来たのかと期待してたの!!あの黒北叶の隣の席になった人が目の前にいるんだからラブの一つか二つでも聞けるかと思ったんだよぉ~」
「純ちゃん…。私、ただ隣の席なだけだよ?」
ラブって言い方が古くさい。私は、純ちゃんに呆れるような、猫のような目つきで見つめ返す。
確かに、彼はどえらいレベルの男子高校生だ。一目ぼれする人達が後を絶たないのも仕方ない。私だって、恋愛は人並みに経験しているが黒北君にその気持ちを抱くことは限りなく低いと言って構わない。イケメンすぎて、絵画を目の前にした一般人みたいな気持ちに近い。
「ここでかっこよすぎて死にそう〜とか、好きになっちゃいそう〜とか言ってたら面白いのに」
「彼みたいな人は長良先輩みたいな人がいいんだよ」
「…ああ、長良先輩ね」
私が長良先輩について話題にすれば、納得した。長良先輩と言うのは、私たちの1つ上の学年にいる人で、簡単に言えば黒北君の女の子バージョン。彼女も、黒北君と同じくどえらい美形なのだ。長良先輩と黒北君がカップルだったら、その辺にいるカップルはすぐに蜘蛛の子を散らして逃げるに違いない。
「それより、純ちゃん」
「何よ」
「スタパの新作飲むから付き合って」
「いいよ!!」
純ちゃんがいい笑顔で答えた。スタパ強し。
恋バナは楽しいけど、花の女子高生の話題をかっさらうのは人気カフェチェーンの方が早い。
そのままスマホ片手に新作のことやインスタで話題になっている場所にシフトチェンジした。そして、授業が始まる直前に教室に戻ってくると、お弁当の色々混ざりあったにおいがしたので、窓を全開にしておいた。
誰も窓開けないからつらいんだよな…。何で気にしないんだろう。
5時間目、6時間目と流れていき、やっとホームルームの時間だ。にんまりと心の中でほくそ笑む。スタパの新作が楽しみすぎる。
前の人から保護者向けのプリント数枚と学年便りが流れてきた。
目を通してみると、学年便りに、『不審者に注意』と書いている。春になると変態が出てくるが、夏にも変態って出るのか…?プリントが、一番後ろまで届いたのが確認できると、担任の田中かづ先生が口を開いた。
「ここ数週間ほど学校の近くや歩道で変な人が出ているみたいだから気を付けて帰ってね」
「先生!!変な人ってどんな感じー?」
「それが周りをキョロキョロしていたり、袋をがさごそ漁っているって報告されたの」
「うわ…」
不審者というよりカラスみたいな人だな。その変な人。
「見かけた人によると、耳がいくつもあったり腕がいくつもあるって噂らしいよ」
「えー!!それおばけじゃーん」
と、前の方に座っている子が言った。
周りの子も「夕方なのに幽霊とか出るんだね」「絶対嘘。先生たちが脅かしてるだけだよ、きっと」「怪異!!烏人間!!……ダメだ、続きが思い浮かばない」「都市伝説的なやつ?」と口々に話題する。
ざわざわ。次第にうるさくなる教室に、先生が手を叩いて制止した。
「はいはい、騒がない。とりあえず不審な人物を見つけたら、先生たちか学校に連絡すること。あと、次の連絡は定期テストと体育祭についてだからしっかり聞いてね!」
そのあとの連絡も大事なことらしいが、話半分で耳に通す。あ、古典の定期テストだけ真剣に聞くけど。それ以外は頬ずえをついて聞いていた。
変質者かぁ……。隣の黒北君みたいな人が出くわしたら絶対トラウマものだよなぁ。ふと彼を一瞥すると、血の気の引いた顔をしていた。唇はわなつき、ただでさえ白い肌は一層白くなっている。
「ねえ、顔色悪いよ」
と、私が声をかけた。
「え、あ…だ、大丈夫」
と返された。しかし顔色からして、大丈夫そうに見えない。
体調でも悪いのかな?
「もう少しでホームルーム終わるけど、保健室行ったら?」
「ううん、平気。軽い貧血になったみたいで」
と、黒北君は弱弱しく笑った。本人がそう言うのなら、他人である私は何も言うべきではない。
「それじゃあここらでホームルームを終わります。掃除当番の人はちゃんと掃除するんだよ」
先生の言葉を皮切りに、皆が立ち上がって、椅子を載せている。ホームルームが終わったのを知らなかったので、慌てて私も立ち上がり、すねをぶつけた。痛い。
痺れるすねを撫でていると、黒北君が「間戸さん、大丈夫?」と聞いてきた。黒北君の方が体調悪そうなのに気遣われてしまった。申し訳ない。
「ううん。間戸さんのぶつけ方が思い切りがありすぎだね」
「あれ、声に出てた?」
「うん」
「まじか」
黒北君は笑顔らしい笑顔を見せた。貧血だと言った顔は既に血色を取り戻している。
「気をつけてね、また明日」
「うん、また明日」
持ち帰る予定の教科書をしまい込み、黒北君に挨拶してから教室を出た。掃除当番として当たらなかったのがラッキーだ。
1階の玄関を出て、その前で待機する。玄関を出れば、スマホを自由に使って構わないため、村を作る系のソシャゲを起動して、時間を潰す。
20分経って、純ちゃんの姿が見えた。純ちゃんがこちらに駆け足でやってくる。
「B組めっちゃ早ーい!!うちんとこ、なんか不審者の話が長くてグダった」
「やっぱその話聞かされたんだ」
「学校としては被害者とか出したくないんじゃない?夏近いのに変質者とか勘弁」
これ以上ストレス溜めたくない!!とボヤく彼女に同調し、お目当てのお店までワクワクしながら向かった。
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