第2話

 真夏の空は、強すぎる太陽光で白く見えた。鬼龍家敷地内の木々からは、蝉の大音響が聞こえる。

 あまりに煩いので、鈴城が駆除すると言い出したが、将隆は許さなかった。

 康則も、駆除には反対だった。短い命だ、夏の間くらい好きに鳴かせてやればいい。

 綺麗に磨き上げたバイクを正門前に引っ張り出した康則は、塀の陰で待つ人物に向けて手を挙げた。

 腰まであった黒髪を見違えるほど短く切り、肩先で軽く揺らしながら駆け寄ってきたのは鞠小路日向子だ。

 意識が戻って、十日が経つ。

 あの日、将隆と話した後、相馬に連絡を取った。

 大まかな事件の顛末は、将隆から聞いたと相馬は言った。根掘り葉掘り聞かれるだろうと覚悟していた康則は、拍子抜けした感だ。

 何でも一人でやろうとしていたはずが、結局、将隆に助けられている。つくづく、自分の一人相撲が嫌になった。

 だが、これからは違う。一人じゃないと、解ったからだ。

 相馬から「早く携帯電話を返せ、不便している」と言われ、指定された場所まで届ける事になった。

 屋敷の者に頼むつもりでいたところ、「当人が持ってくるのが礼儀だ」と言われては仕方ない。体調回復を待ってもらうことにしたが、指定場所を聞いて不思議に思った。

 三浦半島の先にある岬……。何か意図が、あるのだろうか?

 一人で行くつもりが、どういう訳か将隆と日向子まで同行する事になり、二つのヘルメットを手にして康則は溜め息を吐く。

 相馬に電話をしてから、メールのあったもう一人の人物……鞠小路日向子に返信した。

 数分も経たずに日向子本人から電話があり、電話でも解るほどの泣き声で康則の無事を喜んでくれた。

「あの日の夜に何があったか、よく知らないんです。ただ、危険な目にあった私を康則さまが助けてくれて、それで大怪我をしたとだけ聞きました。一昨日、将隆さまが訪ねてこられて、父と何か話したあと教えてくれたのですが、それから、ずっと心配で……」

 何度も「大丈夫だから」と繰り返し、日向子が落ち着くまで三十分以上かかったが、面倒だとは思わなかった。素直に、嬉しかった。

 日向子の話では、将隆は鞠小路家に詫びるため出向いたらしい。

「将隆さまは、私に言いました。鬼龍家の仕事は危険だが、決して後ろ暗い仕事ではない。しかし一族の者に関われば、危険が及ぶかもしれない……と。でも、私は将隆さまに言ったんです」

 危険な目に遭いたくない……そう言ったのだろうと、康則は思った。

「私が強くなって、康則さまに御迷惑を掛けません。だって私は、康則さまが……あ!」

 急に黙り込んだ日向子が、何を言おうとしたのか解って康則は赤面する。

 まさか、その通りの台詞を言ったのか?

 もしそうなら、将隆はどんな顔をしただろう?

 ……考えたくなかった。

 その後は、お互い不自然な話し方になってしまい、数分で電話を切った。だが、相馬に携帯を返すため康則がバイクで出かけると知って将隆が、「鞠小路を誘って一緒にツーリングしよう」と言いだしたのだ。

 断固拒否したが、平然として将隆は言い放った。

「康則には、鞠小路くらい強い女子が似合ってるよ」

 さすがに、余計な御世話だと言い返した。

 事件の偽りなき真実を知った鞠小路家が、鬼龍家の誘いに娘を行かせるとは思わなかった。

 ところが、日向子は来られるという。

 鞠小路家には、何か考えがあるのか? それとも、日向子の強気が勝ったのか?

 ヘルメットを手渡しながら、向日葵のように明るい日向子の笑顔を見つめる。

 無駄な事を考えすぎるのは、もう止めよう。今日は、一緒に走れる事を喜べばいい。

 エンジンを掛けると将隆のバイクが横に並び、先に行くと合図した。合流場所は決めてある。タンデムシートに日向子を乗せて、将隆のペースに合わせるつもりはなかった。

 日向子が、腰に腕を回す。

 クラッチを繋ぎながら、ゆっくりとアクセルを開いた。

 澄み切った夏空と、海の匂いを運ぶ涼しい風の中、康則はバイクを走らせた。




【完】






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼、御する者 その透徹なる瞳を 来栖らいか @kazato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ