第6話 人知を超えた合コンとは
「そういえば空手やってる女子はモテるとか聞いたけどさっぱりモテないな」
「女子校だからでしょ」
「でも試合やら講習会やらで、他の奴らより比較的出会いは多いはずなんだがな」
「そういう話になる気配すらないわよね」
「空手やってるのになあ」
「稽古が足りないんじゃない?」
「なるほど、そうか」
「全国制覇すればきっとモテるって」
ネコを適当にだまして整理体操を終え、全員で神前に向かって礼。選手以外の部員は帰っていった。2人だけ道場に残る。
「さて、それじゃ今日はDVA動体視力の補強トレーニングやるわよ」
「なんだその意識高い感あふれる稽古」
「この前必要だって話したじゃない」
「そんな名前だったっけ」
「意識なんか高くても低くてもいいから、はい構えて」
「意識低いっていうとパンチもらいすぎたみたいで嫌だな」
「失礼いたしますわ」
げ、また来た。
「ごきげんよう。お二人とも今日も空手ですの?」
声で一回びっくりして、見てもう一回びっくりした。あのサラ先輩が真っ白タイトなニットワンピースにピンクのストール。しかも化粧つきだ。認めたくないが美女に拍車がかかっている。化粧水は目潰し、口紅はペイント弾代わりとか言ってたのに。
「指導しにきたって顔じゃないですね」
「その通り。この柔肌で空手なんてとてもとても。わたくしは愛に生きることしかできないとようやく気がついたのです。大きな回り道をしてしまいましたが、ついに目が覚めましたわ。やはりこの世は愛なのです。それではこれにておいとまいたしますわ。おほほほほ」
パタンと戸を閉めて先輩は去っていった。
「何しに来たんだろう」
「自慢じゃないか?」
「どんな屈強な大男なのかしら」
「どうする、細い年下の美少年だったら」
「屈強な男と美少年かもしれないわよ」
「なにそれ尊いちょっと待って」
「先輩いらなくなったわね。まあどうせ今回も3日で終わりよ。それよりなんかやるんじゃなかったっけ」
「クマ倒すんだろ」
「言ってない」
「倒すことクマのごとし」
「そんなことわざないでしょ」
「ウソつきなこと山師のごとし」
「もういいから」
「クマも冬ごもりシーズンだしもう帰ろうぜー!」
「しょうがないなあ。じゃあネコ、帰り駅前のカフェ行かない?」
「そんくらいはいいぞ」
礼して私服に着替えて駅へ向かう。町を見ながら川崎駅へ。もうすぐクリスマスだ。きらきら光ったツリーの横に「さむーい」とか言いながら彼氏の腕に抱きついてる奴がちらほらと。うーむ。
「寒いわねー」
「寒いこと風邪のごとし」
「くどい。なんで街はこんなに華やかなのに私はあんたのダジャレに付き合ってんのよ」
「サンタクロース強そうだよな、太ってるし」
「サンタはおじいさんだからともかく、トナカイが強いんじゃない?」
「ツノ掴んでひねれば倒れないかな」
いたるところに並ぶ赤白の看板を見ながら、カフェモカを飲みに個人営業の店に入った。ネコは寒がりのくせにストロベリーアイスを食ってる。
「ねえ、あんた合コンって行ったりしないの?」
さっきの話題を思い出して、ぼそっと言ってみた。あんまりそういう話題は出さないけど、やっぱり私だって気になると言えば気になる。
「行ってりゃ空手なんてやってないよ!」
真剣に驚かれた。意外。
「一応、そういう感覚あるのねあんた」
「当たり前だろ。気楽に行けないだけだ」
「行ってる人は行ってるけどねえ」
「稽古が足りないんだきっと。サラ先輩みたいに人知を超えてから行こう」
「合コンに行くには空手じゃなくて合コンの稽古をした方がいいんじゃない?」
「おお……」
ネコがアイスを食べきってから、ポンと手を打った。
「言われてみればそうだな。空手と一緒だ」
「でもきっかけが何もないけどね」
「よし、あたし様にやってみろ。練習と思って」
皿を横に押しのけてノリノリでネコが肘をついて腕を組んできた。こいつ本当に興味あるんだな。小学校からの付きあいなのに、こんな話をしたのは初めてかも。乗ってやるか。
「はいはい、じゃあ初めまして。趣味はなんですか?」
「足柄山にクマ退治に」
「金太郎さんなんですね」
「マサカリはいらないカラテだ!」
「退場」
びしっと横へ指を伸ばした。
「えー!」
「えーじゃないでしょうが! 『地上最強の男 竜』とか誰も知らないからね!?」
知らない人はググってください。いや、ググらなくていいや。
「いやそもそもご趣味って何だよ! 昭和の見合いだろそれ!」
「言われてみればそうね」
「世間知らずはこれだから嫌だ。次はあたし様にやらせろ」
「どうぞ」
「今日寒いね、マフラーとかしないの?」
「えっ、でも、首とか締められそうで」
「そっか慎重なんだね。手袋もなしなのかな?」
「素手の方が威力が」
「失格」
ネコがびしっと指を横へ向けた。
「えー!」
「話題作ってやってんのにむりくりフラグ折んなよ! トナカイのツノじゃないんだぞ!」
「トナカイのツノだって折ったことないでしょうが!」
「このあたし様なら折れる!」
「もうやめよう。なんか死ぬほど虚しくなってきたわ」
ふーと息をついてトレーを下げる。なんの役にも立たなかった。いや、練習相手を明らかに間違った。こういうのはあれだ。コンビニに売ってる輝く雑誌を買ってる奴に聞くべきだった。あのデコレーションケーキとシャンデリアをミキサーにかけたみたいなキャーキャーとか、そんな名前の。
「せめてよそ行きの服くらい買っとけよ」
「何えらそうに。あんたこそそんなの持ってる?」
「防弾チョッキ」
「どこがよそ行きよ」
「市街戦からお肌を守る」
「ダジャレはもういい!」
店を出てネコと別れ、アスファルトに雪が消えていく冬道をとぼとぼと。空手は好きだし毎日は楽しいけど、なんかもう少し何かあってもいいんじゃないかなあ、と思う。家に着いてご飯を食べてシャワーで長い髪を洗って、タオルで包んで自室へ。珍しく予習復習をしてから消灯。うーん、なんだろうこのもの足りなさ。
あ、電話だ。
「はいユーハです」
『わたくしは! ついに! 人間を! やめる決意を!』
今回は早かったなあ。
[続かない]
てっけん! 梧桐 彰 @neo_logic
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