エピローグ「格ゲーで俺に彼女が出来ました⁉」
職場の藤田さんとは、あれからちょくちょく話すようになった。
仕事言葉以外聞いたことがなかったから、周りからも新鮮な目で見られていた。
そんな、ある定時のこと。
藤田さんがロッカー前の廊下でキョロキョロとしていた。
「何かあったんですか? 深刻そうな顔して」
「鍵が無くなって。お手洗いも、デスクの上も全部探したのに」
「家のですか」
「いいえ。わたし車で……あっでも家の鍵もそこにあったんだ……。私……わたしぃぃ」
「ああ、きっとあそこですね。裏口調べました?」
「裏口? どうして」
「ほら。今日、バーコードから搬入頼まれて、あっちが早いからって林に勧められて」
「あっ。仕事のことで頭いっぱいで気づかなかった」
「行きましょう」
俺は裏口の階段を降りて調べていると、藤田さんが上の階から声をかけてきた。
「笠さ~ん! ありました。ありましたよっ」
「良かったでーす。それじゃ俺はこのまま帰ります」
「まって! そっちに行きます」
「あ、藤田さん、慌てたら。ここの階段狭いから転ん……」
「きゃあー」
「おっと」
俺はナイスキャッチをしてしまった。
下に向かっておりてくることを予め読んでいたおかげだ。
そして、ちょうど俺の胸に藤田さんの顔が蹲ってしまった。
「ありがとう……ございます」
「大丈夫ですか」
「はい」
俺達はそのまま、長い間ずっと見つめ合っていた。
翌日の日曜日。
俺は藤田さんに誘われて、ステーキ屋に行くことになった。
半額チケットが手に入ったらしい。
「すみません、本当に。車にまで乗せてもらっちゃって」
「あの、私のが年下なんですから敬語を使わなくてもいいんですよ」
「なんとか慣れ……よう。あははは。ところで、よくそんなチケット手に入りましたよね」
「懸賞サイトってあるじゃないですか。初めて当たっちゃって。でもあのその、ペアチケだったから……。笠さんの顔がまっさきに浮かんで」
すっごく顔が赤くなっている。
そういえば、髪留めは銀のチョウチョだし、服は仕事で着ているのと違ってファッション雑誌に出てくるような格好だし。
もしかしてこれは、俺のためにオシャレしてきてくれた……。
言うべきか。
いや、言うべきだ。この言葉を期待しない女なんていない。
言え!
「今日は、か、か、かかか」
「着きましたよ。あ、何か?」
「いえ」
くっそ。俺ってこんなにヘタレだっけか。
ステーキを食べる藤田さんはとても楽しそうだった。
そうか。
これが楽しいってことなんだ。
俺は格ゲーやってて、こんな顔したことあるかな。
そういえば雅仙女のやつ、今頃何してんだろ。別のやつに精神論でも説教してんだろうか。
「ふぅ。食べたなぁ」
すっかり俺は打ち解けていた。
「はい。でも、正直、もう少し何か欲しいかなって」
「ああ、分かる。あのチケットにデザートは入ってませんからね」
「頼んじゃいますか」
「あ、じゃあ俺が」
「いえ。そんな。これは私のお礼なんですから、私に奢らせてください」
「でも」
「おぅ客様。当店のステーキ楽しんでいただけていますかえ」
聞き覚えのある声に振り向くと、俺は驚いだ。
「ぬわっ、雅仙女⁉ なんでここに」しかも店の制服。
「うっうん」
咳払いをして、人差し指を立てた。そういえば、絶対ナイショだった。
雅仙女は改めて言葉を続けた。
「当店のサービスです。お好きなデザートを一品づつどうぞ」
「え、そんなのこのチケットには」
「チケットの番号がキリ番でしたので、店長のお計らいです」
自分のをよく観ると、ちょうど番号が777だった。
俺はデザートが来る前に、トイレに立つふりをして雅仙女を探した。
すると、待ち構えていたかのように彼女が扇子を扇ぎながら立っていた。
「久しぶりよのう。息災でなにより」
「雅仙女、おまえ、他所に行ったんじゃ」
「誰もそんなことは言ってないが」
「じゃあ、どこに行ってたんだよ」
「そんなことより、褒美を与えに来たのじゃ。おまえの一勝のな」
「あれから俺、格ゲーはやれてなくて。実生活が忙しくなってさ」
「格ゲーに限定した覚えはないぞよ」
「じゃあ」
「彼女、幸せにしてあげんさい。それではさようならぁ」
天井に吸い込まれていく彼女を俺は、ただ黙って見送った。
そして心のなかで一言、こう呟いた。
――相手に感謝、だったな。
時は移り変わり……。
「父ちゃん、友達と将棋で全然勝てないよ。もうやだ」
「よし。じゃあ、父ちゃんがいいことを教えてやろう」
「勝てるようになるの?」
「ああ、なるさ。その方法はな――」
――了――
格遊仙女が空から降ってきた 瑠輝愛 @rikia_1974
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