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 あくる日、〈調律師〉は家の前の芝生で、千人分の照合表を焼いた。

 目的を遂げるために彼は、太陽が昇りきるまで待たねばならなかった。夏至の日だった。南中を迎えんとするその恒星を仰ぐと、彼は着実に作業に取りかかった。鞄から用紙を取りだすと、目を通すこともなく掴んでは投げる。底に残った何枚かは、鞄を逆さにしてぶち撒ける。読んできたたくさんの物語、彼らがどう読むかの詳細な記述。芝生の上に小山を積みあげ、壺からすこしインクを注ぐ。紙面の一角が漆黒に変じる、あまりに多くの文字を書き込まれ、潰れて読めなくなってゆくように。水晶球を高く掲げれば、天空よりの視線がそれを射抜き、塗りつぶされた紙面の上で焦点をむすぶ。無限の眼光が注がれて、いま彼らは読まれているのだ。先触れに流れだす一条の煙が、空中にうすく文様を描いては消える。視点がしるす一点の穴、周囲を変色させながら広がってゆく。緊張をはらんで香が流れ、ついに炎がその姿をあらわす。

 輪郭も、定まった形さえもたない鮮やかな色が、長方形の記入用紙をなめまわす。直線がまず失われ、分節された意味のいちいちが続く。インクの偏在が姿を刻々変える。すべての書物を分けへだてなく焼いてしまうのは、ただ木を燃やすのとはまったく違うことだ――つまり、はるかに素晴らしい。

 熱い空気のなか、灼けこげていびつな紙片が舞い上がる。焔の明かりに黒々と照らされる、染みついた文字。

 私は読むことができた。

 これからはもう、そんな必要もなくなるだろう。

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発火 空舟千帆 @hogehoho

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