第10話

 9


 結局、女教師が俺を引き起こしてくれることはなく。

 俺は説教を受けるため職員室に行くのに、またもや台車に載せられることとなった。よく壊れなかったな、この台車・・・・・・まさかオリハルコン製か?

 不承不承、逃げる足もないので大人しく台車の上で三角座りしていると女教師の方から話し掛けてきた。


「全く、土曜の朝に飼い犬と学校で戯れていると思ったら、今度は台車に乗って廊下をドリフト走行するとは・・・・・・君はどこまで馬鹿なの?」


 『あの様子』が飼い犬と戯れている風景だとは絶対思わないし、傍目から見ていても明らかだろ。ほんのちょっともう少しグロテスクな方に転んでいたら、あのまま捕食されていた恐れすらあったかも知れない。

 それに、俺は台車に「乗っていた」んじゃない、「載せられていた」んだ。「搭載」されていたんだ。

 誰が悪いかは一目見れば分かるだろうに(戦争に使われた『ミサイル』自体を絞首刑にしようと考える人間が居るか? 普通に考えて、使用した軍人が戦争犯罪で裁かれるだろうぜ)・・・・・・この女教師、もしかして馬鹿なのか?

 互いが互いを馬鹿だと思い合う泥沼状態の中、俺と女教師は大した時間も掛からず職員室・・・・・・という名の『尋問部屋』へたどり着いた。

 まずは弁護士を呼んでもらいたい。この女教師が相手では日頃(主に、昨日)の行いがあるから公正な判断をしてもらえない気がする。


「アホな事言ってないで、そこに座りなさい」


 俺の要求は敢え無く一蹴された。チッ、俺にやる気があれば後期の生徒会長に就任してこの件を大々的に問題追求してやるのに。「我が校のとある女教師の横暴について」というタイトルでな。


「人と話すときは目を逸らさない」


 相手の女教師が若いからだろうか? やけに命令口調な話し方が耳障りだ。


「んじゃ、まずは両足をそこの椅子に上げて」

「ま、まさか折るんですか?」


 一瞬で血の気が引いて、黄色い顔になる。


「湿布貼るのよ! 足首怪我してるんでしょ!?」


 ・・・・・・やばい、なんか突然優しくされて急に涙が出て来そうに――――――


「両手で顔覆ってないで、早く足出しなさい!」


 短期かつ粗暴な女教師はそう言って、俺の足首をパン! と叩いた。

 結果、俺の涙腺は崩落した。

 強制女教師ルートに入ってしまったかも知れない。結末は強制バッドエンドだろうけども。だって現実だと誰かにバレたら、俺は退学、彼女は退職ってルートだもんなー。ハハハ、冗談でも考えるの止めにしよう。なんか人生お先真っ暗に思えて来た。




 ◆ ◆ ◆


「なんつーか・・・・・・やっぱり不器用なんですね」

「それが手当してもらった人間の台詞?」

「テープで組み立てられたプラモデルみたいになってるんですけど・・・・・・」

「手当は専門外だから、ね!」


 そう言って俯く女教師。

 彼女のまっさらな薬指に思わず視線が向く。


「その不器用さで、結婚できるんですか?」

「ッッッ!?」


 ふと零した一言に女教師は物凄く悲しげな表情で返して来た。

 昨日の朝の出来事がフラッシュバックする。

 今度は巻き込み事故的なものではなく、俺は真正面から彼女の『地雷原』に足を踏み入れてしまったようだ。

 女教師は人生燃え尽き死んだような眼差しを斜め下に向け、那由他の彼方を覗き込むような遠い目をした。どんだけ悲惨な過去を背負ってるんだ、この人は・・・・・・。

 俺がコメントに困り、時の流れが彼女の心の傷を癒すのを待つ・・・・・・のも面倒なので、このまま無言を貫いて居心地悪い雰囲気で女教師の説教を煙に巻こうと思い付いた。

 が。


「・・・・・・慰めてよ」


 と、当人のお言葉のせいで余計に居心地が悪くなった。これは俺の生き残れる環境ではない。胃が万力で締め上げられるように痛む。早く帰りたい。

 だけど、これで俺は最悪何らかの反応をしなければならなくなった。しかし「婚期に焦る女性を慰める」ってのは、俺の短い人生経験では到底成し得そうにもない難題だ。

 つーか、絶対無理だ。

 ・・・・・・そうだな、未婚の女性を慰める、か。

 まあ、この人に限ってはまだ若いし。(多分、二十代中頃?)

 何かテキトーに良さげな事を言ってこの場は誤魔化そう。それが『世渡り』って奴だろう?


「――――――友達が多ければ良いんじゃないですか?」

「アアアァァァァアアアあぁァァァァ!!! すっごく死にたい!!!」


 こ、この女。この外見で友達居ないのか・・・・・・?

 俺の目から見れば、俺みたいな人間とは全く別種の雰囲気を纏っているというのに?

 ・・・・・・ここで、一つ俺は疑念を抱いた。特に決定的な理由はない。ただなんとなく気になったのだ。


「先生。いくつか質問に応えて下さい。趣味はなんですか?」

「せ、生徒に言える訳ないでしょ!? そういう話は職場じゃしないものよ!」

「・・・・・・好きなアニメ・漫画は?」

「幼い美少年が出てくれば大体OKね」

「・・・・・・・・・毎年楽しみにしている年中行事といえば?」

「同人即売会」

「・・・・・・・・・・・・一番好きな漫画家は?」

「・・・・・・黙秘します(赤面しながら)」

「・・・・・・・・・・・・・・・最後の質問です。『攻め』の対義語は?」

「えっ? ナニその質問? 『受け』に決まってんでしょ?」

 お前、これどう考えたって――――――

「・・・・・・まあ、趣味は人好きなんじゃないですかね?」

「ちょっと、なんなのその反応は!?」


 急に職員室の換気が必要な気がしてきた。




 ◆ ◆ ◆


 腐女子とは?

『腐女子とは男性の恋愛を扱った小説や漫画を好む女性のこと。』(『Wikipedia』より引用)


「バレたアァァァァッ!?」


 そもそも隠すつもりあったんですか?


「多数の書籍(漫画、ライトノベル)で『擬態』のため研究してきたのに!」


 良い機会だから『保護色』洗い落としたらどうです?


「一人称だって『私』に変えたんだよ! 鏡に向かって何度も練習して! 夜中とか周囲への音漏れ気にしながらすごい頑張って、それで頑張った分だけ後々余計に死にたくなるという、この悪循環・・・・・・そんな今日までの努力が全部パー! マジやってらんないわ!」


 ああ、ダメだ。俺の話聞いてない。俺の周り、こんな奴ばっかり。

 それで俺はどう反応すべきか。

 1.目を逸らす

 2.スルーする

 3.この機に乗じて教室から逃げ出す

 さあ、どれだ。


「ブツブツ言ってないで慰めてよォォォ!?」

「うおっ、涙鼻水垂れ流して顔近づけるのやめてください」

 これ以上制服を汚したら、御母堂に吊るし上げられる。

「なら、ハンカチ貸してよォォォ!」

「絶対嫌です」

「アアアァァ! 私はここでも誰にも優しくされないのねエェェェ!」


 俺は知っている、このタイミングで何か喋れば確実に野暮ったい『長話』を聞かされることになるということを。障らぬ神に祟りなし。ここは目を逸らしつつ、スルーして。あわよくば、職員室からの逃避を目指すのが吉――――――


「どうせ私は大学で、男ばっかりのサークルに入って周りを無自覚にキョドらせた挙句、最後には皆から距離を取られるようになってしまった女ですよ!(過去形) ああ、もう死にたい!」


 全自動で喋り始めたぞ、おい。


「分かってたんだー、分かってたんだよー。私だってさぁ、でもこう、私だって初めてのシチュエーションでさー。反応が鈍ってたんだよォォォォ! ウワアァァ!」

「ギャアアアアア。ちょっと肩掴まないで下さい。もげる、もげるから。つーか、両腕も怪我したら首以外無事な所がなくなってしまうんですけど」

「そしたら、私が湿布貼ってあげるからぁぁぁ!」

「それ全然フォローになってないから。これ以上、無様(ぶざま)なプラモデルみたいな様相(ようそう)になるのは本当に勘弁願いt」


 二人を除けば無人の職員室の扉が突然開いた。


「へーい、小畑クーン! 屋上行ってきたよー!」

「ほら見たか! ウチの推理は――――――」

「「・・・・・・・・・・・・」」


 聞き覚えのある声が二人分、途中から空白になった。


「あー、えーっと・・・・・・不審な椅子は見つかったか?」


 ガラガラ、と音を立てて職員室の扉が閉じられた。

 俺の話を聞く気はないらしい。


「・・・・・・なんかゴメンなさい」


 一線を越えたみたいな言い方しないで頂きたい。今のはアンタが一方的に俺の肩掴んでただけで。


「大丈夫。私、小畑くんが二ノ宮くんと『くんずほぐれず』する妄想はしても、私自身が小畑くんにそういう欲求を得る事はないから! これでも社会人、自重はするよ!」

「全然だいじょばないし、自重も出来てないじゃねえか・・・・・・」


 全く疚やましい所はないのだが、第三者に目撃されたことで互いにダウナーな気分に侵食され気味。

 確かに物理的距離感は短かったが、ああいうのは心理的な距離感が大切であって・・・・・・。つまり俺とこの女教師には、マリアナ海溝より深く、バミューダトライアングルよりも危険な軋轢がある訳であり。よって俺は、やはり間違いなく無実で――――――


 再び勢いよく開かれた扉の音に、俺の心の声はかき消された。


「へーい、小畑クーン! 屋上行ってきたよー!」

「ほら見たか! ウチの推理は完璧だった!」


 まさかのリテイクが厳かに執り行われた。

 さしずめバッドエンドからの二周目プレイ・・・・・・ってところか。

 俺、ゲームしないから分からんが。




 ◆ ◆ ◆


「ほら、これが証拠!」


 無駄に高いテンションで、冬美は携帯電話の画面を前につき出した。


「ん、んん?」


 俺、と傍に居る女教師は小さな画面に写し出された画像を目を細めて注視した。


「ボロボロの椅子? これがどうしたの?」


 前知識の全くない女教師には何の『証拠』だか分かるハズもない。ただ首を傾げ、不思議がるばかりだ。

 ああ、俺にはよーく分かったよ。


「・・・・・・誰かが鋸か何かで(椅子の)脚を切ったみたいだな」


 古く、限界まで錆び付いているが。誰にも触れられなかったおかげだろう、今になってもスッパリとした鋭い切り口が小さな写真画像からも読み取れる。


「フフフ♪」


 冬美は鬼の首を取った室町武将のように満足そうな顔をした。討ち取られた鬼も、この顔を見れば満足してしまうかも知れないな。


「というか、これが何の証拠なの?」


 まあ、そうだよな。普通、綺麗に脚を切断された椅子を見ても何も思わない。


「フフフ♪ 実はですね、先生。ここにる響香がですねー、昔の事件の謎解きをしまして・・・・・・しかも、この椅子がその『決定的証拠』ってことなんですよ!」


 この女、まだ『この椅子』の脚が何年前に切断されたのかも知らないくせに『決定的証拠』と断言しやがった。冬美が刑事になろうとしたら、誰かが止めなければならないな。

 俺はその場合、冬美の管轄する地域には絶対に踏み入れないようにするだけだが。

 俺は人生経験上、人の話を聞かない人間を止める事は不可能なことを知っているし、無駄なことはしない主義なんだ。

 ――――――と、俺は少なからずウンザリして冬美のことを見ていた。

 ふと、女教師も俺と同じ顔してるんだろうな・・・・・・と思い、俺は何の気無しにその女教師の方を振り向いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 彼女は決して何かを語った訳では無い。

 無言だった。

 しかし、その様子はどう見たって『不審』そのものだった。


「・・・・・・先生?」


 ――――――何故なら、女教師の視線は余すことなく井ノ村(孫)へ集中していたのだから。

今(いま)話していた冬美では無く、入室の際にひとつ言い放ってからはずっと黙っていた井ノ村(孫)だけを見つめていた。

 その視線の集中だけでも不思議なのに、女教師の表情から容易に想像できる井ノ村(孫)への感情がより際立って不思議だ。

 端的に言えば、その女教師は井ノ村(孫)に対して怯(おび)えていた・・・・・・ように見えた。


 その後の、教師一人と生徒三人による珍しい組み合わせのお喋(しゃべ)り会(かい)は殆ど冬美の話で占(し)められた。

 井ノ村(孫)は終始反応が鈍(にぶ)かったし、女教師は気まずそうに相槌(あいづち)を打つだけだった。

 俺は喋ろうとした、というか喋り始めたのだが尽(ことごと)く三人からスルーされた(冬美は俺の話を聞くために、自分の話を途中で止めるという発想を持っていないらしい)。そして後半からは喋る事を諦めた。

 結構な時間が世界のどこかへ消えて行ったのを見計らい、冬美は「今日はこれで終わりにしましょう」とよく考えれば意味の分からない話の落し方をした。

 女教師は俺へ説教する事を失念(しつねん)してくれたらしい。俺の幸運もまだ残っているんだな。

 オチがどうであれ、つまり俺はこれで帰れるのである。


 なのだが、俺はなんとなく「まだ帰れない」と思った。

 井ノ村(孫)と女教師が最後まで妙によそよそしかったせいだ。

 誰かの好奇心が伝染(うつ)ったらしい。




 ◆ ◆ ◆


「それじゃあ、さようなら」


 俺と井ノ村(孫)、冬美の計三名は出る時は一緒だった。

 本来なら、俺を生贄にして屋上へ直行した二人に文句の一つでも垂(た)れたい所なのだが・・・・・・不思議と俺を含む三人の間に見えない壁(かべ)的(てき)なものが察知(さっち)される。いま何を言っても無駄だと、具体的な証拠も無しに確信(かくしん)出来た。俺は刑事になるべきじゃないだろうね。冤罪(えんざい)をワゴンセールで売り出してしまいそうだ。


「私達は部室に荷物取りに行くから」


 冬美はそう言い残して、井ノ村(孫)と共に歩き去って行く。

 俺は「分かった」と気の抜けた返事だけして見送る。


「・・・・・・帰るか」


 二人の背中が廊下の曲がり角に消えてゆくのを確認するまで俺はその場に立ち尽(つ)くしていた。やっと人影が消え入るのを見てから一言(ひとこと)呟(つぶや)けた。

 周りには誰も居ない。土曜日の学校では当たり前の風景だ。


 トボトボ、フラフラと下駄箱で外履きに変えて生徒玄関を後にする。


「ハアァァ・・・・・・」


 特大の、今の俺に勝るとも劣らない覇気に欠けた溜息が聞こえた。


「半日待たずに破局か? 二ノ宮」


 俺は階段に腰掛けた二ノ宮に声を掛けた。

 見た目は完全に失恋した少年そのものだったんでな。いつもなら大いに笑ってやる所だが、生憎今の俺はそんな気分ではないらしい。


「違(ち)ちげえよ。喜ばしい事に関係は絶好調だ」

「じゃあ、今の特大の溜息はなんだ」

「俺の体調は絶不調なんだよ」


 直ぐに察しは付いた。

 相当働かされたらしいな。あの敏腕編集長(予定)に。


「ほおー、初日から激務ゴクローサン」


 これで俺の仕事量も減るかも知れん。


「まあ、それもあるんだが・・・・・・」

「歯切れの悪い言い方だな。お前らしくもない。いつもならバカがバカの様にバカみたいに直接的な表現しかできないってのに」

「テメエはそこまで俺のことをバカだと思ってたのか?」

「どちらかというとストーカー属性だと思うな」

「黙れロリペド野郎」

「「・・・・・・ハアァァ」」


 互いに互いを悪く言い合って、余計に気分が落ち込んだ。


「・・・・・・不毛だな」

「ああ、本当にバカな事したな。俺は本当はバカじゃないけどな!」


 冗談を言う元気はまだ残っているようだ。うらやましい。


「真面目な話。なんでそんなに落ち込んでるんだ。二ノ宮?」

「ん、ああ」


 二ノ宮のいつになく深刻そうな表情となる。

 まさか、腐ったミカンを段ボール箱ごと食っても腹を下しそうにない、バカみたいな図太さだけが取り柄のこの男が何かに悩んでいる姿など俺は想像すらしたことなかった。

 一息ついて、二ノ宮は言った。


「なあ、水島さんって昔に男絡みで何かあったのか?」

「・・・・・・・・・・・・は?」




 ◆ ◆ ◆


 本当に、バカを言うのも休み休みにするべきだろう。


「なあ、二ノ宮よ。一体、何があったのか知らんが今はお前が水島の彼氏(どれい)なんだろ? 昔のことなんざ水に流す度量(どりょう)ぐらい見せろよな」

「そんなことを言ってるんじゃねえし。俺は『彼氏』であって『奴隷』では無い」

「しかし水島に『彼氏』と『僕』の区別が付いているかは疑問だろ。

 今日だけでどれだけ仕事押し付けられた?」

「・・・・・・俺は水島さんと楽しいお話しをしていたハズだったんだ」

「それで?」

「俺はいつの間にか一心不乱にうちの高校の部活一覧をまとめていたんだ。今度、新聞部のブログかホームページで部活動紹介記事を書く予定らしくて――――――」

「完全に上司と部下の関係だな」

「う、うるせえ! そもそも今の俺はそんなことで悩んでる訳じゃねえんだって!」

「ああ、水島の『昔の男』って話か。二ノ宮、お前の方から惚れたんだ。そういうことはお前の方で妥協しないとな」

「だからそういう事じゃねえんだって!」


 バッ! と機敏な動作で二ノ宮は立ち上がった。

 俺との会話でイライラを貯め込んでいるのは明瞭で、二ノ宮は本気で俺を睨んだ。


「――――――悪かったって」


 特に理由もないが、最初に口から出たのは謝罪だった。

 本当に理由はない。

 敢えて言えば、必死の形相の二ノ宮が哀れだったからかも知れない。自分で言うのもなんだが、真偽のほどは全く信用ならない。

 つっても、俺は自分への自己判断が欠落している部分はむしろ長所だと思い込んでいるから全然気にならないし、改めるつもりもないんだがね。


「『元』彼氏とかそういう風な話じゃないと思うんだ。

 ・・・・・・トラウマ? そんな言い方があってると思う」

「あの水島が『他人』を恐れていると?」

「なんだよ、俺には水島さんは目麗しい美少女にしか見えないんだが。むしろ人間、一つぐらい怖いもの・苦手なものぐらいあるものだろう」

「ふん、水島の嫌いなものならハッキリしてるだろう」

「・・・・・・未だにピーマンが食べられないことを言ってるのか? まさか小畑がそんなレア情報を知っているとは思わなかったぞ!」


 俺は二ノ宮の底無しストーカー能力に戦慄してるいるぞ。現在進行形でな。

 初めて知った。あの強面な水島がピーマン食えないとはな。ああ、これなんか使えそうネタだな。部室にピーマン供えとこうかな?


「小畑、お前がそんなことをしたら俺が全てのピーマンを食べてやろう! 水島さんの為なら、俺はなんでも出来る!」


 そうか、それなら供えるピーマンには下剤でも仕込んどくよ。一石二鳥になる。


「このロクデナシ!」


 なんとでも言いやがれ。ちなみに本気だからな? 後で惚(とぼ)けようとしても許さねえからな?

 それで、その『水島のトラウマ』ってのが男絡みだとどうして分かるんだ?

 いや、言わんでも良い。二ノ宮なら、自慢のストーカースキルを十全に発揮し、『水島の昔の男』情報ぐらい掴めるんだろう。

 しかし、どうして付き合うようになってから気付いたんだ? そんな重要案件を。


「別にれっきとした証拠がある訳ではないんだ。ただ、俺に対するよそよそしい態度が引っ掛かるというか。あの距離感! 水島さんが何か男性に対して距離を取るようになったキッカケでもあるのではないかと思うと! ・・・・・・そう考えると。『昔の男』が原因と考えるのが最も現実的じゃね?」


いや、それ多分お前のせいだろ


「えっ、なんで!?」


 なんでって、お前・・・・・・散々、水島を付け回してたんだろう?


「うぐっ! ・・・・・・そんな、まさか、それが原因?」

「有体に言えば、嫌われてるんじゃねえのか? 水島に?」

「そ、そそそそそそそっんな馬鹿なーーー⁉ 有り得ないって、だって告白はOKだったんだぜ? もう彼氏と彼女なんだよ? それで『嫌い』なんて」


 あれを告白と呼ぶなら、お前は『ストーカー』から『嘘吐き』にジョブチェンジするんだな。


「いや、きっと水島のことだから。二ノ宮を社会的に抹殺するため、油断させる作戦なんじゃ・・・・・・そうか、彼女になったフリをして二ノ宮、お前の変態的な特性をより詳しく調べようとする腹か。読めたぞ、二ノ宮。お前は水島の罠に見事に嵌ったんだ」

「な、なんだってー!」


 大真面目な顔をして驚く二ノ宮。

 なんだろう、素直な馬鹿ってむしろ好感度が上がるな。

 さあ、ここまで言ってやったんだ。お前は馬鹿みたいに、馬鹿らしく勘違いして水島から当分距離を取るんだな。

 馬鹿は恥だが、罪じゃない。全部終わった後に、誰もお前を責めたりしないさ。

 今が潮時(しおどき)なんだよ。二ノ宮。


「――――――なあ、小畑。自分でも言う必要は無いと思うだけど、俺って結構周りに迷惑掛けるタイプでさー。やっぱり今回も水島さん迷惑だったんだろうな?」


 そりゃあ、すげー迷惑だったろうな。近くに居ただけの俺でさえ、すごく迷惑だってんだから。


「ああ、だよなー。きっと水島さんが何か悩んでいたとしても、俺は彼女に近づかない方が彼女の為になるんだろうな?」

ああ、それは間違いない。お前みたいな直情的な人間に他人ひとの悩みを解決するのは、はっきり言って絶望的だ。むしろ邪魔。爆弾付きの避雷針みたいなもんだ。

それに、俺としても二ノ宮が居ない方が好都合だ。


「俺ってもしかしてロクデナシか?」


 「もしかして」なんていう言葉が不要なくらいな。


「俺は黙って目を閉じていた方が良いと?」


 むしろ目を抉り、鼓膜破るべきだ。


「そこまで言うか?」


 もっと言うべきかも知れん。


「なあ、小畑」


 なんだ? マゾにでも目覚めたのか、気色悪い。


「フッ・・・・・・小畑、テメエ、やっぱり何か知ってんだろ! 口調が全体的にワザとらしいんだよ! 正直に話さねえと、本気でぶん殴r――――――」

「それは私の台詞だあぁぁぁぁぁ!!!」


 バゴン!


 奇跡的なほど珍しく二ノ宮がカッコよく見栄を切る最中、吹雪ブリザード系女子の急先鋒『冬美嵐』の拳骨が二ノ宮の背中に飛来した。


「アバっふっ!?」


 二ノ宮は珍妙な声を上げながら、やはり馬鹿みたいにすっ転んだ。

 本当、バカみたいに締まらない奴だ。




 ◆ ◆ ◆


「まだ帰ってなかったのか?」


 俺からはこの言葉を送ろうか。


「それはこっちの台詞」


 冬美はおっかない顔で俺の事を見下ろす。

 生徒玄関を出て直ぐの階段下で喋っていた俺たちの後ろに、冬美はいつの間にか立っていたのだ。いつから居たんだ?


「今さっき、二人が気になる話をしていたからね」

「おい、だからって俺を殴る理由にはならんだろ・・・・・・!」


 意外と元気そうだな二ノ宮。


「あら、相変わらずゴキブリみたいにしぶといんですね」

「冬美ぃぃぃ! テメエこそ相変わらずだなあぁぁぁ!」


 なんだ、二人とも知り合いなのか。

 俺はてっきり二人とも友達皆無のダメ人間だと半ば確信していたのだが。


「「コイツは友達じゃない!」」


 息もピッタリ。もしかして、お似合いなのでは?


「テメエ、小畑! 言って良い事と悪い事があるだろうが!」

「そんなに怒るな。息苦しいだろう。襟を絞めるな、おい」


 予想以上に、二ノ宮の奴が声を荒立てた。顔を真っ赤にさせている辺り、照れているように見えなくもない。俺が言うのはお門違いだが、水島という者がありながら、お前って奴は・・・・・・。

 率直に感情を行動で表現する二ノ宮とは対照的に、冬美は凍てつくような冷たい目線で俺の言葉を否定した。心の底から不愉快な指摘だったらしい。


「・・・・・・殺すわよ?」


 今の空耳だよな?

 口だけ動いてた? 俺に読唇術の特技は無いんだけどな・・・・・・。

 まさか、この俺が読心術に目覚めたのかね。


「二度目は無いわよ?」


 爽やかスマイルではっきり一言。

 ・・・・・・空耳じゃなかった。そして本気だ。


「私が今、小畑クンと話しているのはね。響香について聞きたいことがあるからよ」


 有無を言わせず自分の要件を言い始めた冬美に、二ノ宮は不服そうな顔をしたが行動に示すのは気が引けるらしく、一歩引いた所で顔を顰めている。


「何のことだ?」


 正直、二ノ宮に続いて冬美がそんな事を言って来るとは完全に予想外だった。


「さっきの先生の態度・・・・・・絶対おかしかったでしょ! まるで響香に怯えているみたい! あんな小っちゃくて、ロリで、可愛らしい子を怖がるなんておかしいでしょう? 普通は」


 さあな、趣味嗜好は人それぞれあるもんだろう。ロリコンが居るなら、幼児恐怖症の人間が居ても変ではないだろう。


「絶対変だって!」


 ズイと冬美は一歩こちらに踏み出しながら言い放つ。

 目が『確信』の二文字を映し出していた。

 こいつも俺の襟を掴んで来そうだな。距離を少し取ろうか、冬美サン?


「今、逃げたら本気で殴るよ?」


 ギュッと冬美の右手が固く握りしめられた。

 人を殴ると言いながらなんで泣きそうな顔しているんだ、おい。

 本格的に反応に窮(きゅう)する。どう対応するのが無難なのか、誰か教えてくれ。


「正直に答えて置けよ」


 グイッと、二ノ宮の手が後ろから俺の肩に置かれた。

 怒っているのか? 力入っているな。


「正直に答えなさい」


 ギュッと俺の首が締まる。

 洒落にならないって、冬美サン。


「茶化さないで」


 冬美の顔は全体的に赤らんでいる。特に目元辺りが――――――


「殴っても言わないのは分ってるから、代わりに二ノ宮を殴るわよ?」

「ちょっ、なんでdボグロワッ!」


 本当に殴られた二ノ宮は悲鳴を上げて、顔を仰け反られた。

 だけど、俺の肩には手を掛けたままだ。気色の悪い執念だ。

 前後を二ノ宮と冬美に抑えられた。流石に逃げられない、というか逃がす気はないみたいだな。


「・・・・・・分かった、話すよ」


 俺の口から出た言葉に、二人の手が緩んだ。

 そのタイミングを、俺は決して逃さなかった。

 首と肩を大きく捻り、俺を掴む手を払い、俺は二人の間を縫(ぬ)うようにして逃げ出した。


「つっ!」

「おい、どこ行くんだ!」


 もう二人の手は届かない。

 置き土産代わりに一言置いてゆく。


「二人とも・・・・・・言ってなかったか? 俺もかなりの嘘吐きなんだ。そして俺は結構そんな自分の事が嫌いじゃなかったりする。んじゃ、そういう訳で」

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探偵少女の迷走 @hutaehutatsu

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