<15>
「ねえ輝銀」
翡翠は口をつけたお茶のカップを皿に置きながら、テーブルを挟んで向かいにいる輝銀に、やや苦い顔を向けて言った。
「リシアの課題って、ほんとなの」
ここは雷鳴の教務室だ。専修科で翡翠の所属する技法科とは、敷地が離れているし校舎も全く違う。この部屋の一応の主である雷鳴は、開け放した窓の傍で煙草を吸いながら、彼らの方を眺めていた。
「生徒のことは職務上、口外できないからなあ」
そう言って輝銀は肩を竦めて悪戯っぽく笑う。
けれど翡翠はそれにつられたりしなかった。
「おれには聞く権利あると思うけど」
生徒と教員が休日のティータイムに同席しているのはあまり人聞きの良いことではないが、立派な理由があった。輝銀は雷鳴の監査役で、月に一度報告書を書いて提出しなければならない。そして重傷の身体で密入国した雷鳴を介抱した翡翠は、特別にその補佐役に任命されているのだ。
短くなった煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、雷鳴がテーブルに近づく。そして翡翠の隣に座った。輝銀は不敵な笑みを崩さずに、
「本人から聞いたほうが良いんじゃないか。俺だったら聞きたくないけど」と言った。
翡翠はわざとらしく溜め息を吐く。
「どの程度、予想してたの?」
「全部じゃないぞ。でも期末課題に、本人以外の気持ちひとつで成績が大きく変わる課題なんて、あるわけないからな。リシアを見てたら、課題の彼女が好きだって騒いでるのは翡翠だってわかった。それでなんとなく。リシアの思い通りには行かないだろうなって」
「あーあ」翡翠は今度こそ溜め息を吐いた。
そして左脇に目を遣る。雷鳴と目が合うと、彼がにやりと笑う。翡翠が苦い顔をして輝銀に目を向けると、彼は笑いを押し殺して、
「でも、リシアにはぴったりの課題だと思ったよ」と、言った。
「おれは貧乏くじだよ」
「そうでもないだろ、いいことをしたじゃないか」
雷鳴が横から言った。
「これだけ当て付け役で活躍したんだから、その分おれの成績を上乗せしてほしいくらいだよ」
「生憎、俺は翡翠の担当じゃないからな」
「俺なんか、専門すら違う」
輝銀が肩を竦め、雷鳴がからかうように言った。立て続けのふたりの言葉に翡翠が憮然とした時、テーブルに置いていた翡翠の端末が震える。
画面を見て翡翠は、
「ごめん、リシアだ」と、言って端末を取り上げると、アイコンに触れた。
画面に表示されたメッセージを眺めて、翡翠は思わず頬を緩める。
「どうした」
雷鳴が横から画面を覗き込む。
「ちょっと先だけど試験が終わったら、王立博物館で始まる鳥の剥製展に一緒に行かないかって。もちろん鈴蘭も一緒に。でも、この誘いに乗るのって野暮だよね。誘わないで欲しいよ」
翡翠は顔を上げて、雷鳴と輝銀に順に目を向けた。
「だけどこの展示、架空の鳥の剥製がメインで、おれも行きたいんだよね。全然興味ないだろうけど、遠雷も一緒に行く? 輝銀も来たかったら来てもいいよ」
「校外で生徒と会うのは、原則的に禁止だからなあ」
輝銀の言葉に、翡翠が笑って肩を竦める。
「その頃には卒業してるよ。生徒なのは鈴蘭ちゃんだけ」
輝銀と雷鳴は顔を見合わせ、
「それもそうだな」と、言って笑った。
<了>
◆恋の課題と3つ目の指輪 挿絵 @fairgroundbee
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