第4話 あたしの心に気づくとき

「……こ、菜子なこ!」

 朱里紗ありさに肩を揺さぶられて、はっと顔を上げる。

「ごめん、聞いてなかった。なに?」

「今年はなにを作ろうかって。もうすぐでしょ?」

 バレンタイン。

 朱里紗の言葉を聞き、最近、周りの女子がやたら料理本のお菓子コーナーを見ている理由に気づく。

 もうそんな時期か。この前お正月を迎えたばかりだったのに。時の流れが急に早くなったように感じる。

「今年も隼に渡すんでしょ?」

「今年は……」

 脳裏に綾乃ちゃんの姿が過ぎる。朱里紗は、私の歯切れが悪いことに気づいたようだ。

「とりあえず作っておいて、渡すか渡さないかは後で決めようよ」

「うん……。そうだね」

 それからあたしたちは、チャイムが鳴って先生が来るまで、ああでもないこうでもないと話し合った。

 その日の帰り道。朱里紗は委員会があるから一人だった。そろそろ好きな歌手のCDの発売日だなとぼんやり思いながら正門を出ると、人影で目の前が暗くなる。

「お、久しぶり」

 はやとだった。あたしたちは自然に横並びになって歩道を歩く。

「部活は」

「ない、学年末考査前だから」

 すぐに会話は途切れた。それが今は少しだけ心地悪かった。

綾乃あやのちゃんは一緒じゃないの」

「なんで九条くじょうさんが出てくんの」

「なんでって……」

 クラスマッチが終わった後、綾乃ちゃんが隼に告白したという話は周知の事実だった。隼がそれに頷いた、という話も。

「ああ、あの話? そんなことになってたんだ」

 隼はおかしそうに笑った。それから、断ったよ、とさらりと云う。

「な、なんで」

「俺、好きなヤツいるから」

 あたしは思わず隼を見た。そんなこと初耳だ。

「誰? 同じクラスの人?」

「いや、菜子がよく知ってる人だよ」

 あたしの知ってる人? あたしの頭に朱里紗の顔が浮かぶ。

「云っとくけど、朱里紗じゃないからな」

 隼は、あたしの頭の中を読んだかのように、先回りして答えた。

「誰よ」

「教えない」

「じゃあ、その人のどこが好き?」

「素直じゃないところ、かな。ずっとそばで見ていたいって思ってる。」

「好きな人がいるって、どんな感じ?」

隼は少しだけ考え込むように人差し指を唇に当てていたけど、すぐにあたしの方を見る。

「すぐにそいつのこと見てしまうかな。なにやってても、すぐに顔が浮かんでくるし。俺のことどう思ってるか分かんないから、時々苦しくなるけど、今は顔を見たり、声を聴いたりするだけでほっとする」

 隼にしては珍しく長文だった。隼をいつになく饒舌にしてしまうくらいの女の子って、どんな子なんだろう。でも、その感覚、あたしもよく知ってる気がする……。

 黙りこくったあたしを、隼は楽しそうに見つめているのだった。


「朱里紗、あたし、隼にチョコ渡すよ」

 朝、朱里紗との待ち合わせ場所につくとすぐに、あたしは云った。朱里紗はちょっとだけ驚いたようにあたしを見たけど、すぐに、うまくいくといいね、と微笑んだ。

 百均で買ったシンプルな紙袋の中にはハート形のチョコが一つ。朱里紗と作った中で、一番出来が良かったやつだ。チョコにはカードが添えられている。昨日便箋に何度も書いては消して、結局カードに一言だけになってしまった。

 隼の話を聞いて、あたしは隼が好きなんだって気づいた。隼に好きな人がいることは知ってるけど、ぐるぐる考えて、想いだけはちゃんと伝えとこうという結論に至ったのだ。

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