でくの坊、宮廷にいる

 私は、中世についてほとんど心得がないまま書いていることと、この「中世ヨーロッパ風」が中世と近世のいいところをごっちゃにした曖昧な何かだということを予め宣言しておく。鵜呑みにしてはなりませんよ。


 ・・・・・・


 壺に吸い込まれた俺は暗闇の中を流されていき、石の床の上に放り出された。

「いてて。どこだ……ここ?」

 こじんまりとした部屋の中は派手に飾らずさっぱりしている。まるで監獄だ。家具といえば、本の山が乗った机とベッドがどんとあるくらいで、ソファーやテレビなどはない。壁にも装飾品といえば「Charles」という家称が一つあるくらいだ。窓の外を見ると、この建物が丘陵の上、長い濠に囲まれているのがわかった。なるほど、どこかの城には違いないが……。

 突然、給仕らしき人間が呼んだ。

「シャルル様、王のお呼びです。」

 ……王?


 長い回廊を渡って玉座に入り、俺は膝まづいた。

 とか、言ってみたかったなあ。王、普通に入ってきたぞ。

「シャルル君。ちょっと相談があるんだけど。あ、この部屋でいいよ。」

 軽いわ。

「財政担当のピピンが病に伏してしまって、あの爺さんもいい歳だし、そろそろ世代交代しないとなあ、と思ってさ。それでぼくは君を推薦することにした。君は優秀だし、なんせ幼なじみものだから相談がしやすい。いや、他意はないよ。で、正式な任命は王であるぼくがするんだけど、その前に君の気持ちを確認しておこうと思って。シャルル君、引き受けてくれるかい?」

 俺は咄嗟に言葉が出なかった。

 こういうとき、どんな単語から始めればいいんだ?シャルルは一体どういう口調で話していたんだ?王だから敬語だろうか、あるいは幼なじみだからため口なのか?

 お引き受け、お受け、構いません、大丈夫だよ、こちらこそ、不束者ですが、やってやらあ?

 ああ、もう、分からん!長らく人と話していなかったから声帯がなまっているかもしれない。いや、そうに違いない。

 と脳内で言葉の玉突き事故が起こっている間、リアルではしばし沈黙が流れる。静寂を破ったのは王であった。

「言葉が出ない、ってことは異論がないと解釈してもいいんだね。ありがとう。ありがとう。」

 王は俺の手を握った。人肌も久しぶりで、俺はどぎまぎした。


 任命式は軽く終わり、俺の「仕事」が始まった。

 財政マニュアルのようなものは先代のピピンさんが作っていたから最初は苦労しなかったが、三週間ほどこの席にいると王国の問題点が浮き彫りとなってきた。


 度重なる戦役でかさんだ出費と魔物の侵入により配備する常備軍の軍費、城壁の強化費といったように歳出が思いのほか多い。

 対して国の歳入は税金と錬金術を応用した金融業によるものが大半を占めるが、ピピンさんは農民たちにかなり厳しく税を取り立てたようで、彼の訃報が広まると各地で農民反乱が頻発し農地はかなり荒れてしまったため確実に税収は減少するだろう。また、国家産業としての金融業だが、錬金術というのは例えば金10オンスが六割の確率で15オンスになり残り四割で5オンスに減ってしまうといったものでこれを利用して貨幣を増やし他国に融資し利益を得る錬金術金融のことを指すのだが、錬金術はどれだけ精度が上がってもある程度失敗が生じるのは仕方の無いことらしく、これ一本でこの国を続けていくのが難しい。

 すなわち、別の産業の育成が急務である。


 知るか。どうすりゃいいんだよ、これ。


 俺は財務相としてこの仕事に取り組まないといけない。それはわかってるんだよ……。だから最初は頑張ったぞ、色々と。でも、いかんせん下の人間はポっと出のシャルルの言うことに聞く耳を持たないわ、農地では冷遇されるわで、元来「働く」気がまるでなく労働経験の薄い俺がこんな劣悪な環境でまともに働けないのは当然と言えば当然じゃないか。


 どうせ転生したんだ。好きに生きるのがいいだろう。開き直った俺は仕事をサボりがちになった。代わりに、漫画もネットもないが観劇鑑賞のような娯楽は一応あったのでそちらに入れ込むようになった。食材も必要以上に高価なものを取り寄せた。資金は遠征費だとか城崎温泉までの必要経費だとか書いて国の資金から調達した。なんせ、国庫の鍵は俺の手元にあったのだ。

 日々、だらだらと。王が怒鳴る声を聞いても、だらだらと。


 そうして、今日である。

「ちょっと、シャルル君!これはどう言うことだ!」

 王は俺の不正の証拠を突きつけた。

「これ以上するようなら、すまないが、君をここから追放するしかないぞ。」

 俺は何も言えなかった。


 王は俺を見逃してくれた。しかし俺は彼の期待には添えない。誰か、助けてくれ。

 俺は部屋の中にあの不気味な壺があることに気づいた。


 ……もう、やることはわかっていた。

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