4
あくる日、〈調律師〉は家の前の芝生で、千人分の照合表を焼いた。
目的を遂げるために彼は、太陽が昇りきるまで待たねばならなかった。夏至の日だった。南中を迎えんとするその恒星を仰ぐと、彼は着実に作業に取りかかった。鞄から用紙を取りだすと、目を通すこともなく掴んでは投げる。底に残った何枚かは、鞄を逆さにしてぶち撒ける。読んできたたくさんの物語、彼らがどう読むかの詳細な記述。芝生の上に小山を積みあげ、壺からすこしインクを注ぐ。紙面の一角が漆黒に変じる、あまりに多くの文字を書き込まれ、潰れて読めなくなってゆくように。水晶球を高く掲げれば、天空よりの視線がそれを射抜き、塗りつぶされた紙面の上で焦点をむすぶ。無限の眼光が注がれて、いま彼らは読まれているのだ。先触れに流れだす一条の煙が、空中にうすく文様を描いては消える。視点がしるす一点の穴、周囲を変色させながら広がってゆく。緊張をはらんで香が流れ、ついに炎がその姿をあらわす。
輪郭も、定まった形さえもたない鮮やかな色が、長方形の記入用紙をなめまわす。直線がまず失われ、分節された意味のいちいちが続く。インクの偏在が姿を刻々変える。すべての書物を分けへだてなく焼いてしまうのは、ただ木を燃やすのとはまったく違うことだ――つまり、はるかに素晴らしい。
熱い空気のなか、灼けこげていびつな紙片が舞い上がる。焔の明かりに黒々と照らされる、染みついた文字。
私は読むことができた。
これからはもう、そんな必要もなくなるだろう。
発火 空舟千帆 @hogehoho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます