「役不足」
田井田かわず
第1話(完)
もうすぐ文化祭の季節がやってくる。
私の大嫌いな文化祭。みんなで力を合わせて盛り上げようだなんて、そんな全体主義的なイベントはへどが出る。
いつも教室の隅で二、三人の友達とひっそり遊んでいる私にとって、クラスみんなで力を合わせるなんてのは全く縁のないことだった。
だけど今日は文化祭の係り決めの日、ひとり一つは何らかの係りが割り振られる。文化委員の女子生徒と男子生徒が前に立って係りを書きだす姿を見つめながら、極力ヒトと関わらなくて良い仕事を選別する。今回は出店なので接客系は絶対に選ばないとしても、あまり楽すぎる係りは人気が高く、ジャンケンもハイレベルになるだろう。二番目くらいに好条件の係りにまず手をあげようと、そう思った。
文化委員が黒板の端まで係りを書き終えるのを見ていると、その横に座っていたクラス担任のおじいちゃん先生と目が合った。少々面倒くさい性格で、生徒の中でも賛否が分かれるタヌキ爺である。その先生と目があったことで嫌な予感を感じていたが、クラス会議はごく普通に進んでいった。
結論を言うと私はジャンケンに負け、なりたい係りになれなかった。いくつかの係りの空き席と、「担任への連絡係」の席が開いたまま、休憩のチャイムが鳴り、一旦クラス会議は解散される。
担任への連絡係は、クラスで予算を使いたかったり何か問題が起こったときに担任へ連絡、交渉する係りだ。正直、文化委員がやればいいのにと、思ったがそうもいかないらしい。文化委員はまた別の仕事があるようだ。
その係りならジャンケンなど面倒なことをせずとも確実に取れると思ったが、私は担任が少し苦手だった。飄々としていておしゃべり好きなのが面倒くさい。ほかの係りで何とかジャンケンに勝たなければ。
五分という短い休みではあるが、私は息抜きに廊下へ出た。するとそこを苦手なおじいちゃん先生がやってきた。
「ねぇ
先ほど嫌な予感がしたのはこれだったかと、私はため息をついた。おじいちゃん先生は私の嫌そうな顔を見てるのか見てないのかニコニコと笑っている。
「私なんて役不足です」
嫌いな先生でも無礼な言い方はできないと、恭しくそういうとおじいちゃん先生は顎ヒゲをなでながら笑った。
「ほう、キミには容易すぎると?」
ほらこうやって、おじいちゃん先生のよくわからない会話が始まる。なにを言われたのかよくわからなかったが、とりあえず冷やかされていることは感じたので私は先生の言葉を訂正する。
「先生と相談させていただく係なんて私には立派すぎるって意味です」
するとおじいちゃん先生はチッチッと舌を鳴らした。
「それは言葉の理解違いじゃな。国語辞典をご覧、役不足とは“与えられた役目が簡単すぎて満足できないこと”といった意味として書いてあるから」
私はムッとしてスマホを取り出しその言葉を調べた。
確かにそのように書いてある。
ちょっとの間が合ってから、自分の言葉を思い起こすと恥ずかしすぎて死んでしまいそうだった。しかしフォッフォッと笑うタヌキ爺に何か言い返さずにはいられず、私は頭をフル回転させて言った。
「言葉は生き物です!多くの人がその言葉を間違って認識し、そうという意味でしか使っていないなら、言葉の意味というのは変化していくじゃないですか!古典で習いました!」
色々と苦しすぎて泣きそうだった。声は震えていたかもしれない。
するとタヌキ爺は顎ヒゲを撫でてほぉと声をあげた。
「なるほどそれは一理あるかもしれん。流石、日比は勉強家じゃなぁ。やはり適任だと思うがどうかね」
先ほどの挑発した言い方とは違い、落ち着いて言われると、私の心はすっかり冷めてしまい、わかりましたと返事をした。
それ以来、担任のおじいちゃん先生とは少し仲良くなれた気がする。
「役不足」 田井田かわず @taidakws
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