でくの坊、破滅する
再度壺から抜けた先は俺が元いた世界だった。ただ違っていたのは、部屋がすっきりと片付き、白紙のカレンダーがあった場所にはバイトのシフト表が貼られていることだ。
は?バイト?働いてんの、俺?
とりあえず、状況に流されるまま自転車を漕ぎ近くのハンバーガー屋に行き、制服に着替える。
「チーズ、ポテトS、オレンジSでーす」
謎の暗号を聞くと、俺は何故か慣れた手つきでパティを焼き、パンに挟んで紙に包む。ピーピーという音を聞けばポテトの入ったカゴを油の中から取り出してガサガサと広げる。
何やってんだ、俺?
結局、流されるままに一日が終わった。なんか色々とおかしいぞ。
あれ、残高増えてる。なら、まあいいか。
それから俺は気を取り直して自堕落な生活を送り、都合が悪くなったら壺を開けて異世界に飛ぶ。どういうわけか、どんなに最悪な状況になっても、世界を超えれば前の世界は改善されているらしかった。俺は、壺が世界をリセットするような力があると考えた。
現実世界で親の金を食い潰し中世世界で国の金を食い潰しを繰り返して5年が経った。
残高ねえな。壺どこだ?
ゴミ屋敷を漁りながら、そんなクズいセリフが息をするように出てくる自分が悲しくなった。俺はいよいよ生きるために必要なものを失ってしまったんじゃないか、と恐ろしくなった。
あ、あった。
俺は何のためらいもなく蓋を除ける。体が暗い闇に吸い込まれた。
「おい、お前。」
俺が声を掛けられたのは、現実と中世の合間、壺の中であった。
誰?
「忘れた、とは言わせないぞ。俺はシャルルだ。」
えっ。ありえない。
俺は動揺を隠しきれなかった。何か言わなきゃ、と口をぱくぱくさせるも5年近くの間ろくに動かしていない声帯は上手く震えてくれなかった。シャルルは両手を天秤のように広げ、やれやれというジェスチャーをとった。
「まあ、お前は何も言えないだろうな。もういい。俺が説明する。」
シャルルは滔々と語った。
これは神様から聞いた話なんだが、お前が行っていたのは実は転生ではない。別世界の人間との魂の交換だ。すなわち、お前が俺の世界にいたとき、同時に俺はお前の世界にいたのさ。いやあ、驚いたよ。気がついたときには俺は締め切られて埃が舞い、ゴミが散乱している汚いお前の部屋にいたんだからな。潔癖な俺にとっちゃ地獄だ。清く正しく生きてきたつもりだが、神様に何かの罪で地獄に落とされたものだと本気で思って、小一時間ひたすら懺悔と赦しを乞うていたよ。すると本当に神様がご降臨なさった。そしてこの壺の仕組みとこの世界でのお前の生き様を聞かせてもらった。
屋敷がゴミだらけならまだしも家主までゴミ人間だとは恐れ入った。俺はお前とは違って、きちんとアルバイトの面接を受け、仕事をした。宮中の仕事には劣るがなかなかやりがいのあるものじゃないか。そう考え出した途端にまた元の世界に引き戻された。
やっと帰ってこれたと思いきや、こちらでもお前は色々とやらかしてしまったようだな。あの国の問題を素人が片付けるのが難しいのは認める。ただ国庫を空にして余計状況を悪化させたことは許せないぞ。俺は出来るだけのことはやった。うちの国の強みは錬金術だ。だから、錬金術金融と並行して別の産業を作った。それは、顧客の金を増やす代わりに成功・失敗に関わらず基本料金を徴収し、成功すれば出来高で数%こちらの手に渡るという本当の錬金術産業だ。こっちの世界の宝くじというのに近いかな。同時に各諸侯との関係改善に尽力し、俺の政策が通るように仕向けた。こうして、この国の財政は一旦持ち直した。
そこからはもう、お前との戦いだ。お前はこの世もあの世も見境なく破壊するから苦労した。というか、今お前が生きていられるのは俺のお陰だからな。感謝しろよ。
「ともかく、お前が働かないことで誰かを働かせていることを自覚しろ。そしてそこに恨みが生じることもな。」
シャルルは組んだ両腕を解いた。
「神様いわく、最初のメモはお前を釣り出すための煽り文だったらしいが、今のお前の更生は本当に無理だ。お前はとっくに真の『廃人』に堕ちてしまったよ。」
俺の中で何かが蠢いた。その虫けらは「死にとうない」としきりに呟いている。俺の顔から血が引いていく。死にとうない、死にとうない!
「……まあ、さすがにこう言い切ってしまうとお前が不憫だし後味が悪い。俺にも情ってもんはある。ちょっと神様に掛け合ってみたんだ。『時間を戻せないか』って。神様は承諾した。今から、お前は5年前の壺をもらう場面に遡る。俺はお前が来る前の中世に戻る。そして、それでもお前が壺を使い、努力を厭うのなら、俺はもうお前のことなんか知らないぞ。」
シャルルは強く言ってから、拍手を打った。すると、世界がぐるぐると回りだし、俺はその場に倒れ込んだ。
ピンポーン、とベルが鳴った。俺は万年床からムクリと起き上がる。
「なんでしょうか」
「〇〇配達のものです。こちらにハンコを、あ、サインでもいいです。」
どうも彼は新人らしく、手慣れていなかった。
受け取ったダンボールを訝しみながらも中を確かめた。謎の壺と一枚のメモ。俺はなぜだかこいつらに見覚えがあった。以下、メモの内容。
こんぐらちゅれーしょん。
この荷物が届いたということは、君はこの世で1番ろくでもない、最底辺の人間と正式に認められたということだ。こういう野郎は大抵己の低脳に気づかずに適当な言葉を取り繕って現実逃避に勤しんでいるものだ。要は、君にはもうこの世で更生できる見込みはないのだ。
しかし幸運なことに、私は君を見殺しにするのはさすがにむごいと思し召した。そこで君にその壺を贈ったというわけだ。
先ほどこの世での更生は不可能だと書いたが、ではあの世ならどうか。そいつはある別世界の優秀な人間と繋がっており、その壺を開けばたちまち君はその人間と入れ変わることができる。俗に言う「強くてニューゲーム」だ。嘘じゃない。私は虚実は言わないのだ。
まあ、君がこれを使おうが叩きわろうが君の自由だが、あくまでこの措置はろくでもない君への私の慈悲であるということを忘れないように。
P.S.もし君が2周目の人間なら、どうしたらいいかは明白だろう。
俺がこの壺に興味を持ったのは否定しようがない事実だ。しかし、この壺を開けたところで自分は変われないという予感がする。自分は、与えられたものによってではなく自分から生きなければならないように感ぜられる。
「くだんねえもの送るヤツもいたもんだ」
俺はその壺を割った。その流れでポツリと呟いた。1周目の俺では想像もできない言葉だった。
「……『仕事』でも探すか。」
神は優しく微笑んだ。
でくの坊、転生する 馬田ふらい @marghery
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