第5話 犯人探し

「――改めて自己紹介をしよう。名は、初夏箱。書架を破壊する子と書いて、書架破子だ。超異能力協会ブラックボックスから犬協会ドッグジャスティスに出向している身だ」

 書架がカップを口元に運ぶ。中身は、東条が淹れたコーヒー。俺はとても飲む気にはならない。二日酔い状態で、グルグル回るアトラクションに乗車した後の状態だ。


犬協会ドッグジャスティスは聞いたことないが、超異能力協会ブラックボックスは知っている。たしか、縁戚が所属しているはずだ」


「君はかの有名な冥道市の道司だろう。噂はかねがね聞いている」

「あそこは未踏の地で、ほとんど情報が上がってこないだわさ」


「一応、機密情報だからな。俺は立場的に情報漏洩を防ぐ立場なんだが……。まさか、身近にスパイがいるとはな」

 東条がルナティーを見下ろす。


「そんな考え方では、有事の際に対応できないだわさ」

 東条が笑った。ただ、眼付は鋭いままだ。


「――デブリちょっといいですの」

 レイナが小声で話しかけてくる。


「何?」

「ワタクシ、話についていけないのですけれど」

 書架の言ったとおり、レイナは日常の匂いを色濃く残しているようだ。後天的に非日常に触れた輩は、自らのもつ物差しで事象を判断する。だから、頭の中で整理がつくまで現実を受け入れない。

「そのうち慣れるさ」

 かく言う俺も後発組だった。俺の場合は、最初の遭遇で物差しが木端微塵に爆散したわけだけど……。


「とにかく今の状況を整理したい。ここは、どこで、何故、俺達はここにいる?」

 厚く立ち込める白い靄が、外の景色を塗りつぶしている。進行役をかってでた東条は犬や猿とは繋がっていないようだし、ただ巻き込まれただけの存在なのだろうか。


 犬や猿――守護者ニアガーディアンと呼ばれる連中は、思想の差異はあれど、世界の存続を根底に据えている。だとすれば、今回の件もその一環と考えるべきなのだろう。


「おそらくエテ公の差し金だわさ」

 東条がレイナに視線を向ける。書架も無言でことの成り行きを見守っている。


「……違いますわ。ワタクシは嘘などついておりません。パン……ボスの指示で、人を集めて……よりよい社会のために……表現の自由を簒奪する化け物の悪行を止めるために。お父様とお母様の名に懸けて犯人は、ワタクシではありませんわ!」

 嘘はついていないようだけど、歯切れが悪い。自分でもよく理解できていないのだろう。


「おいクズ、貴様はどうしてここにきただわさ――。無視すんなだわさ」

 ルナティーが犬歯を剥き出しにして威嚇してくる。俺のことか。本当はわかっていたけどさ。知っているくせに、けれど話を進めるために必要なプロセスなのかもしれない。ここは素直に従おう。


「レイナに招待されたそれだけだ。東条さんもそうだろう」

 同意を求める。

「ああっ」


「となると仲間外れは書架さんだ。なにせ監視役だもんな。どんな裏技を使ったんだか」

 非日常には焦れていたけれど、監視なんて望んではいなかった。過去がどこまでも追ってくるその事実が俺の理性を少しづつ溶かしていく。


「それは違うぞ、少年。たしかに、私は物語を紡ぐことができない欠陥品だ。が、あの小説自体はそこにいるルナティーが書き記し、日本中の犬たちが、飼い主の目を盗んで閲覧しているのだ」


「結局、組織票じゃねぇか」

「犬が利用してはいけない旨は記されていないだわさ」


「で、結局は監視行為の一環なんだろう」

「エテ公がクズに接触することはわかっていたことだわさ。方法が特定できない以上、全ての可能性をつぶしておくことが定石だわさ」


「あのうですわ。お取込み中悪いのですけれど、ワタクシ犯人がわかってしまったのですわ」

 レイナが背筋を伸ばして挙手している。

「話してみるだわさ」


「実はこの中に、仲間外れがいるのですわ。そして、その人物は嘘をついたのですわ」

「それは誰だ?」

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犬規則ー万匹殺しは、異世界で境界屋を営むー 六輝ガラン @keyroleworld

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