続いていく物語

「そうして、花吐きヴィーヴォは暗い水底から自分が育てた虚ろ竜とともに旅だった。竜たちが背中に世界を乗せた、中ツ空なかつそらへとね。長い年月をかけて銀翼の女王は成長し、この世界が出来たわけだ。だから、花吐きヴィーヴォはこの世界を統べる神さまなんだよ」

 ぱたんと本を閉じ、1人の少年が言葉を発する。石に腰かけた彼の周囲には、さきほどまで話を聞いていた子供たちがいた。

 柔らかなこけの大地に寝そべったり、座ったりしている子供たちは不思議そうに少年を見つめるばかりだ。少年は三つ編みにした紺青の髪をゆらし苦笑してみせた。

 彼の漆黒の眼に宿った星屑ほしくずめいた光が困ったように瞬いてみせる。

 少年の眼に映るのは感嘆かんたんと眼を光らせる子供たちの視線と、その子供たちの背を優美に飛ぶ巨大な竜たちの姿だ。小島ほどもある巨大な竜たちの背には壮大な森林や、山脈が広がり、そこを行き交う鳥たちの姿も見える。

 そのうちの1匹が苔むした顔をこちらに向け、翠色の眼に笑みを浮かべてみる。その巨大な眼の周りを、小さな緑の竜が楽しげに飛んでいた。

 翠色の眼の竜の隣には、苔とシダ植物に覆われた銀翼の翼を広げ、蒼い眼を優しげに細めた竜の姿もある。

「といっても、ここがその中ツ空なんだけどねぇ……。あれからもう、何千年経ったんだろう。ねぇ、お前たちはこの世界がこれからどうなっていくと思う?」

 こくりと首を傾げ、ヴィーヴォは子供たちに語りかける。子供たちは蒼い眼をいっせいにヴィーヴォに向け、笑ってみせた。

「ちょ、なにがおかしいんだよ。僕は一応、君たちのお父さんなんだよっ! お母さんのせいで姿が子供なだけでっ!」

 本を胸に抱き、立ちあがったヴィーヴォは我が子たちをにらみつける。

 銀髪を風に靡かせる子供たちは、背に生えた竜の翼をはためかせ、ヴィーヴォのもとへと飛び込んできた。子供たちに押し倒され、ヴィーヴォは声をあげる。

「ちょ、なんなのっ!?」

「お話―!!」

「お父さん、お話もっとっ!」

「お姫様のお話も聞きたいっ!」

 子供たちはヴィーヴォに抱きつきながら、物語の続きを懇願こんがんする。

「あぁ、もう今日で何回目だよ、これ! 分かったからお父さんを放してっ!」

 ヴィーヴォの言葉に、子供たちはしぶしぶヴィーヴォの体から離れていった。彼女たちは苔のベッドに寝そべり、物欲ものほししげにヴィーヴォを見つめてくる。

 はぁっとヴィーヴォはため息をついて、地面に座る。手に持っていた本を開き、ヴィーヴォは子供たちに笑顔を送った。

「じゃあ今度は、地球で眠っているこの虚ろ世界の創造主。眠り姫についてのお話をしようか。この中ツ空のある虚ろ世界は、地球にいる少女が見ている夢に過ぎないという。けれども、その夢の中に生きる人々を少女は深く愛し、夢から目覚めることを彼女は拒んだそうだ。だから、この世界はここにあり続ける。今までも、これからも。彼女がいる限り……」

 そっと、ヴィーヴォは苔むした地面を優しくなでる。その下に広がる愛しい人の体を想いながら。

 空に浮かぶ蒼い地球を仰ぎ、ヴィーヴォは遠い昔のことを思い出していた。

 今も昔も、彼女は変わらず自分を背に乗せ飛んでいる。

 これから先もずっと――

 2人は空を飛びながら、旅を続けていくのだ。




 読者の皆様、長いあいだ僕と彼女の物語に付き合っていただき誠にありがとうございます。

 大変申し訳ないが、これは読者のための物語ではありません。

 彼女と、彼女の陰である僕の物語でもあり、あなたにとっては他人事ともいえるどこかのだれかの人生のお話だ。

 あなたはこの物語を通じて僕らの生きた道筋をなぞっただけかもしれない。

 でも、どうか懸命に生きた彼女のことは覚えておいて欲しい。

 僕を救い、導いてくれた1匹の虚ろ竜のことを――

 きっとあなたの側にも、あなたの竜がいるはずだ。

 そしてその人は、あなたの心の中に生き続ける。

 今までもこれからも、あなたが彼を彼女たちを忘れない限り――

 では、これにて花吐きヴィーヴォの語らいを終えるとしよう。



 


 


 花吐き少年と、虚ろ竜           終




 

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花吐き少年と、虚ろ竜 猫目 青 @namakemono

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