第四話 これで最後

 働いているときも、雅仙女が言っていた精神論を頭に置くようになっていた。

 こういう職場も、相手がいなきゃ働けないからな。

「おい、君。これどういうことかね」

 え、俺またなんか……。て、藤田さんが叱られてる?

 地味で真面目が取り柄なのに。

 バーコードと言われている上司は続けて文句を言った。

「発注、明らかに足りてないよ。この数字、ゼロが一桁少ないじゃないか」

「申し訳……ありません」

 彼女は眼鏡の奥でうつむき、頭を下げていた。

 俺はちょっとおかしいと思い、手を挙げた。

「あのう、すんません店長」

「なんだね笠くん」

「その発注やったの藤田さんじゃないですよ」

「はぁ? だってこれ藤田くんが担当だろ」

「日付見てくださいよ」

「日付……14日のこれがどうかしたかね」

「その日、藤田さん有給でしたよ」

「本当かね?」

 バーコードがノートパソコンのシフト表を覗くと、頭をペチンと叩いた。ミスする時よくやる癖だ。

「すまんすまん、藤田くん。どうして言ってくれないんだね」

 藤田は俯いたまま、ぼそっと言った。

「……私も管轄でしたし」

「やれやれ。損な役回りは上司の私に任せなさいっていつも言ってるだろ。……おい、岡田!」

 お局様と言われている岡田さんが呼び出しを食らった。

 チッと舌打ちが聞こえるように言うと、店長の雷を思いっきり食らっていた。

 藤田さんをちらりと見ると、うつ伏せているメガネ奥から涙が溜まっていたのがわかった。


 定時。

 俺が首から下げたタイムIDを通していると、後ろから声をかけられた。

「あの、笠さん」

「あ、ごめん。すぐどくから」

「違うの。あの……、さっきはありがとう」

「ああ、あの発注のことか。分かる分かる、お局様に睨まれたら厄介だもんな。大丈夫だよ、あのバーコードは人間性だけは立派だからさ」

「うん……」肩をモジモジしている。

「何? なにか言いたそうだけど」

「な、なんでもない! お疲れ様」

「あ、お疲れ」

 藤田さんは、足早に会社を出ていった。


 自宅。

「ほおー。誰も気づかなかった犯人を特定するとはのう」

「は、犯人って……。まあ、あのお局様は、しばらくおとなしくしているだろうけど」

 今日は、爆乳キャラほのかのコスプレをしている雅仙女が感心してくれた。

 扇子を広げて、俺をゆっくり扇ぎながらいった。

「お主、もともと観察眼がいいんさね。きっと、私の格ゲーの教えの賜物よの」

「精神論しか教わってねーけどな」

「心が切り替わったことで目が良くなったのさ。人間なんて所詮は脳と心で物を見る生き物。どんなに視力が良かろうと、心が濁っておれば何も見えん」

「でも、まだ勝てないぞ」

「その仕事で発揮した観察眼を、対戦相手に向けてみなさね」

「前からずっと相手見ていたぞ」

「違う違う。『見る』と『観る』は別じゃ」

「どっかで聞いたことあるセリフだな」

「とにかく、具体的な課題を出してやろう。相手の下段が来る時、何をしていたのか観てみな」

「やっと教える気になったのかよ」

「とにかく、熱帯行きんさい」


 3ラウンド一本先取で、すでにジリ貧。次に勝たなきゃ敗北確定……。

 以前の俺ならもう捨てゲーしていたが、今は自然と対戦が出来るようになっていた。

 ここまで遊んでくれた相手に感謝だ。

 でもできれば逆三タテで勝ちたい。

「相手が下段を擦る時何をしていたか……。そういや、必ず上段とかの連携振ってたような」

 それに予想を立てて、俺はじっと相手の攻撃を耐えた。

 記憶していた連携が来た。

「今だ!」

 自キャラがしゃがみ下段を見事にガード!

 そのままトレモの練習通り確定反撃をぶち当てた。

 相手はなぜかそれをずっと繰り返し、とうとうイーブン。

「か、か、か、人生初勝利が……ががが」

 俺の緊張は極限まで来てしまった。

 慌てて先にしゃがんでしまい、相手の中段を喰らい続けて負けてしまった。


「ぬわわわわわわわわわわ⁉」

 俺は心の底から叫んだ。

 パチパチパチ……。

 それを見ていた雅仙女が、拍手を送ってきた。

「合格じゃ。もう教えることは何もない」

「何言ってんだ。俺はまだ勝ててないだろ」

「今までの教えを真摯に守り続ければ、もう勝てる。時間の問題さね」

 そして、人差し指を立ててウインクをしながらこう続けた。

「絶対、ナイショだよ♥」

 DOAキャラほのかの決め台詞だ。

 俺はあまりにのハマり過ぎに、驚愕してしまう。

 そんな俺を笑いながら、雅仙女は天井に帰ってしまった。

「おい、待てよ。俺はまだなにも」

『大丈夫、もう心配ないさ。もしも一勝したら、ご褒美をあげるよ。楽しみに待ってなさい。ほほほ』

 部屋に響く彼女の声が、別れを告げていたということに気がついたのは、それから3日程度たったあとだった。

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