第125話 狂気の爆散



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





 バカな。

 【ダメージ貫通】のスキルでこんなことが――?


 むせるような血鉄の味を口中いっぱいに感じながら、伝道師は自分の身に起きたことを咀嚼できずにいた。


 受けたのは【骨鎧】越しの心臓に対する一撃。

 それも破壊するのでなく、ハンマーで殴りつけるような衝撃力を用いての強制拍動・・・・

 劇的に上昇した血管内の圧力に耐えられず、ヤワな毛細血管は瞬時に破れ、あるいは薄い粘膜から染み出して体中の至るところから血液を垂れ流させられた――。


 これが狙っての一撃でなくて何だというのか。


 振り返れば、この超回復――いや超再生力の牙城を崩さんと、敵対する多くの者が“焼き殺す”ことや“四肢断裂”などを企んできた。

 だが“血抜き”という異様の戦術をとる者は初めてのこと。

 その上さらに、人間ごときの存在にこちらの攻め手をことごとく無為にされ、まるで格下のごとき扱いを受ける屈辱的な展開を強いられるなど。



「認めぬぞ――」



 伝道師の咽より絞りだされる断固の言。

 たとえ相手が『断罪官』や『狂ノ者』にえにしの強者であろうとも。





「絶対者の意を遺漏なく、かつ速やかに執り行うべき立場の『伝道師われら』が……その存在が、“人”ごときに揺るがされることなど――――あってはならぬっ」 





 突きつけられる忌々しい鉄棍の先を払いのけ、伝道師は大きく間を詰めた。

 『幽鬼の移し身』による踏み込みは超速。

 反応できないツキノジョウを間合いに捉え、近距離からの五爪を飛ばす。



 ――弾かれた!



 正確には手首を棍で跳ね上げられ、狙いをズラされる。

 まだだ。

 さらに一歩詰め寄ることで相手の反応時間を削りとり、ナイフのように伸ばしたかぎ爪型で全速の攻撃を繰り出す。


「凍り付け!!」


 口から血を飛び散らせ、ツキノジョウを睨み付けながら吼える。

 『邪眼』との合わせ技。

 一瞬でも動きを止めれば、今度は一切の余裕を持たず、すぐさま留めを刺す。なのに。

 


 ――――?!



 一撃入れたと思ったのは伝道師の錯覚。

 皮一枚で躱されたと察した時には、攻撃した肘から骨槍を伸ばした。

 それも躱されると見越しての逆手による五爪の飛ばし。

 たたみ掛けるように再度のかぎ爪!!


 それでもなお。

 ことごとく。


 ミドルレンジよりなお近いこの距離で、読み切ったように躱しきるツキノジョウの異常。

 驚嘆すべき眼力と体捌きに加え、要たる『邪眼』の力が及ばなかったのも一因。


「視線を……!」


 ツキノジョウがわざと外していることに伝道師は気付いて唇を歪める。

 確かにそれは邪眼の封じ手としての正答。

 だが本気で戦おうとするほどに、倒すべき相手を睨み付けるものではないか?

 特に相手の目を。

 それは立ち向かう者の意志表示であり、本能的な行動とも言える。恐怖で目を反らすのでもないかぎり、昂ぶる闘志をぶつけずにはいられない。

 なのにツキノジョウは、“相手を見ずに見る”という離れ業を明らかに意図してやっていた。

 その対応力までもが尋常じゃない。




「なんなのだ、貴様は――――」




 渾身の連続攻撃すべてが虚しく空を切った時、ゾワリと体奥から這い上がってきた言い知れぬ感情を“恐怖”と察すれるはずもなく。

 伝道師は右手に魔力を集中――掌骨を瞬間的に成長させ、さらに編み目模様に枝骨まで生やして十倍ほどのサイズに巨大化させた。それをハエたたきよろしく高速で打ち下ろす。

 逃れる場所はどこにもない。




 ――――そこにツキノジョウがいたならば・・・・・




 視界からヤツは消えていた。

 人間相手に初めて経験する“恐怖”が、自身の認識力をにぶらせ見逃してしまったのだと気付くこともなく。


 後頭部をコツンと叩かれた次の瞬間には、伝道師の脳は強烈な衝撃を受けて破裂し、その意識は一瞬でブラックアウトした――。




 ◇◇◇




 殺った――。

 確かな手応えを棍より感じ取っても、月ノ丞は迷わず棍先を下げて三度心臓を狙った。

 風体からして相手する悪鬼が『負傷不倒』と聞かされた“ふぉるむ”と思われ、ならば脳の破壊だけでケリが着くと甘んじてはならない。


(むしろ、先の反応――)


 吐血に戸惑いをみせたのは、絶対者である自負が揺らいだため。そこに焦りまで過ぎらせたのは、大量の失血がヤツにとっても非常にマズい状況をもたらすから。

 そうとしか考えられず、それこそがヤツを仕留める正しき道。

 ならば。



(――狙うはこの一点)



 背骨を避けた左背面。

 振り返る間も惜しみ、彼にとっては後方へ棍を向けた後ろ構えのまま――トドメの『夏紋』を放つ。




 ぼばばばっ




 三度目の流血はこれまでに比べても勢いよく、長く続いた。


 『夏紋』の三連撃。


 脳破壊による身体硬直の隙をついたからこその連続攻撃で心臓の拍動力は三段増し――全身の毛細血管が浮き上がり、破裂して、足下に大きな血だまりをつくりだすほどの量を噴出させた。


 見た目は無傷でも失った血液量は4割越え。

 人ならば失血死に至る致命的な一撃。


 それでも月ノ丞の警戒心は刺激され続け、ならばたたみ掛けるのみと棍を握り直した彼の眉がわずかに寄せられた。


「――」


 咄嗟に間合いをとる月ノ丞。

 それを追いかけるように、突如として、悪鬼の身中より骨の槍が突き出された。

 それも四方八方へデタラメに、無数の骨槍が生まれて大きな針玉のようになって膨れ上がり、瞬く間に悪鬼の身を呑み込んだ――。




 ◇◇◇




 拮抗していた戦局を揺るがす変事の発生。

 それが右の戦闘エリアで起きる前後、後方支援で控えていたモーフィアの注意は、真逆の戦闘エリアに釘付けとなっていた。


「どうされたの、カストリック様は――?」


 騎士長の動きがいつもと違うことに気付いたモーフィアがたまらず一歩踏み締める。そのまま不安に駆られて前へ出ようとするのを「それ以上は危ないと申し上げたはず」と女に止められる。


「いえ、様子がヘンなの。どこか傷めたのでは?」「それはないね」


 素っ気なく答えるのはセイタと名乗る少年。


「かすり傷はあってもそれ以上は受けてない。調子が悪いって? むしろ、あのバケモノたちを相手によくやっていると思うくらいさ」


 セイタの云うとおり、グレムリンの兵卒レベルの強さが高すぎた。あれが団長直下の護衛兵だとしても、騎士長と互角に動けるスピードと打ち合いを制するパワーは異常というしかない。そこまでの力があるのなら、とっくの昔に噂になっているはずなのだ。

 しかも、精霊剣の力を引き出すカストリックにやられても、痛みを感じず傷など消えたかのようにすぐさま復帰してくる戦いぶり。これでは――


「気付いたかい?」

「まるで『星幽界の屍鬼群アストラル・プラトゥーン』……!」


 そう口にしてモーフィアは思い当たる。


「まさか、部下まで『眷属』に……?」


 彼女が聞かされているのは、ベルズ公子息が『吸血鬼』の眷属となっている悲劇。その禍々しき力の裾野が広がっている可能性に気付いてモーフィアはぶるりと身を震わせた。

 それは三大名家の一画が完全に闇墜ちしたのだと実感しただけの話ではない。もうひとつ――そんなデタラメな存在の集団を相手に、さすがのカストリックでもと最悪の展開を脳裏に過ぎらせたため。


「……っ」

「だから、お止しなさいって!」


 アケギヌと名乗る女に手で前を塞がれ、モーフィアは強引に払いのけようとする。

 

「止めないで。このままじゃカストリック様が」

「なおさら動くよりも先に秘術を使うべきでは?」

「ここじゃ狙いが付けにくいのよっ」


 なんで分からないの?

 苛立ちを込め、今も戦闘区域から目を反らさないアケギヌの後頭部を睨み付けたところで、それ・・は起こった。




 メキコキキャ――……




 異様な音が洞穴内に響き渡ると同時に、右手の戦闘エリアにて白い何かの塊が、爆発したのを目にする。


「なに?!」


 モーフィアが咄嗟に抱いたイメージは急激に成長する千年樹。

 幼木から成木への悠久の刻をこの瞬間に凝縮でもしたように、数え切れない枝木を生やして伸ばし、葉を生い茂らせて、洞穴いっぱいに膨れ上がろうとする異様な姿。


 ちがう――そんな生易しいものではないっ。


 その証拠に枝木の一本一本が鋭利な槍の穂先を思わす凶器となっており、まるで高密度に圧縮されていた狂気が一気に解き放たれ、死をまき散らす刃の奔流となって迸るような危機的状況。

 そう。

 これは、明らかな致死攻撃だ!!!!!!!!



「セイタ――」

「いや無理でしょ」



 アケギヌに請われたセイタが、はなから諦めたようなセリフを口にしつつ、それでも迫る狂気の枝葉に人差し指を向ける。

 なんのつもりかとモーフィアが思う間もなく、




「はい、どーん!」




 威勢のいい合図と共に指先を下に向けるセイタ。

 次の瞬間、ふいに現れた岩によって白の凶木が小気味よい音を響かせ折れていた。


「……ぇ?!」


 術の“起こり”すら感じないことに目を見開くモーフィアを置き去りにして、セイタの起こす奇術は続けられる。


「ほい、ほいっと」


 指揮者のごとくリズミカルに手を振って、それに合わせて出現する岩が凶器の群れを叩き折り、辛うじて致命的な直撃を防いでくれる。

 それでもすぐに防ぎきれなくなるのは確か。


「何してるの、今のうちに――」

「術で対抗するっ」


 驚いてばかりもいられない。

 差し伸べられるアケギヌの手を拒絶して、地に略式印を書き殴っていたモーフィアは土精霊へのコンタクトに着手した。

 自分だっていくつもの戦場を渡り歩いたベテランの術士。敵の奇策や想定外のトラブルなどさんざん体験してきたし、切り抜けてきた。




(だから、この程度――)




 発動させるのは精霊術の第三階梯。

 彼女が唯一使える【土人形の堅掌ストロングハンズ・オブ・クレイゴーレム】の防御術。


 モーフィアにとっての堅固な壁とは、幼少の頃に聞かされた物語に出てくる巨大なゴーレムの掌だ。

 物語では心を求めて旅するゴーレムが、道連れの娘剣士を護るため、手首を切り落として竜の吐息に対する盾に使う。そう。いつの間にかゴーレムは、仲間に対する“思い”――心を手にしていたという話。

 それはごくありふれたファンタジーの展開であったが、幼子にとっては特別な思い出――ゴーレムの示した心意気に打たれ、頼もしさに奮えた記憶は鮮烈に刻まれ、術の基盤となるイメージを強固に補ってくれる。

 当然この緊急時においても素晴らしい助けとなってくれた。




 …………!!!!!!




 ズァリと。

 分厚い手形の土くれがセイタとアケギヌの前に立ち上がり、バリスタの矢を思わす大きさにまで成長した白き槍柱をしっかり受け止めた。

 かすかだが肌に感じる空気の震え。

 重々しい激突の響きの連続は、巨人族が打ち振るわす巨大な戦鼓の音に似る。


(負けない――。あのゴーレムなら、護るべき人を必ず守りぬく)


 モーフィアのゴーレムに寄せる絶対的な信頼に、土精霊が全力で応えてくれる。

 連続する地響き。

 耐えきれず内側に小さなヒビが入るもそこまで、何とか持ち堪えられそうだ。その様子にようやく安堵の声をセイタが洩らす。


「……大したもんだね」

「ええ。見直し――ちょっと?!」

 

 アケギヌの慌てた声にモーフィアは反応できなかった。第三階梯の強力な術を、それも高速で発動させるには激しい精神力の消耗が必須。 

 立ちくらみと同じ症状に襲われたモーフィアは抗うこともできずに倒れ込んでいた――。




 ◇◇◇




 初めて隙をみせたゲンヤに一撃を入れようとしたオーネストは、そこでピタリと動きを止めた。


 横目で捉えるのは反対側の戦闘エリア。


 そこで発生した謎の白い爆発に驚き目を凝らす。


(いや、こちらが先だ)


 そう思い直すまでほんのわずか。

 その一瞬があれば変化を起こすには十分だったらしい。


「!」


 切り裂いたゲンヤが揺らいで消えた。

 それは術による幻影。


 ヤツの仲間か?


 そう考える間もなく、横手から襲い掛かってくる白い槍柱の群れ。


「――っ」


 オーネストは即座に肘をぶち当て叩き折り、別の凶器を腕で押し上げ回避する。

 触れた感触は骨。

 骨を凶器とするなど送迎団のものではない。

 おそらくは伝道師固有のアビリティ。

 それが何であれ、敵味方問わない暴虐ぶりにオーネストは苛立ちを覚える。


「『伝道師』め、どういうつもりだ?」


 すぐに槍柱の攻撃は落ち着いたものの、定期的にかまされたのではたまったものではない。


「すまぬ」

「?」


 意味不明な言葉を耳にして意識をゲンヤに戻したオーネストの眉根が寄る。

 彼が目にしたのは、ゲンヤを支える白い女。

 いきなり第三者が現れたのは厄介だが、ほのじろい光を発する掌をゲンヤの身にかざす行為にも忌々しさを覚える。


 それは治癒の奇蹟。

 ポーションとは違って瞬時にダメージを直す神に許された代執行。

 

 オーネストと目を合わせた白い女が微笑む。


「“不死身”は無粋・・と思いまして」

「魔術や奇蹟が卑怯・・ではないと?」


 白い女の言葉遊びに付き合わず、オーネストはストレートに問い返す。


「互いに身に付けたモノで戦うだけだ。そこに差異あるのは当然で、泣き言などは通用しない。無様な死が待つだけだっ」


 オーネストは指をそろえた五指に隙間をつくり、距離を空けたままで全力で振り抜いた。



 【風鳴りの魔爪】――――



 口笛のごとき鋭い音を響かせて、強力な真空波が放たれる。それに対して白い女はツと前に出て。




 ――――パンッ



 

 いともあっさりと。

 たおやかな繊手を上下から合わせ、真空破を叩き潰した。


「まだ話の途中なのですが」

「貴様にあってもこちらにはない」

「では、このまま二対一ではじめると?」

「舐めたことを云うな。そちらにもうひとりいる・・・・・・・のは分かっているぞ?」


 オーネストの指摘に「あら」という表情をつくる白い女。


「『幽視眼キルリアン・アイズ』――でしたか。まさかそこまで深く『転化』しているとは」

「うむ。実に興味深い」


 そうして老人が姿を現したのは、オーネストが捉えた位置と同じ場所。

 幽視を通して分かる、並の人間からかけ離れた生気の迸り。

 人外の老人がそこにいた――。 

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