英雄裁判


 こんな夢を見た。


 うす暗くて広い部屋に一人で立っている。

 あたりに人間は誰もいない。古い屋上遊園地にあるような、百円玉で動く色とりどりのカートや飛行機が、私の周りを取り囲んでじっとにらんでいる。博物館の『ぎじゅつのれきし』コーナーの展示物たちだ。

 私はカートたちによって、この場所で裁判にかけられていた。

 派手なピンク色のカバから、なぜ子供を助けたのだという声がする。カバのカートは表情も体も動かず、百円玉も当然入れていないが、それがカバ本人の声だということは当たり前のように分かった。

 小学校中学年くらいの私は見開かれたカバの目ににらまれながら、先ほど助けた同じくらいの年の子供のことを思い出す。

 工事現場の鉄骨の足場のところで、黒い大人の影に連れていかれそうになっていたから、とっさに大声を出して連れ出したのだ。カバたちはそのことを言っているのだと、尋ねられてすぐに分かった。

「僕も昔、同じような目にあったことがあるんだ。だからつい、放っておけなくて」

「あの大人、むかつく先生に似ていたんだよ。だからちょっと悔しがらせてやろうかなって思ったんだ」

「あの足場のところで鬼ごっこしたら、楽しそうだと思わない?」

 屋上遊園地の群れが望む答えを知りつつも、私はわざと違う理由を言い続ける。

 そのたびに緑と赤と白のプロペラ飛行機や、真っ青な象やパンダたちは、違う! そんなはずがない! と叫び、本当の理由を言えと口々に迫ってくる。

 彼らが欲しい答えはただ一つ。

『ヒーローの息子として、見過ごせなかったから』というものだ。

 かつて私の片親は姿を変え、迫りくる敵を排除してきたヒーローだった。時には巨人になることもあった気がする。私が人々の尊敬とあこがれを一身に受けてきたヒーローの息子であることを知る人はほとんどいなかったが、この展示室の屋上遊園地たちは皆そのことを知っているようだった。それどころか、その英雄の素質を受け継いでいると私に認めさせるために、こうして裁判まで開いている。

 のらりくらりとカートたちの尋問にハズレの答えを返しながら、きっと彼らはこのまま私が望む答えを言うまで開放してくれないだろうと、何となく確信している。

 けれども本当に、そんな理由はこれっぽっちも思い付かずに助けたこちらの身としては、そんなことを求められても困るのだ。

 目のない乗り物やまばたきをしない動物たちの群れは、困惑した私を取り囲んだまま、本当の理由を早く話せとにらみ続けている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢千夜一夜 善吉_B @zenkichi_b

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ