夢見の悪いカズハ

韮崎旭

夢見の悪いカズハ

 カズハ、というのがよくある名前かはわからないし、よくある名前だったとして、それが何か重大なことだろうか? あるいは、重大なことなど本当にこの世の中にあるのだろうか。

 彼はカズハと言い、それが姓なのか名なのかを判然としてもらえないというので、また自分でも判然としないというので、頭を抱えていた。誰かの息子なのかもしれないし、似たような、まったくことなる音の連なりかもしれない。死人の息子かもしれないし、砂浜にばら撒かれた暴君の血から生じたのかもしれない。あるいはそんな伝説は何一つない、保険外交員の息子とか。あるいは、工場の派遣労働者の息子。彼の父親は暖かな幼少期を過ごし、不安定な青年期を通して違法薬物を乱用するようになった。彼の薬物乱用は高等学校への進学を機に落ち着いたが、そこを卒業して2年ほど安定的な就労ができず職を転々としている間に抑うつ状態と病的な不安がかつてないほどひどくなり、また同時に今度は処方薬を乱用するようになり、かつアルコールの自暴自棄で不適切な摂取も始まった。次第に職場から足が遠のき、無断欠勤を繰り返した。職場の人間の関係も悪化し、言い争いなども多く、険悪、11月23日付けで当時勤務していた配送倉庫の派遣社員を辞職し、預金を切り崩しながら生活した。彼にとってはこのあたりの記憶は曖昧で混とんとしている。四六時中泥酔していたためもあった。アルコール依存症に関する自助グループ(AA、のような)に加わるようになったのは、35歳の時のことで、彼はこの時点で判明している限りで4回の自殺未遂と、3回の命に係わる過量服薬を経験していた。措置入院の経験もあった。彼はしばしば、(アルコールとはかかわりがないところであったとしても)自分をコントロールできない感覚に陥り、そのたびごとに自傷行為、大量の飲酒、過量服薬、などを行ったことが医師との面接の記録からわかる。彼がその自助団体に通うようになったのは、少しでも自分の行動をましにするためだったが、この時点ですでに人間の居る場所に近づくことが耐えがたくなっていたのに、そのことに気が付かずに団体のミーティングに参加申し込みを行い参加をしたために、翌日からはアルコールを含む薬物の乱用がより一層ひどくなった。また、処方薬を得るために、病院を掛け持ちするようになっていった。処方薬の副作用から、またそれ以外の要因から、しばしば健忘を起こした。37歳の時に保健所などの介入もあってデイケアに通うようになり、そこにいた女性と結果的に結婚したので、カズハが生じた。これについては諸説あるが、どちらにも、計画性が欠如していたのではないか、と推測される。つまり、彼の出生は、堕胎を見送っただけの結果なのではないだろうか。いや少なくとも、カズハ自身は、彼の父親の不安定で、波乱に満ちた生活歴を聴き、また目にして、この人間にまともな判断力があるとは思えなかった。寧ろ賭博をしないのが解せないくらいだった。というのも、彼が物心ついた時には、彼の父は到底一般的な社会生活が送れるとは言いにくい状態にあり、しかもそれが小康状態だと、母から聞かされていたためだった。

 カズハの母には強迫的傾向があったが、カズハはある程度の年齢までは、それらのあまり適切とは言えない生育環境をものともしないかのように社会的に問題なく育っていった。だが事実彼はなにか抑制の利かなくなる虚無感の予見をしていた。それに最近は夢見が悪かった。しばしば、そもそも交際相手すらいないのに、自分の息子に惨殺される夢をみた。方法は様々で、溶鉱炉の中に閉じ込められる、なんていうのもあった。それから、辻占に、あなたはやがて新バビロニアの王になる、と予言されたが、新バビロニアはとうに滅んでいるので、はっきり言ってその辻占は頭がおかしいのではないかと思った。だが問題だったのは、誰に問いただしてもそんな辻占は見たことがないといわれたことで、しかもそれは特定の日に限ったことではなく、毎日、そうだったのだ。ヘビースモーカーの母と多種多様な薬剤を乱用する父の間に生まれ、母の確認脅迫を見てそだったカズハは、自分はやはり若いうちに発狂するのではないかと考えるようになった。そしてその考えはしばしば彼を苦しめた。教室でも、勤務先の工場でも、そのロッカーでも。彼はやがて、寡黙で打ち解けない青年になった。そして、自分の息子に殺される夢は、少年から青年へと成長しても相変わらず続いており、彼はそれなりに整った、表情さえ明るければハンサムともいえるかもしれない、端整な風貌をしていたが、とにかく表情が常に暗く沈んでいた。

 とはいえ、発狂する恐怖、安定しない家庭環境、漠然とした孤独感、などを紛らわすためにできることはだいたい試した。ゾンビを撃ち殺すゲームと言った穏やかなものに始まり、平均的に、売春婦を買ってみたり、または物騒に、その辺の野犬を撲殺してみたり。だがどれも彼の抱えた底の知れないなにかから彼を引き離せはしなかった。その後彼は自宅にかろうじて招いた少年等、判明している範囲で6人を殺害し、例外なく鍋で煮込んでから様々な部位に分解して家庭ごみとして捨てていたが、それでもほとんど気が晴れなかった。もし彼に死刑判決が言い渡されたのなら、彼は憔悴した様子で、「早く執行してください」と言ったことだろう。

 しかし彼は、あるうだるような暑さの日に、交通事故で死亡したのだった。故人の遺品を整理するために親戚など関係者がその住居を訪れたところで、捨てられなかった被害者たちの遺体の一部などから一連の事件は発覚した。

 そして彼の叔母は、「彼らしいことね」と言ったが、そのために辺りは重苦しい空気に包まれた。誰も反論しようとはしなかった。自分自身のことで手いっぱいだったし、それに実際、彼の様子がおかしいことにはみな以前からうすうす気が付いていたためだった。

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夢見の悪いカズハ 韮崎旭 @nakaimaizumi

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