ワールド・ティー・パーティー

月緒 桜樹

世界平和と一杯の紅茶

 彼には“時間”の概念がよくわからなかった。それは、彼が悠久の時を生きるからでもあり、居を構えるのが地球ではないからでもあった。


「やべっ、そろそろ引っ越さないと! 暑すぎてけちまう!」


 そう言って、彼はそそくさと荷物をまとめにかかる。


「黒点はすぐに消えるからなぁ、引っ越しも面倒だよ……ったく」


 埃に噎せ返る彼は、自称“神”であった。

 換気すべく“神”は窓を開ける。すると、案の定熱風がと吹き込んできた。


「うあっ……!!! 熱っ、喉焼け、げほごほ」


 埃に噎せつつ、熱風で喉を軽く痛めた彼は、太陽の黒点でない表面が近いことを悟った。黒点が縮小しているのである。


「まぁ、次の行には引越し済んでるから。全然、余裕」


 “神”は、それこそ“神憑り”的な速度で引越しを済ませると、テレビを点けて地球の様子を眺めながら紅茶を淹れた。

 やっぱ黒点快適だから、と彼は鼻歌混じりである。一人暮らしをすると独り言が増える、と地球(の一部)では言われるが、彼も例外ではなかった。


 今日の紅茶は、地球から取り寄せた期間限定のフルーツティーである。


 そして、“神”はテレビで地球の様子を眺めていた。世界各国、その他諸々、数百にも及ぶチャンネルを数秒ごとに変えていく。数分眺めただけで、彼はリモートコントローラーを放り投げた。


「何だよ、地球人! どんだけ戦争好きなんだ?!」


 彼は、地球の惨憺さんたんたる有り様を見ていられなかったのである。


「ああ、地球も平和になればいいのに……。火星人なんか、よっぽど、大人しいじゃねぇか」


 ソファに身を任せ、爽やかな酸味の通りすぎる紅茶を一口含む。それは、ぐちゃぐちゃと絡まった考えをほどいて、洗い流してくれるような気がした。黒点は、やっぱり快適だった。

 どうしたら“世界平和”なんて実現するかなぁ、と彼は頭を抱えながらアフタヌーン・ティー(彼に“午後”という概念は無く、単に「アフタヌーン」の響きが好みなだけである)を楽しむ。


 折角の紅茶を不味くしたいとは思わなかったから、窓の外の宇宙空間に視線を移した。


 宇宙は常に何らかの動きに満ちているが、人間の体感のみでそれを感じ取ることはできない。

 それでも、彼は人間ではなく“神”であったので、その景色に飽きることは無かった。


 そうして、暫く。




 “神”は閃いた。

 世界中が“アフタヌーン・ティー”を楽しめば、世界は平和になるのではないか? と。



 “神”は降臨した。

「我は“アメン=ラー”である!」

「我は“天照大神”である!」

「我は“ソール”である!」

「我は“アリンナ”である!」

 “神”は、太陽に住んでいるから、太陽神でいいだろうという安直な考えで、太陽神として降臨した。その上、彼は古代エジプトやローマや、その他諸々の国が既に滅んだことを知らなかった。


「あー、(マイク入ってる? 大丈夫か? ……おっけー)人間よ! “アフタヌーン・ティー”を楽しむのです!!」


 当然ながら、人々は、は? と思った。


「紅茶を持たない人々はどうするのです?」

「分けろ」

「……」


 人々は、太陽神のくせに冷たい神だ、と思った。


「紅茶が嫌いな人はどうするのです?」

「自分で考えろ」

「…………」

「お前たちは高度な知能を持つだろう」


 人々は、寧ろ氷の神なのではないか、と思った。


「我は、午後3時がよいと思うぞ」

「……はあ」


 人々は、やっぱり嵐の神なのだろう、と思った。


「世界平和のためだ」

「……?」


 全く、意味がわからなかった。

 それでも、人々はそれに従おうとした。


「だいたい、神の言うことは、やってみないとわからないんだ。神は我々の数歩先を見通しておられる」


 そう思うことにして。



 人間にとってはありがたいことに、“神”が“アフタヌーン・ティー”に必要な諸々を全人類に恵んだので、彼らは不自由無く午後の紅茶を楽しんだ。


 つまり、貧困問題が一歩、解決に近づいたのだった。


 世界各国で、“アフタヌーン・ティー”は楽しまれた。

 “神”からのお告げであったので、人間は、戦争すら一時停止して“ティー・パーティー”を執り行う。



 それを、彼はテレビで眺めていた。

「え、マジで?」

 紅茶を楽しみながら、眺めていた。

「――これ世界平和きたんじゃね?」

 スコーンを頬張りながら、彼はにんまりとする。……計画通り、と思って。


 ところが、彼の耳に銃声が聴こえた。


「……!?」


 彼は戸惑った。世界平和が訪れたのではなかったのか。


 彼は思った。

 ああ、きっと好みが違ったのだろう。だから、また争い始めたのだ、と。


 それは、間違いではなかった。

 しかし、それは理由のでしかなかった。


 何故なら――――。





 「午後3時」が、世界中に同時に訪れることはないのだから。




 “神”には、“時間”の概念がよくわからなかった。

 それは、彼が悠久の時を生きるからでもあり、居を構えるのが地球ではないからでもあった。

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ワールド・ティー・パーティー 月緒 桜樹 @Luna-cauda-0318

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