第5話 人知を超えた神の領域とは

「クマが倒せますように。かしこみかしこみもうさくー」


「やめなさい、失礼だから」

「いてて」


 ネコの耳を引っ張って石段から引きずり下ろした。


 月曜日、ここは学校近くの神社。稽古前のランニングコースだが、ここでなぜかサラ先輩が立ち止まった。


「神社での修業は人間を超えた強さを目指す我々にふさわしく」


「はーい。寒いんでさっさと帰りませんか」


 全く空気を読まずに手を挙げて抗議した。


「おだまりなさい! そんな志では敵に勝てません! いいですか! いつか出会う真の敵を倒すには、人知を超えた力が必要です! 人知を超えた力を手に入れるためには、人知を超えた稽古が必要なのです!」


 いい加減この先輩を言い負かすのは労力の無駄な気がしてきた。次はみんな連れて勝手に帰ろう。


「なんでこの部活っていつも人知を越えたがるんですか?」


 アリスちゃんが聞いてくる。


「ごめんな。人知を超える強さはどうもあたし様たちの永遠のテーマなんだ」


 ネコが答えたがそんなテーマを決めた覚えは一度もない。


「人知は超えなくていいからインターハイに行きたいなあ」


 つぶやいたけどレスはなかった。


「それでは人知を超えるため、本日の景気づけを用意いたしました、ユーハさん、これを!」


 サラ先輩が突然何かを私に渡してきた。


「おお、耐熱レンガだ」


 ネコが手をたたいた。確かにレンガだ。


「うわ、かたそう。これ園芸用ですかね」


 サラ先輩から分厚い赤レンガを受け取る。


「サラ先輩、園芸が趣味なんですか?」


 アリスちゃんが聞く。


「修羅の道を歩むこのわたくしに園芸など無縁の世界。建築用にきまってます!」


「建築が趣味なんですね!」

「違います!」


 アリスちゃんとサラさんのかみ合わなさもそろそろ何かの臨界点を越えそうな気がする。


「割るのよ」


 私がポンとアリスちゃんの肩をたたいていった。


「割れるんですか?」


「いやー、時と場合によるかなあ。ちなみに前回はサラ先輩おてて骨折して、あーんいたーい、ユーハちゃーん、ふうふうしてーって言ってたわよ」


「言ってません! まぜっかえすのはおやめなさい。ネコ、そこに転がってるレールをこちらへ!」


「へいへい」


 ネコが50センチくらいの長さに切ったレールを取ってきた。なんでこんなもんがと言おうと思って、前回やったときに台車で持ってきたのを思い出した。


 月日が経つにつれて存在を積極的に忘れていたのだが、まだ転がってたのか。神社に怒られたりしないのかね。


 ネコがレールを置くと、サラ先輩が私からレンガを受け取ってその左手の甲をレールの上に乗せた。しゃがんで右の手刀をレンガの中央に軽く当てる。


「すごーい、本当に割るんですね!」


 まあ、割れるは割れるだろうな。先輩だし。そう思うとなんだかひっかきまわしたくなるな。


「それでは天下国家の繁栄を祈って、不肖、このわたくしめが人知を超えたこの必殺の手刀で——」


「まった」


 手を前に出して言った。


「なんですの?」


「まさか浮かせる気じゃないでしょうね」

「いや、それは」


「浮かせる気じゃないでしょうね」

「無茶をおっしゃらないでくださいまし!」


「浮かせるということですね?」

「そ……そ……そんなわけがないでしょう!」


 サラ先輩が言い返す。


「おーすごい。さすが先輩」


 うわ、マジか。まさかのってくるとは。


「浮かせるって何ですか?」


 アリスちゃんが聞いてくる。


「あー、実はね。普通はレンガって固定したら割れないのよ」


「どういうことですか?」


「片手でレンガ持つじゃない? で、もう片方でチョップを振り下ろすんだけど、その時にレンガとレールの間にちょっとスキマ作っとくのよ。で、レンガを下のレールにぶつけるの。だからこれは手刀割りっていうよりも、レンガをレールに叩きつける曲芸なのよね」


「あ、なーんだ」


 アリスちゃんがちょっとがっかりした顔でサラ先輩を見る。


「いや、それでも難しいんだぞ。この厚さだとあたし様でも割れるかわからんぜ」


 ネコが一応フォローを入れる。

 が、サラ先輩はこの時点ですでに真っ赤になっていた。

 

「グダグダかしましい、おだまりなさい! わたくしの辞書に浮かせるの2文字はございません!」


「浮かせる、が、2文字……」


 アリスちゃんが言ったが聞いちゃいない。


「参ります!」


 サラ先輩が手刀を振り下ろした。


 ガコッ!


 いい音がしたが、サラ先輩の手刀でもレンガは割れなかった。


「ちいっ!」


 先輩が構え直した。


「あーさすがに無理ですよね。すいません、言いすぎました」


 私が言った。ちょっと痛そうだ。珍しく罪悪感を感じてしまった。


「いいえ、今のは素振りです! とくとごろうじろ、パワーこそ力なり!」


 ゴカッ!


 サラ先輩が2発目を振り下ろした。もちろん割れない。


「おのれえええ! ユーハさん、端をおつかみなさい!」


 ものすごい剣幕で先輩が私の手をつかんだ。思わず勢いに負けてレンガを握る。


「ぜえりゃあ!」


 突然足を引き上げると、気合い一閃、サラ先輩のカカトの踏みつけがレンガを襲った。ボコッという武骨な音を立てて、ついにレンガは真っ二つに割れた。


「うわ、すっげ……」


 ネコが丸い目をさらに丸くした。


「うっそ……」


 私も思わず我を忘れて手を口に当てた。ぱっきり中央から割れている。


「覚えたか、人知を超えた一撃!!」


 サラ先輩がビシッと親指を立てる。


「三撃が、一撃……」


 アリスちゃんがぼそっとつぶやいたけど、やっぱりサラ先輩には聞こえていないようだった。ウケてるけど、やっぱりこれを空手だと思ってほしくないなあ。


 部員がこれ以上アホになりませんように。

 かしこみかしこみもうさく。


[続く]

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