第5話 愛しい人へ

 終礼が終わるとすぐに、かばんを掴んで、廊下に飛び出る。窓から、はやとが正門をくぐったのが見えた。あたしは慌てて追いかける。小さかった背中は少しずつ大きくなっていく。息を整えるのももどかしく、

「隼! これ、あげるっ!」

もっと可愛く渡せたらいいのに、あたしの性格上去年までと同じように、半ば押し付けるように隼へと突き出してしまった。「云っとくけど、義理だからっ!」と、必要のないウソまでついてしまう。

「おっ、チョコか。サンキューな」

 隼もまた、同じように嬉しそうにお礼を云ってきた。そして……

「あっ! 待って、まだ……!」

 しまった、チョコを渡すことばかり考えていて、隼がプレゼントをその場であけちゃう性格だってこと忘れてた。

 あたしの制止も空しく、隼はチョコに添えられたカードに気づいてしまった。

   すき いいかげんきづけ バカ

「これって……」

 隼は弾かれたように顔を上げ、あたしを見た。あたしは怒ったようにそっぽを向いたまま目を合わせない。まだ息が白くなる季節なのに、マフラーもミトンもコートもいらないくらい身体がほてる。

 永遠にも等しく感じられる時間が流れ、やがて頭が重くなるのを感じた。

「ちょっと! 重いんだけど」

「ごめん、でももうちょいこのままでいさせて」

 つむじにかかる熱い吐息。小さい頃と同じことをしているのに、あの頃とは意味合いが違うんだとはっきり分かる。

 隼はゆっくりあたしに顔を近づけ、だけど思い出したように低く笑うと、おでことおでこをくっつけた。あたしたちにとっては、キスなんかよりずっと神聖な儀式。

菜子なこ……」

 隼はあたしの欲しい言葉を耳元でささやく。あたしは黙っていたけど、催促するような彼の目に耐え切れず、噛みつくように同じ言葉を返した。

 愛しい人へ―。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あまのじゃく 遠山李衣 @Toyamarii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ