でくの坊、転生する

馬田ふらい

でくの坊、転生する

 ピンポーン、とベルが鳴った。当然最初は居留守を使うが、しつこく何度も鳴らしやがるので仕方なく愛しの万年床からムクリと起き上がり、腹毛の生えたへそをぼりぼりと掻きむしりながら無言でドアを開け、視線で配達員に不機嫌を訴える。

「あ、あの、これ、お届け物ですっ。さ、サイン、お願いしゃす。あ、あざす。それじゃ、失礼しゃす。」

 新入りだろう男は終始オドオドと話し、対して俺は一貫して無言だった。これはコミュ力の超高い俺は言葉なんて使う必要がないことを表している。


 ところで、なんだこれ。目の前のダンボールを見て呟いた。

俺に何か注文した覚えはない。もしや誰かが勝手に俺の口座(つまり親の口座)の金を使ったのか?俺は慌ててネットバンキングの預金通帳を確認した。残高は減っていない。届いた箱の方を見てみても、領収書は付いていない。

 となるともっと怪しいぞ。これは犯罪性のある何かにちがいない。例えば誤発送と偽って麻薬を取り引きしているとか、その類い。つまりこのダンボールは開けたが最後、犯罪に加担したということで投獄され、「無職で引きこもり」という最悪の肩書きを持つ俺は潔白を示そうにもこの不名誉な肩書きを全面に押し出した偏向報道によって反証をことごとく揉み消され、社会復帰できないまま一生を終えるのだろう。社会復帰?いや、復帰どころか参加したことすらねえな。仕事しろって話なんだが、俺は何の予定も書いてないカレンダーを見たときに感じる優越感を糧に生きているのであり、俺の辞書では「働け」は「死ね」は同義なのだ。


しかしまあ、見えるところに得体の知れないダンボールがあるのも落ち着かないもんだなあ。開けるな、と露骨に雰囲気を醸し出されれば、かえって開けたくなるのが人のさがである。

なんとか気を紛らわそうと飯食いながらラノベ読んだりネトゲしたりしたが、時間が経てば経つほどあのダンボールのことが気になって、体がむず痒くなって腹をぼりぼりする。

これ以上の我慢は健康に支障が出ると判断した俺はとうとう配達物に手を延べてしまった。受け取り後、実に2時間後のことであった。


中には謎の壺と1枚のメモが入っていた。以下、メモの内容。


こんぐらちゅれーしょん。

この荷物が届いたということは、君はで1番ろくでもない、最底辺の人間と正式に認められたということだ。こういう野郎は大抵己の低脳に気づかずに適当な言葉を取り繕って現実逃避に勤しんでいるものだ。要は、君にはもうで更生できる見込みはないのだ。

しかし幸運なことに、私は君を見殺しにするのはさすがにむごいと思し召した。そこで君にその壺を贈ったというわけだ。

先ほどでの更生は不可能だと書いたが、ではならどうか。そいつはある別世界の優秀な人間と繋がっており、その壺を開けばたちまち君はその人間として生まれ変わることができる。俗に言う「強くてニューゲーム」だ。嘘じゃない。私は虚実は言わないのだ。

まあ、君がこれを使おうが叩きわろうが君の自由だが、あくまでこの措置はろくでもない君への私の慈悲であるということを忘れないように。


P.S.————


追記なんて読む前に俺はメモを破り捨てた。

なんだこれ。バカバカしい。なんだ転生って。しかも語り口が尊大すぎる。誰だよテメエ。何回ろくでなしと言えば気が済むんだ。ていうか更生できないってなんだよ。俺はまだ本気を出してないだけだしー。

しかしながら、怒りを覚えたと同時に実際この壺を開けてみたらどうなるのだろうと興味を持ってしまった。普通に考えればおかしい話だが、この壺は、謎の文様が刻まれていたり蓋の隙間から灰色の煙が漏れ出ていたりとあからさまに普通じゃないのである。


開けるなよ、と俺の理性が囁く。

開けろ開けろ!と俺の本能が声を張り上げる。


……囁きが大声に勝てるはずがなかった。俺は恐る恐る壺の蓋を動かした。次の瞬間、壺に吸い込まれた。


かくして、俺は異世界に転生した。

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