第124話 理不尽なチカラ



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





「対戦が望みなら叶えてやる。その代わり――」


 首魁が軽く手を振ると、弦矢を取り囲む霊鬼兵が洞穴の奥へと動き出す。狙いはもちろん大公専用馬車の破壊。互いの戦略的な勝利条件がその攻防にあるとすれば、当然の一手。


 なのにこれを弦矢は無視。


 後方にはカストリックがおり、万一、術師や馬車にまで凶刃が迫ろうとも幽玄の者が阻む。そう分かっているからこそ、弦矢は首魁との対峙だけに集中する。

 不思議なことに相手の本意も弦矢との対戦にあったらしい。


「これで、存分にやれるだろう……?」


 あえての人払いであったと告げながら、首魁はおもむろにマントをはぎ取った。


 露わになるのは上半身を護る鋼の鎧に膝まで含めた鋼の脛当て。

 これで胴まわりの攻め手はきっちり潰され、必然的に首と四肢のみに狙いが絞られる。


(いや――実質“首”の一点張り)


 相手は異常な回復力を示す霊鬼兵の親玉。

 同様の回復力を有するはずで、四肢をいくら斬りつけたところで勝負を決する一撃になるまい。つまり戦う前から圧倒的に不利な条件を背負わされたことになる。

 なのに注視べきは別にあると弦矢は睨む。


 


「おぬし、これまで何人手に掛けた――」




 弦矢の目に映るは、首魁の、ケダモノのごとき全身を覆う剛毛の一本一本より立ち上る鬼気霊気。

 それは齢十六にして幾つもの戦場をくぐりぬけた弦矢に緊張を強いるほどの空間をつくりだす――すなわち首魁の間合いにして殺傷圏を。


「百や二百ではあるまい。その尋常ならざる死の匂い……千人か。その倍か」

「だとしたら、なんだ」


 毛ほども気にしない首魁の口ぶり。


「“三千”と云ったら臆するか? 人外の相手など魔境士族にとっては馴染みだろう。仮にそうではないというのなら――」


 首魁は冷めた口調で切り捨てる。




「――――興醒めだ」




 首魁のカラダがわずかに沈み込むのに合わせて瞬間的に殺傷圏が広がり、弦矢を呑み込んだ。




(――来るっ)




 全身の産毛を逆立てさせながら、弦矢が首魁の初動に神経を研ぎ澄ませると。



 一歩目で左前方に首魁の立像が結ばれ、



 二歩目で右の懐に入られていた。

 速い。

 向き直る弦矢に合わされる左爪の一撃。

 



 ――――しゅぃんっ




 弦矢は刃身で爪を受け流し、そのまま滑らせ、腕の付け根に差し込み斬り飛ばす。

 これぞ身に刷り込まれた反射防御。

 重心を崩された首魁は刃に吸い込まれるように泳ぐしかなく、左腕の献上は避けられぬ運命だった。


 だからこそ、首魁が攻撃の勢いを殺さず回転し、右の裏拳を叩きつけてくるなど想像の埒外。

 人外ゆえの身体能力と、血みどろの激戦をくぐりぬけてきた首魁の戦闘経験が『幽玄一心流』をも越える――




 ――――ブゥン!!




 しかし現実はちがった。

 弦矢の頭上を裏拳が派手に空振りし、辛うじて片膝着いて倒れ込むのを防ぐだけしかできない首魁。その膝裏には、いつの間にか弦矢の次撃が入っており、半ばまで断ち切られていた。




「……臆したとみせてコレか」




 つまらぬ駆け引きをしてくれると首魁。


「それでもたいていの“スキル遣い”なら、技のあとに生まれる“隙”を突くだけで終わるのだがな」

「いや――“決め技”に対してならば、そうであろう」

「……他にも“技”があると?」


 やけに神妙な首魁の問いかけに、「“流れの中に技あり”」と弦矢は思わず応じていた。


「技とは、戦いを有利に導くためのコツのようなもの。そも相手を制するまで心体を攻防の中に置くのが基本。決まる前に気持ちを途切らせ流れを止めるなどあってはならぬ」


 おそらく首魁が勘違いするのは、一技で完結させる型稽古が頭にあるから――そうと察すれるが、そこまで説いてやる理由はない。

 それでも「なるほど」と感慨深げに呟く首魁。


「いくらカラダが不死身であっても、戦いの中で強者から学ぶべきことはある。……これもまた、フォルムの言うとおりというわけだ」


 それにしてもと首魁の声に、気のせいかもしれないが“笑み”が含まれる。


「わざわざ敵に塩を送るとは――変わり者だな」

「なに、きっちり駄賃はもらう」


 「その首でな」と弦矢がするりと位置を変え、見事なまでに殺意を殺し首魁の首裏を狙う。それを予期していたように、相手はなんと、砂利を投げつてきた!




「……!!!?!!」




 それを姑息と云うにはあまりにも強烈。

 腕の『魔獣化』で増大された筋力による礫の一撃は、木製盾をズタボロにさせる威力が込められていた。


 弦矢にとっては想定にあった小技でも、速さと威力が想定外。


 咄嗟に顔をかばうだけでまともに攻撃を受け、特に胸部に強い痛手を負わされる。



「……ぐっ」

「笑えるだろう?」



 ただの一撃で両腕を血塗れにし、着物もボロボロにした弦矢に首魁が投げ掛ける。


「ただの“目くらまし”を魔術攻撃に変えてしまう理不尽な力。この力の前では、積み上げた努力も磨き抜いた才能も、等しくゴミに成り下がる――もちろん、ご自慢の“技”もだ」


 弦矢が顔の血をぬぐい終わると、首魁はすでに剣の間合いから外れ、一度は切り離された腕をくっつけ具合を確かめていた。

 同じく爪先をにじって膝の直り具合も確かめながら、



「次は『完全開放』でいく」



 宣言する首魁のカラダがうねりはじめる。

 そう見えるのは濃い体毛の一本一本が一段と太くなる剛毛化によるもの。


「私が欲するのハ、強者を相手どル経験値。この異能をあまネク引き出すにハ、追い詰めらレル強者のぞんざいガ、必ようダ――」


 しだいに首魁の発音が怪しくなったのは、軽く上顎と下顎がせり出して、顔面の骨格が変形したがため。


「願わクバ……コノ“ジャリ遊ビ”テイドに屈シて……クレるな、ヨ」


 さらにはやや前屈みの猫背となり、足の膝関節までが人手はあり得ない逆の角度にやんわりと折れ曲がる。


 その異形を言葉にするなら、二本足で立つ狼・・・・・・・


 ただし、鎌を思わす手爪に鬼火のごとき双瞳を持ち合わせる狼などが、いるのなら。 

 先の霊鬼兵など比べものにならない、まぎれもないバケモノが弦矢の前に現れた。




「……もはや、地獄の底まで堕ちよったか」




 呻きにも近い弦矢の呟きに、




「ダからコソ、救えタ」




 否定を許さない強さで首魁は返す。

 魔境士族はもちろん、公国中央も部外者。

 その部外者が我を語るを許さぬと。




「公国をスクッタ、“力”がコレだ!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 その叫びが物理的な圧を持って弦矢の身に叩きつけられる。

 反射的に瞬きし、まぶたを開いた時には、構えた剣身をすり抜け踏み込んでいた首魁の爪撃が、脾臓めがけて迫っていた。


「……っ」


 腰をひねって避ける弦矢。

 ひねる回避動作が肘による攻撃に直結し、完璧な交差法になって首魁の犬顔に叩きつけられる。

 いや。

 手すきの掌で受け止められた!

 すぐさま頭上から剣柄を叩き込む弦矢。

 後方へ頭を引っ込める首魁。

 剣柄のたたき込みが予備動作となって突きに変化させる弦矢。しかも技を繰り出すごとに拍子が一段早まり、切れ味も増す攻め手の妙。


「グヌ……ッ」


 一手ごとに追い詰められ、終には瞬間的に対応しきれなくなった首魁へ、





「っぇああ!」





 瞬速の二段突き。

 それも素早く小刻みに間を詰めるため、突き距離が短縮されて首魁の体感速度は倍になる。


 二撃目が咽を捉える!!


 その寸前で、必死に払おうと刀身に触れた首魁の手。

 ズラされた剣が首を切り裂き、同時に触れた首魁の姿勢がわずかに崩される。その刹那。



 右肩


 右のこめかみ



 殺気のこもらぬ弦矢の刃先がト、トンと跳ねるような軽やかさで首魁の部位をたたく。

 ただそれだけで、首魁の身は物凄い勢いで渦を巻き地面へと叩きつけられた。





 『山颪やまおろし』――

 通常は相手との一点接触で重心を崩す一心流であるが、ほぼ時間差なしで複数の要点を抑えることで

全体的な力の流れを一方向に集中――より強力な流れを生み出す中伝ノ技法。

 山颪とは、山麓から吹き下ろす風のように、相手を地に叩きつけることにちなんだ技であった。

 ただ中伝とはいえ、二点より三点、四点と威力を高められる発展性を秘めており、遣い手の練度によっては『四天(点)必殺』の極みに至る道もある。

 そしてまた、一心流によって発露される力の源は相手自身の力に起因することも忘れてはならない。

 当然、人外の膂力を源とし、弦矢の手練により三点攻めにて修練されたその威力は――





 まるで大岩が地面に落とされたような重苦しい衝撃音が洞穴を震わす。

 その衝撃の凄まじさを物語るように、地はひび割れ、叩きつけられた首魁の首と腕があらぬ方向に折れ曲がっていた。

 自ら陶酔するほどの剛力は、一心流を前に自身を痛めつける凶悪な武器となって襲い掛かる。首魁はその無残な体験を味わうはめになったのだ。

 しかし弦矢の顔は勝利者のそれではない。



「……早う立て」



 もはや死体とも見える首魁に向かって鞭打つ言葉を投げつける。


「今のが、ぬしに効いていないのは分かっておる」

「……ナラバ、どうしてトドメをサシ、ナイ」


 苦痛も滲ませない声で首魁が応じ、そのままむくりと起き上がった。

 直角に折れ曲がった首が滑稽にさえ見え、首魁は両腕で頭を抱えるとゴキボキと音立て、無造作に首の据わりを調整する。

 その様子を冷静に見守りながら弦矢は答える。


「……ちと、実戦が久しぶりでな」


 首や肩を軽く回しながら、


「儂も、カラダ馴らしの相手が欲しいのよ」


 そうして唇の端を軽く吊り上げてみせる。

 追撃できない理由が、先の負傷にあるとは気づかせないために。

 口惜しいことに、はじめは鈍い痛みで済んでいたものが、中伝ノ技法を使うまでのやりとりで、弦矢はケガを悪化させていた。

 相手の力を利用する技法とはいえ、首魁の動きについていくには、それなりに肉体を酷使する必要がある。

 弦矢は最初の手合わせ時点で、その身に大きな楔を打ち込まれたに等しい。


「……ソウ、カ?」


 余裕を繕う弦矢に探るような首魁の言葉。


「ダガ、マモリがツヨイノは、タシカ」


 弦矢の言葉を疑うよりも、認めるべきところに目を向ける首魁。それはそれで厄介と思わせる証拠に「トハイエ、ワスレてはおるマイ?」と冷静に自分の優位性を強調する。


「オマエガ、マダ“じゃりアソビ”をコウリャクできてイナイこと――」

「!」


 「ヲ」の語尾を耳にする前に弦矢は咄嗟に踏み込んでいた。

 左右後方に逃げ場はない。

 だから突撃あるのみと直感が働くままに身を任せる。

 

「……っ」


 肋骨に響く激痛を、歯を食い縛って抑え込み、首魁に肉薄する。




 ――――ボッ




 ジャリの攻撃を辛うじて右に避けたところで、




 ――――ザッ

 「?!」




 下方から放たれたジャリ攻撃を弦矢はまたしても喰らってしまう。

 なんのことはない――ただ地を蹴っただけ。

 首魁のパワーならそれだけで、弦矢の動きを止める衝撃力を生み出せる。


 何という理不尽。


 激痛で反射的に腰をかがめる弦矢。

 それを見逃さない首魁。

 分かりきった結末というように、無表情な首魁がトドメの一撃を見舞った――。

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