第126話 必要なのは……



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





「その呪わしき瞳に、歪なまでの肉体変容……」


 姿を現した老人は、およそ人間の範疇からかけ離れてしまったオーネストを値踏みするように片眼鏡モノクルの奥にある眼を光らせる。


「何をどうすれば、そこまでの深い『転化』を人の身に起こせる? まかり間違っても、エサとしか見ていない“人”に対し、やつらが『黒の恩寵』を施すとも思えん。それだけはな。ならば、可能性があるのは古の大いなる『儀式魔術』――」

「そんなことを気にしてどうする」


 何やらグチグチと口にし始める老人を、


「ここでくたばるヤツが聞いても仕方のないこと」


 そうオーネストが邪険に遮ってやれば。


「そこは“先行く者への土産話”とでも思っていただければ」


 白い女のとんでもない裏切り攻撃フレンドリ・ファイアがぶちかまされ、


「ワシが旅立つ・・・の前提?!」


 がっふんと自分を指差し目をむく老人。

 なのに彼女は「別に驚くほどでも」と涼しげに。


「センセイは遅かれ速かれ旅立ちますから」

「いや、そうかもしれんけど!」


 間違ってはいないけれども、それにしたってさあと、老人はこれでもかと非難たっぷりにジト目を向ける。

 そんな茶番劇を見せられたオーネストは冷めきった表情で聞き流し、構ってなどいられんと。


「貴様らのことは報告になかったが、どこのどいつでもいい。いずれにせよ……」


 そう不穏すぎる含みをもたせたところで、




「この場に居合わせたことを、不運と思え」




 強引に締めくくって一歩踏み出し、全力で硬い地面に足を叩きつけた。そのまま勢い止めず土砂を抉りとる感じでひと息に振りぬく。




 ――――ゾッ!!!!




 当たれば骨まで砕けるほどの高速弾となった土砂の塊が、ほどよくバラケて殺傷範囲を広げながら老人に襲い掛かる。


「ヒョ?!」


 頓狂な声を上げた老人は、軽く身をズラしてヒット範囲を半減させつつ、残り半分のジャリ玉に対して掌印の術式を切っていた。

 練熟の術士だけが為せる魔術の高速発動。

 懐にポポポと浮かび上がる魔力光の数は、月ノ丞とやりあった時の実に四倍――二十を超える蒼光の矢が、迫り来るジャリ玉を一瞬で吹き飛ばし、勢いそのままオーネストに対し逆襲する。

 その時には、オーネストは白い女に向けて駆けだしたあと。一手遅い――はずであった。


「!」


 すぐにステップを刻んだのは、流星のような群体となった魔術矢の飛翔角度がこちらに合わせて変化したため。

 いや、躱してもまだ。

 ならばもう一手ワン・フェイク――ダメだ。


(誘導か――!)


 回避不可と理解した瞬間、『魔狼眼』を発動。

 自分だけが時空帯タイムベルトの異なる世界で、オーネストは時間稼ぎに全力の跳躍で矢雨と距離をとりながら、一方で今ある体内魔力のすべてを右手の爪に注ぎ込む。


 爪先に蒼い燐光が生じる。


 高密度に圧縮された魔力が高次のレベルに昇華された証を捉えた刹那、オーネストは迫る矢雨の鼻先で右手を振りぬいた。




 【月蝕の魔爪】――――




 それは彼にとっても奥の手であるスキル覚醒。

 高次元の扉を開く魔爪の描いた範囲内で空間は切り裂かれ、音にならない“何か”が洞穴内を走り抜ける。


 オーネストにだけ聴き取れるそれは、空間が洩らす苦鳴。


 強制的に実現された星幽界とのリンク――その蒼い水面のように揺蕩たゆたう異様の断面に、ただの上級魔術師では実現不可能な数の魔術矢が豪雨のように叩きつけられ、なのに魔力の爆散や鼓膜を震わす盛大な音もなく、忽然と消え失せた・・・・・・・・

 はじめから、そんな脅威などなかったように。




「~~~~っ」




 だがその異常な現象を老人は気にする暇もなかったようだ。いや、まわりにいる人種の誰もが、“空間切断”という超常現象によって生み出された“音ならぬ音”を耳にして・・・・、猛烈な不快感に襲われていた。

 

 おそらく常人ならば立っていられず、地面の上でのたうちまわるか、ただうずくまり胃の内容物をすべて吐き出しているだろう。


 だからこの場にいる三人が顔を上げ、オーネストから目を離さないでいるだけでも大した精神力と言えた。

 そんな彼らの苦しみに共感できないオーネストとしては、この機を逃さず、白い女の下へ一気に詰め寄るのみ。

 そして手加減抜きの無情なる一撃を放つ。




 【峻烈の魔爪】――――




 爪の“切れ味”を原種オリジナルに近しいレベルにまで最大強化する剛撃の魔狼スキル。

 この距離なら回避は不可。

 仮にガードが間に合ったところで切り崩し、魔法や鎧の防御ごと断ち切るのみ。





 ギ、ギィ!! ――――――……ン





 火花散る閃光。

 一拍置いて、鼓膜の奥で余韻を残す反響音。

 目の前で起きた事実にオーネストは、



「……やはり、防ぐのか」



 こうなる予感はあったものの、それでも声に苦みを混じらせてしまう。

 今の一瞬、白い女は状態異常に苦しみながらも、スキルにスキルを合わせる離れ業をやってのけていた。

 仮にも神話レベル相当の一撃を相手に、だ。

 驚きや称賛もあれば、してやれらた屈辱も湧く。

 ただ一方で――それだけの相手と感じ取っていたからこそ、はじめからオーネストの本命は次の一撃・・・・と決めていた・・・・・・




 【獣技二連】――――




 腰を落とし、大仰に両腕を構えるそれはスキル峻烈の二連撃。

 “人”では決してあり得ない、四つの手足すべてを“利き手レベル”で使いこなす獣人タイプだからこその特異戦術。

 オーネストは間髪入れず、コールドタイム中の右腕に代わり左腕でスキルを放った。




 ギ、ギィ――――




 まるで時間を巻き戻したような攻防の繰り返し。

 再び白い女によってスキルをきれいに相殺されたがしかし、今度は攻防終わらず、オーネストは右足・・による・・・峻烈の次撃を放っていた。

 すでにスキルを打ち終わっている白い女に抗う術はない。

 それこそが人間の限界。

 覇権ピラミッドの底辺たる所以。 

 女、あの『鬼謀』を討った技に沈むがいい!!!

 



 ――――ボッ?!




 その時、オーネストの足先に感じたのは骨肉を断ち切るものでなく、虚しく空を抉り抜くだけの感触のみ。そして強靱な左足に支えられるカラダが、わずかにバランスを失っている不安定感。

 まさか、この男・・・

 スキルに対してまで――?!



「……よくぞ、反応されました――」

「なに、二度も見せられては、な」



 それで対処されるほど安い一撃ではない。

 追撃すら忘れて思考を停止させるオーネストの目の前で、「とにかく助かりました」と謝意を口にする白い女の窮地を救ったのは、魔境士族長。


「……っ」


 『魔狼眼』に頼らずともオーネストには分かる。

 目の前の士族長がスキルすら使わず神域の高速撃に対処してのけたのだと。

 しかも帝国が誇る黄金騎士を両断するほどの剛撃に接触しながら、ゲンヤの剣は見た目の細身に反して折れも曲げもしていなかった。


(どれほどの業物だ――? それとも――)


 屈辱的なその先の考えをオーネストは振り払い、ゲンヤが片膝着いてのガード・ポジションをとっている意味――攻撃を反らすのが精一杯で峻烈の威力に押し負けた事実に意識を向ける。


(惑わせるな。手にした“力”は絶対だ。それをどこまで使いこなせるか、だ)


 それこそが強敵を求め、苦境に追い込まれることを欲した意味。

 激闘の中でしか掴めない何かを求めたのだと。

 そのためには。


(力に奢るな。酔うな。ヤツの強さを認め、全力で倒しにいけ――死力を尽くした先に、目指すモノがあるっ)


 そう気持ちを切り替えたオーネストであったが、水を差すように白い女が態度を変える。

 「やはり長居は無用ですね」とゲンヤに協調するどころか、身を退く素振りを見せながら。


「そもそも私共は部外の者。おふたりの戦いに横槍を入れて邪魔する資格はありません。ただ、“詰んでいる戦い”ほど見ていてつまらぬものもなく、ついつい……」


 関与してしまったと。

 あくまで中立の立場であることを強調し、反省の言葉を並べはじめる。そのくせ、悪びれた様子が微塵もないためオーネストも不審を募らせる。


「おい、一体何の――」


 まねだと。

 突然の及び腰はフェイクとも思われ、ゲンヤや老人の動きに意識を割く。そんなオーネストの疑心は尤もだというように白い女はうなずいて。


「ですから――これ以上の関わりは、むしろ私共の方が無粋。それはこちらの望まぬところです。なので、これにて失礼しますので、おふたりには心置きなく戦っていただきたく存じます」

「右に同じく」


 白い女に合わせて老人もしおらしく目礼する。

 あんな過激すぎる迎撃をぶちかましておいて。

 これこそ茶番であり、見え透いた猿芝居。

 そんな唐突で嘘くさい離脱宣言など聞いていられずオーネストは一蹴する。


「そんな勝手を聞き入れるとでも思ったか」

「いいえ」

「ならば――」

「それでもこの勝手、通させていただきます」

「な……っん……」


 あまりに図々しくも正々堂々と返されて、人外のオーネストも思わず鼻白む。

 ゲンヤに至ってはこの展開についていけずに目を白黒させたまま。その一瞬訪れた空白を見逃すことなく、




「「それでは、ごきげんよう――」」




 云いたいことだけ云い終えると、ふたりの姿がかき消えた。

 詠唱も掌印もない。

 秘具を使ったにしても、オーネストの知識には引っかからない未知の魔術であったろうか。

 自慢の『星幽眼』でさえ痕跡をなにひとつ捉えることができぬまま、謎のコンビは洞穴から完全に消えてしまった。




「――どうなっている?」

「それは儂も知りたいところ」




 責めるようなオーネストの口調に困惑たっぷりなゲンヤの返答。

 その纏うオーラに怪しげな光やゆらぎはない。

 だが世の中には平然と嘘をつく者もいる。


「おまえの仲間だろう?」

「そうであれば頼もしくもあるのだが、な」

「偶然に居合わせたとでも? それにしては出来過ぎだ」


 詰めるオーネストに、「それには同意する」とゲンヤも生真面目にうなずいてみせる。これでとぼけているのなら大した演技者だ。


「まあ“観戦”とはっきり云うたのだから、そうするのだろう。つまり、儂らは体のいい当て馬・・・と云ったところだな」


 その言い分に無理はない。

 つまり“敵の敵は友”だから、極端な劣勢を見かねて一時的に協力しあったというわけだ。そのような関係ならば確かに味方とは云わないだろう。

 真偽がどうであれ、オーネストは消えたふたりの奇襲を念頭に置きながら戦うだけである。そうなれば、むしろゲンヤの見立てを信じたいところ。


「……それならそれで悪くはない。おまえを倒したあと、ヤツらとも戦えるのは二度オイシイ」


 それは強がりでなくオーネストの本音。

 それを聞いて「おぬし……」とゲンヤは眉をひそませる。


「なぜにそうまでして戦いを望む。いや、鍛え上げようとする? まるで何かに追い立てられているように……むしろ焦りすら感じるその思いは、どこからくる」

「焦る……?」

「“必死さ”と云うてもよい。ぬしの言動では、まるで“覇権争い”よりも関心があるように聞こえるぞ」


 その鋭い指摘にオーネストは顔色変えず。


「別に間違ってはいない」

「何?」

「そのとおりだと云った。むしろ逆に問い返したいくらいだ。“おまえたちは、この国の現状を何も感じていないのか”――と」


 そう質したところでイチ協力者にすぎない魔境士族には寝耳に水の話と思い直す。


「おまえらは、この国の平穏は仮初めにすぎず、絶えず周辺五カ国の脅威に晒されている事実を知っているか?」

「ほどほどには」

「ならば、十年前の帝国による侵略戦争以降、大陸西部の軍事的均衡が崩れ去り、瓦解がはじまるのも時間の問題という差し迫った脅威があることは?」

「そこまでは。ただ――」


 と前置いて、ゲンヤが非難の目を向けてくる。


「それが真であるなら、身内で争っている場合でないと存ずるが?」

「そもそも約定を違えたのは、そちらのトップでこちらではない」


 そう鋭く切り返し「いや、いずれにせよ」とオーネストは問題の本質を告げる。


「そもそも脅威に対抗するだけの戦力がなければ、団結することに意味がない」

「それほどに……?」


 ゲンヤの反応はオーネストの予想と異なるもの。

 無知な田舎士族と侮っていたが、こちらが軍略的な話をしていることを察する器量はあるらしい。

 ならば話は早いと、オーネストは要点を絞って教えてやる。


「ただでさえ国民の絶対数で劣っている国だ。数の少ない軍団に求められるのは、少数精鋭の筋肉質な軍事力。なのに実戦不足が大半の中央軍に、大戦で弱り切った辺境軍……」


 そして一大戦力であり、また、士気の要でもある『三剣士』のうちひとりは除爵して野に下り、もうひとりのエンセイもまた、近々引退するとの話だ。


「今の公国には、一国として独立を維持するだけの軍事力が明らかに不足している。その上――」


 そこでオーネストは、近くにいるであろう消えたふたりへ聞かせるように首を巡らして。


「――大戦はまだ・・・・・終わっていない・・・・・・・

「何?」

「あの時、『鬼謀』によって仕込まれた毒は、この国をいまだ犯し・・・・・続けている・・・・・ということだ」

「それはどういう――」

「だから」


 ゲンヤの疑念を遮ったのは、十分に釣れたと思ったから。強く興味を惹かれたならば、聞かずに逃げるという選択は取りずらい。


 そうとも。

 この戦いでオーネストが相手に与える選択は、従属するか、戦闘経験の贄になるか。

 そのふたつを選ばずして、この場から立ち去ることは許さない。

 

 そのための仕掛けは終えた。

 だから、これから告げるのは、あらためて自身に言い聞かせるため。そして、ここから新生グレムリンが誕生するとの宣言でもある。


「だから力を失った辺境を、ひいてはこの国を守るためには私の力が必要だ。あの帝国躍進の原動力となり大陸中を震え上がらせた傑物のひとり――『鬼謀』を討ち取ってのけたこの私と――『俗物軍団グレムリン』がな」


 誰もが終わったと思っている。

 誰もが我らを過去の存在にしたがっている。

 だがそうではないとの思いを込めてオーネストは高らかに言い放った。

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災禍のレギオン【改訂】 ~城ごと異世界転移した侍軍団~ @sigre30

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