第41話 代償、そして家族

「魔王様!」

「魔王様ー!」

「魔王様……よくぞ、ご無事で……!」


 ザインガルドの軍が引いた後、すぐさまイブリス、スイレン、グレンがパパの方へと駆け寄り、その身の心配をする。

 それに対しパパは笑顔を浮かべ、スイレンの頭を撫でながら答える。


「安心せよ。私はこの通り無事だ。イブリスにも心配をかけて、すまなかったな」


「いえ……。魔王様が無事で本当に良かったです……」


 そう言って涙を流すイブリスを見て、私は彼女にとってパパがどれほど大事な存在なのかを理解した。

 そうして、そんな私のことに気づいたイブリスがすぐさま、いつもの表情に戻り、パパへと告げる。


「魔王様、私などよりも七海様へ声をかけてください。今回の魔王様の傷を治せたのは彼女のおかげなのです。七海様は魔王様のためにあの黒竜の試練に立ち向かい、その結果魔王様をお救いしたのです」


「そうであったのか」


 それを聞いて驚いたような表情を向けるパパは、そのまま私の方へと近づく。

 そして、私の顔を見て、パパはその顔に笑みを浮かべながら言った。


「うむ。初めまして、七海とやら。私を救うためによくぞ、そこまで働いてくれた。褒美になんなりと好きなものを申すがよい」


 そんな――パパからの初めての挨拶を受けて、後ろに立っていたイブリス、グレンは驚いたような顔を向けた。

 唯一、スイレンだけがどこか悲痛な表情を浮かべたまま俯いていた。


「な、何を……おっしゃっているのですか? ま、魔王様……?」


「そ、そうですよ! まさか魔王様、その方がどなたか分かっていないのですか!?」


 驚くイブリスやグレンをよそにパパは何のことかとサッパリな表情を浮かべた。


「お前達の方こそ、何を言っているのだ? 私とこの者とは初対面だが……? お前達はこの者を知っているのか?」


「「なっ!?」」


 その言葉に衝撃を受けたまま固まるイブリスとグレン。

 ついで慌てた様子でイブリスが私を指しながら叫ぶ。


「何者もどうも! その方は魔王様の愛するご息女ではありませんか! お忘れになったのですか!? ご自分の娘を!?」


「娘……?」


 イブリスのそのセリフに魔王は顔をしかめる。


「確かに私には愛する女性がおり、その者とは今は離れて暮らしているが、私とその者との間には娘はおらんぞ。いや、そもそも子供を作った記憶すら皆無だが」


「な、何を言って……!」


「――いいの」


 瞬間、私はイブリスとグレンに対し、静かに告げた。


「いいの。わかっていたことだから」


「え?」


 どういうことかと戸惑う二人に対し、私は告げた。


「これが、黒竜の言っていた『最も大事な代償』だから」


 それを耳にした瞬間、二人はその意味を理解し、呆然と立ち尽くした。


 そう、あの時、黒竜がパパを治す代わりに私に求めた代償。

 それこそが、私を最も愛する人物から私の記憶を奪うこと。


 即ち――“パパの中から私という存在が消える”こと。


 それこそが黒竜が突きつけた代償であった。


 無論、悩みもしたし、後悔もした。

 けれども、それでも、私にとってパパが治ることが一番であった。

 そのためなら、どんな代償も犠牲も払うつもりであった。


 もうこの先、私の事をパパが愛することがなくなっても。

 それでも私はパパに生きて欲しかった。


 その覚悟を受け入れたつもりではあったが、しかし――


「? なんだかよくわからんが、娘よ。何か望みはないのか? 私にできることがあるなら、なんでもするぞ」


 そう言って“見知らぬ私”に優しく接するパパを見るのが、こんなにも辛いとは思わなかった。


 気づくと私はパパの体に抱きつき、その言葉を口にしていた。


「それなら……なら、パパの……パパの……娘にして――!!」


 それはこの異世界にて来てから初めてパパへ向けた私の愛情であった。

 当のパパはそんなことを口にされて戸惑った様子のまま、飛びついた私を必死に支えようとしていた。


「む、娘とな……? ま、また無茶なことをいう娘だな……。お前、ひょっとして親がいないのか……?」


 そう問う魔王に対し、私はびくりと体を震わせる。


「……うん。そうだね……。ママとは離れ離れ……パパは……私のことを忘れちゃった、から……」


「そうなのか? ということはお前の父親はお前を捨てたのか? ひどい親もいたものだな」


 そう呟いた私に同情したのか、魔王は抱きついたままの私をゆっくりと下ろし、そして、どこか仕方がないとため息をついて頷く。


「――よかろう。お前には我が命を救ってもらった恩がある。幸い、我が城には一箇所だけ、誰も使っていない新品の部屋がある。私自身、誰のために用意したのか忘れてしまったが、そこを使うといい。今後のお前の生活の面倒は私が見よう。ただし」


 と、人差し指を立てて魔王は言った。


「私のことを『パパ』なんて呼ぶんじゃないぞ。そもそもそんな歳ではないからな」


 そう念を押す魔王に対し、私は再び涙をこらえながらパパの体に抱きつきながら頷く。


「――うん。わかったよ、パパ!」


「だ、だからパパと呼ぶんじゃないー!!」


 そんなことを叫ぶパパを見ながら、私はほのかに笑った。

 周りではそんな私達をイブリスやグレン、スイレンが優しく見守っていた。


 こうして私の異世界での新しい生活が始まりました。


 生活する場所はこの世界を支配する魔王の居城。


 そして、私はいつかパパに私の事を思い出してもらうよう、これからは努力しようと思います。

 それは決して楽な道ではなく、困難な道であり、自分の気持ちに正直になるというある意味、これまでの私からすると難しい道かもしれません。

 それでも私はあるひとつの希望を信じて、それを貫こうと思います。


 それこそが、あの時、黒竜との最後の別れの際、彼女が言った言葉。


『七海とやら、儂はお主のことを気に入った。確かに代償は支払ってもらったが、それでも人の想いというものは不思議なものじゃ。記憶の淵から消したつもりであっても、どこかにそうした感情は残っているもの。代償としてお主から大事なものを奪った張本人が言うのもなんじゃが、いつかお主の想いが魔王に届いた時、そこから新しい絆が蘇ることもあるじゃろう。まあ、儂から言えるせめてもの助言は――せいぜい父親にはたくさん甘えておけ、じゃ』


 そう、その言葉通り、私は胸を張って告げます。


 私の大好きなパパは異世界を支配する――魔王です。

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異世界転生した先の魔王は私の父親でした。 雪月花 @yumesiro

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