第123話 カストリックの決断
激闘の続く
ゴルトラ洞穴門
――領都側出口付近
弦矢や月ノ丞が一進一退の攻防を繰り広げている一方で。
「……そんな話を信じろと?」
いや、結界内にいるジョイオミナにだけは別。
「確かに信じがたい話だろう。いかに魔境で生存権を確立させた実力者たちであろうと、その数はたかが知れておる。国家単位の視点から見下ろせば、しょせんは辺境の一士族――この大陸にとって是非を問うべき存在だなどと、この老人の大ボラ、あるいは戯言と一蹴されても当然じゃ」
ただの、と老人は思わせぶりに続ける。
「ぬしらが『魔境士族』と呼んでおる者たちの“真実”が、
「……」
問われてカストリックの眉間に深いシワが立つ。
どうにも大げさすぎる話であったが、一方でうなづける面もあるのは事実。
例えば『送迎団』の出発前に引き合わされた『抜刀隊』の顔ぶれを思い出す――『席付き』と呼ばれるトップランカーのいずれもが、『三剣士』と同類か並ばんとするほどの“格”を持っていた。
実際、そのトップであるというツキノジョウの実力は申し分なく、味方であることの頼もしさをひしひしと感じている次第。
だからこそ――
その胸中に起こった小さな燻りを察し、「今しかない」と老人が焚きつける。
「追い込まれて極限状況の中で見せるやつらの
「だが今、彼らは公国に力を貸してくれている。それがエルネ様との盟約に基づくものとしても、命懸けで尽力する姿は、まぎれもない
「
老人はカストリックの言い分を認めながら、
「だが、やつら自身のためでもある」
別の側面も見よと指摘する。
たとえ騙しや裏切りをする悪党でなくとも、純真無垢な善意の者ではなく、実際、善意のみで動いているわけもなかろうと。
「よいか、その関係に貸し借りなどない。ならばもっと俯瞰的に見るのも悪くはあるまい。むしろ、さらに交流を深めていくのなら、やつらの底は知っておくべきだ。その素の顔も。それは“国の外交”という意味で、あって当然の話。なんら恥じるべきものではない」
智の権威であるために老人の力強い語り口には妙な説得力があり、カストリックの気持ちを傾かせた上で、最後に優しく
「今のワシは『聖市国』の関係者として、おぬしは公国の騎士として、互いに果たすべき役を果たそうではないか。のう――?」
「……」
公国騎士としての在り方を諭され、決断を促されたカストリックの葛藤はいかほどか。
痛いほどの沈黙が続く。
それはしばらく破られることもなく、そのまま最後まで続いたことこそが、何よりの答え。
こうして『
これ以降、カストリックは疑似真人たちとの戦いにのみ終始することになり、メインの一戦から外れることになる――。
◇◇◇
「まさか他にも……?」
槍爪の一撃を止められて、伝道師は新たな『断罪官』の登場を懸念する。
「いやこの気配……『従者』か。それが三人、四人……で、この配置」
鋭く朱眼を走らせ暗中にひそむ人影を余さず探り出したところで彼は確信した。
「……がっかりさせてくれる」
「?」
「術師をエサに罠を仕掛けたつもりだろうが、無駄なこと。
「……なんの話だ」
ワンテンポ遅れた男の返答は自然のもの。
だが「やめろ」と伝道師は吐き捨てる。
『暗視眼』を有する自分相手にそんな演技は通用しないと。
「そんな小細工で侮辱するな、十字軍。特におまえは――まがりなりにも
まるで請うように伝道師は掌を差し出して。
「そうすれば特別に――駆け引きせずに真っ向から“力”でねじ伏せてやる」
『吸血鬼』にあるまじき熱をこめられたような言葉の裏には、私的な事情がある。
それは、フォルムの仕掛けたであろう茶番劇の狙いが、目の前にいる因縁深き相手と自分を戦わせることにあると、気付いたこと。
そうなれば十字軍は夜の眷属を相手に、こちらも因縁の相手に退くことはなく、互いに力の限り戦い抜くことになる。
そうして辺境内外を問わずあらゆる勢力の注目をこの一戦に集めた上で、フォルムは誰に見咎められることもなく、悠然とこの地を去るつもりだ。いや今頃ヤツは……とっくに辺境領を脱しているに違いない。
(それでも構わん――)
ここ百年の間で唯一、
そしてまた――優劣のない一律同位の伝道師にあって、“燕剣殺し”だけが一歩前に出られる栄誉でもある。
その千載一遇のチャンスを手にしたのだから、彼には先の恨み事など一片もない。
むしろ朱眼を煌々と輝かせながら、
「ここからは本気で相手しよう――コジロウ・ササキ」
身命を賭して倒すべき相手をしっかと見据える。
なのに男は、「こじろう……?」とわずかに眉をひそめ、すぐに「先ほどから何を云うておる」と透かすのみ。
「この身を置くのは諏訪軍一の白兵を自負する『抜刀隊』――名は月ノ丞。“こじろう”なる者は知らぬ話」
「だとしても」
伝道師は気勢を削がれることなく言い募る。
「その身なりに手にする得物、果ては言葉遣いに至っては耳にするコジロウの
ならばおまえを倒し、さらに近しい者を倒していけば……いずれコジロウ自ら現れる。ちがうか?」
「そう問われても」
月ノ丞の答えは冷ややか。
そしてこれ以上の対話は無意味と告げるように、踏み出す一歩の大胆さ――高レベルの探索者であっても『吸血鬼』の物理的な圧に気圧されるのが普通であるものを。
(それがコジロウでなくて――)
なんだというのかっ。
むしろ嬉々として鬼気みなぎらせる伝道師が特殊能力を発動させる。
【幽鬼の移し身】――
“移動”に関する力の法則を『物質界』から『星幽界』にパラダイムシフト――摩擦や空気抵抗、重さの影響力を極小化。
月ノ丞の二歩目に合わせて前へ出た。
――!!
一瞬で距離を潰し、【二指剣】――二本指の爪がらせん状に捻り合わせて剣となり、月ノ丞の足底が地に着く前に斬りつける。
「!」
予測ポイントより斬り下ろしてなお当たらず、それが身をかがめた月ノ丞による動きのせいと気付いた時には、地に立てた鉄棍の先端にてガードされていた。
だがガードをものともせずに杭打ちの要領で20センチばかり鉄棍を深々と埋めこませる。
勝機――――!!
伝道師はもう片方で二指剣を生み、ほぼタイムラグなしで胴の断ち切りを狙った。
その狙いを察していたように俊敏な反応で鉄棍の影に身を寄せる月ノ丞。
それを逃さず二指剣が追いつき脇腹に触れ、浅く食い込み――
さらに食い込まんとする瞬間に鉄棍と衝突、
ぶぁぁああん!!!!!!!
立ちくらみさせるほどの振動音が鉄棍と二指剣の打ち合う一点より響き渡った。
「……っ」
二指剣から伝わる強烈な振動波を腕の筋肉を絞りこんでシャットアウト――しかし鋭敏になっている聴覚の影響は避けられずによろめく伝道師。
同じく膝をふらつかせる月ノ丞はしかし、どういうトリックか、地面より抜き出した鉄棍を回転させての一撃をすでに狙っていた!
(今の振動か……っ)
二指剣の打撃力を利用したものと推測できても確信は持てない。そもそも同じマネなどできないのだから理解の外だ。
「それでも
伝道師は左の二指剣でガードして、すかさず右の爪撃をぶちこむ迎撃プランを瞬時に描く。全力の腕振りスピードは槍爪を伸ばすスピードよりもはるかに速く、確実だ。
だから二指剣のガードごと鉄棍にねじ伏せられた時、信じがたい事態に伝道師の思考は硬直した。
まさかのパワーで打ち勝ってねじ込まれてくる棍の先端を伝道師はもう片方の手で止めに入る。
さらに移し身によるバックステップも合わせて。
「……っ」
止めに入った手が、棍に巻き取られるような動きを見せて破壊される怪事。
そのまま突き込まれる棍の先端が胸に達し。
【血骨の体装】――
瞬時に胸骨が肥大化し骨密度も増強。
上半身の体表面に鎧のごとき膨れ上がった骨が露出して、鉄棍とぶつかり合い、激しく骨片を飛び散らせた。
ここでようやく鉄棍の貫入が――いや、まだ止まらない!
最後のひと伸びで、棍の先端が再び触れる。
――トン
「グブッ?!」
眼から鼻から。
いや、耳や口からも、それどころか毛穴まで含めた全身の穴という穴から、伝道師は鮮やかな血を噴き、垂れ流していた。
「……何バ?……ごノ」
伝道師が言葉にしようとするも、ぐぶぐぶと血を吐くのみで言葉にならない。
ただ、起きたことは理解している。
左の掌を砕かれた時と同じ
ただのケガであればどうでもいい。
不死と勘違いされるほどの『超回復』で元に戻せるからだ。
問題なのは、回復の要である血を大量に失ったこと。『吸血鬼』の血は人血に比べて濃度が圧倒的に高く、心臓の大きさも倍――そこにストックされる血量だけで同じ肉体を3体は造成できるほどの栄養分がある。
それを強制的に体外へ排出されることが何を意味するか――
「……す、スキルなど、おまえらはないはずっ)
懸命に言葉を絞り出す伝道師。
時間だ。コイツの興味を引き、少しでも回復の時間を稼がねば。
「我が『二指剣』に、打ち勝ち……さらに分厚くした、胸の防御を抜くなど……無理だ。できぬ芸当のはず」
「そればかりだな」
月ノ丞が洩らすかすかな嘆息。
武人が気にする無理・不可能の言葉に見事釣られる。
「道具に頼る者の強さは、道具によって生まれた強さまで。それより高みに行けぬが道理。当然その先を知ろうとするなら、ただ鍛錬あるのみ。鍛錬を重ねることで“技”と成る」
「つまり、今のも“技”だと……?」
「左様」と月ノ丞。
適度にゆるめた構えをとり。
「『春渦』――“地の力”と“己が身”を円にしてぶつける技だ。我が『力真流』の基礎にして奥義である『死季』のひとつ」
まるで教示するように告げた月ノ丞の棍が、ふいに消えた。
――――!
そう見えたのは錯覚。
伝道師の動体視力をもってしても捉えきれぬ速さで棍が迫っていた。
開戦当初から月ノ丞の棍は、捉えきれぬ動きを見せる。
どれほどのスピードでも移し身で避けれないはずがない。なのに結果は伝道師の思惑を外す。気付けば棍は致命打が入る寸前にまで迫っている。
今度もまた。
「……ぉおおお!!!!!!!」
ガラになく伝道師は吠えた。
力の限り、両の腕筋を振り絞り、クロスさせるように二指剣でガードする。
――巻き込まれるっ
させんっ――
両足を踏ん張り、全身の力で弾き上げるっ。
その隙に。
二十爪狂嵐――
バキボキと音立てながら倍に増やした指を早弾きピアノのごとく踊り狂わせ、槍爪の嵐をツキノジョウに見舞う。
隠していた切り札を、今、この至近距離で。
ギキャカキャキャキャキャ――――――!!!!
「――ブッ」
信じがたいことにすべて跳ね返され、あろうことか、その隙間に一撃入れられる。
それも例の一撃を。
「――『夏紋』」
自分を見つめるツキノジョウの瞳が告げていた。
時間稼ぎの会話は承知の上。
なぜなら超回復など問題視してないから。
伝道師は再び、全身から大量の血を噴き出した。
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