Page6-『ラブレター』


 リリィ・ホロロフさま

 


 おはようございます。こんにちは、はじめまして、こんばんは。

 突然のお手紙、失礼します。びっくりさせてしまったかもしれません。

 きっと本当なら、1番はじめに名乗るべきなのだと思いますが、

 残念ながら名乗るほどの者じゃないので、ここでは「ジョン」と、させて頂きます。

 リリィさんと同じ、この学校の生徒です。


 今日はどうしても、お伝えしたいことがあったので手紙を書きました。


 本題に入る前に、僕からひとつ、お願いがあります。

 途中で飽きたり、気持ち悪くなったら、読むのをやめてください。

 捨てても構わないし、燃やしてしまっても構いません。この手紙の存在自体を、忘れてしまって構いません。いっそ「変な手紙がきたんだよ」とでも言って、お友達と笑い合ってもらえたなら、それはそれで良いんです。

 

 だって僕は今から、ものすごく自分勝手なことを言います。

 きっとリリィさんは戸惑うし、困ると思う。だから、この手紙が、僕の自己満足に過ぎないんだってことを、覚えていてくれたら嬉しいです。


 それじゃあ前置きはこのぐらいにして、本題に入らせて頂きます……。



 好きです! 大好きです! 僕はリリィさんのことが、大大大大大好きなんです。

 どれぐらい好きかと聞かれたら、それはもう両手におさまりきらないぐらい。好きという気持ちが、指の間からぽろぽろ零れて、足元から腰、胸や頭のてっぺんをあっという間に浸していって、そのまま部屋をいっぱいにして溺れてしまうぐらい。

 僕はずっとその想いに溺れ続けていましたが、ついに呼吸もままならないほど苦しくなって、頭がクラクラしてきてしまったので、自分勝手にもこの気持ちを発散せずにはいられませんでした。どうか僕に、この想いを綴らせてください。


 あなたが好きです。

 湖の宝石みたいな目が好きです。

 照れた果実みたいな唇が好きです。

 銀河をほどいて濯いだみたいな髪が好きです。

 こんなに綺麗なあなただから、一目で僕はまんまと恋に落ちてしまったけど、それがすっかり愛に熟成されるまでには、少しの時間がかかりました。


 クールで整った横顔のラインが好きです。

 物思いに耽っているときの、すっと細めた目が好きです。

 少し怒っているときに刻まれる、かすかな眉間のしわが好きです。

 だけれど一番好きなのは、ふとした瞬間に見せる、びっくりするほど優しい表情です。


 生徒会長を務める、しっかり者のあなたが好きです。

 なんだかんだ、きちんと役割をこなす真面目さが好きです。

 決してミスを他人のせいにしない、あなたのストイックな態度が好きです。

 だけれどそんな完璧なあなたが、本当はちょっと抜けていることを知っています。


 ちょうど半年ぐらい前のことでしょうか。

 新聞部から「校内新聞を作るから、生徒会長からの一言がほしい」という依頼を受けたあなたは、ちょっとしたメッセージを新聞部に託しました。

 ところが新聞部側のミスで、その言葉に誤植が生じてしまったんですよね。しかもその事に気が付いたのは、新聞部メンバーの帰った配布前日の放課後……擦り終わった大量の誤植新聞とあなただけが、生徒会室に残されてしまったと聞いています。


 あなたは、その全てを修正した。

 それも、手書きで。1枚1枚、丁寧に。

 パソコンで訂正資料を作ればもっと早かったはずなのに、あなたは修正テープとボールペンを使ってすべてを訂正したんですよね。

 完全に新聞部側のミスなのに、あなたは少しも彼らのことを責めませんでした。


 翌日、何も事情を知らない僕は、先生からその新聞を受け取りました。

 あとから、そういった事情があったことを知って驚いた。そして、すごく偉いと思った。

 僕がもらった新聞は、きっとあなたが終盤で直したものだったのでしょう。

 徹夜の作業だったんですよね。疲れていたんですね。修正テープの上に書かれたヘロヘロの文字は、それもまた完全な誤字でした。1晩かけて、誤字に誤字を上書きしてしまったというわけです。疲れ果てながらも、一生懸命、黙々と。


 リリィさんは、とても素敵な頑張り屋さんです。

 その日僕は、そんなあなたの存在が、たまらなく愛しくなったんです。


 僕はあなたという人間を尊敬しています。

 それと同時に、本当に余計なお世話かもしれませんが、少しだけ心配しています。


 あなたはいつも1人で頑張っているから。

 いつか、疲れてしまうんじゃないかって。

 本当に勝手なことを言ってごめんなさい。でも、それが正直な気持ちなんです。


 想うままに書き続けていたら永遠に終わりそうもないので、このあたりで筆を置こうと思います。

 また、僕の中の好きという気持ちが限界に達したとき、お手紙をお送りするかもしれません。


 だから迷惑だったら、この靴箱に入った靴を、どうか逆向きに置いておいてください。

 つま先がこちらを向いている限り、僕はもう二度とあなたと接触しませんから。


 それでは、もう一度だけ言わせてください。

 リリィさん、愛しています。



 匿名のジョン(仮)より

 

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ルナティック・リリィ 塔原はり @touhara-hari

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