第5話女王

 軽く肩を叩かれ振り向くと、先程知り合い程度の関係にはなったエリックが立っていた。彼は試験の結果を引きずってもいないようで表情も明るい。


「エリックさん。どうですか?マークさんの具合は」

「解毒剤のお陰でピンピンしている。立ち話もなんだし、向こうの皆んなと合流しよう」


 ギルド会館の外にあるオープンテラスではエリックの仲間である四人が黄色く泡立つ飲料を仰いでいた。他にもその黄色い飲料を飲む者が結構いることから、人間にとってポピュラーな飲み物と考えられる。


「おう、来たか!それより聞いたぞ、すごいなお前ら!」


 足りない椅子を隣のテーブルから持って来て素直に今思っている事を軽い嘘を交え伝える。


「正直、実力というより支部長さんの気まぐれって感じがします。私たちはエリックさん達のように強そうな魔物と戦った訳でもないですしね」

「あの人が実力もない者をA級に上げるはずはないです。僕らへの皮肉ですか?」


 ジェイコブは試験の結果からまだ立ち直ってないようで、苛立ちをルシウスの方にぶつけてきた。


「ジェイコブ。失礼だろ」

「だってそうじゃないですか!A級になれたなら素直に嬉しいといえばいいじゃないですか!」

「兄様に喧嘩売ってんのか?!殺すぞ!」

「やって見ろよ!どこの貴族だよ!男が兄様とか気持ち悪いんだよ!」


 二人の口論に場の雰囲気が荒れ、レオが背負っていた大剣を抜こうとする。


「辞めなさい、レオ」


 目を瞑り、ゆっくりとした口調で静かに話すルシウスであったが、そこにいた全員が身の毛のよだつ何かを感じ取っていた。


「だって、あいつが…」

「二度言わせないでください」

「ごめんなさい!」

「ちっ!僕は悪くない」

「ちょっとちょっと!雰囲気変えていこうせ!こうやって知り合ったのも何かの縁だしさ!」


 なんとかこの場を持ち直そうとエリックが立ち上がり、ビールなる物を注文する。


「ジェイコブが言った通り、A級に相応しい実力はありそうね」

「そうだな。あれが強者の殺気というものなのか?ちびってしまったかも、ははは!」

「やだーー離れてよ!汚い!」

「なんだよ!お前もちびったんじゃねぇーのか?」

「セクハラよ!」


 マークと妹のマリの会話で雰囲気が少し和んで来たところに、人数分ビールが運ばれて来た。それをそれぞれの前に配り、エリックが今日の出会いに対する乾杯を提案する。


「乾杯!」

「か… んぱい?」


 皆んなとは違って三人は慣れないことにぎこちなく乾杯と声をだした。そして、以前は見た事がないビールなる飲料を口に含むとシュワシュワと変な感覚が弾ける。


「妙な飲み物ですね…二人はどうですか?」

「私はちょっと…」

「これまずい!」


 口には合わないがまた雰囲気を悪くするのも面倒なので一応飲み干す。しかしながら今日は人間のご機嫌とりばかりしているようで癪ではあるが、人間社会で活動するにはこれも仕方のないことだろう。それに、これからもかなりの我慢を強いられそうな予感がしてならない。


「一つ、質問してもよろしいでしょうか」

「なんだい?」

「支部長さんは亜人が嫌いなのですか?」


 ルシウスは冒険者ギルドの支部長が、亜人を口にした時の目を思い出す。


「ルシウスくんはこの国の出身ではないようだな」

「ええ…まあ…」

「この国は人間絶対主義なんだ。人間以外の種族とは敵対しているけど、奴隷に使ったりはしない。それは俺らも含めブリュレ王国の民にとって誇りでもある」

「誇り…ですか」

「他の国では奴隷商人に売られて非人道的な目にあったりするだろ?この国はそんな行為はしないんだ」

「立派な王様が統治する国だからこそ、千年王国と呼ばれるすごい国になった訳ですね」


 エリックはルシウスの言葉に対して、迷いがあるようで直ぐにそうであると答える事が出来なかった。


「君の言葉は間違ってはいないけど間違っている」

「どういう意味ですが?」

「この国の女王であるクリスティーナ様は、わずか十歳で王位を継承し数年でより強固な絶対王権に仕上げた名君でもあり暴君でもあるんだ。幼いという理由で自分を利用し背後で権力を握ろうとした身内や腐敗した役人、貴族を次々と粛清し、最初は国民からの信頼もそれはすごかったよ」

「過去形ですか…」

「ああ…俺たちにはね。でも、名君である事に変わりはないよ」

「なんだか話がよく見えませんね」

「クリスティーナ様は、先言った人間絶対主義に加え能力主義者でもあるんだ。身内の中で一番優れた能力の人を基準に税金を決めるシステムを投入してから反応が分かれ始めた」


 つまらない話ばかりで早く帰りたかったルシウスは俄然、エリックの話に興味が湧いて来た。


「どのように決めるのですか?」

「国にどれだけ貢献しているかで税が決まるんだ。農民や漁民は国にそれなりに貢献しているし、稼ぎもそこまでいい方じゃないから変動はないけど、一番苦しいのは工場や誰かの下で働いている人さ。そうやって増やした税金を最前線の砦建設、魔法学校や兵士育成、兵器や武器開発などに回している。国が国民を守るのは当たり前のはずなのに、安全を保証する変わりにあまり国に貢献出来ない人は税を最大で五倍も払えなんて…笑えないことだよな。ジェイコブが君に突っかかったのもそのためさ」

「なるほど…そういうことでしたか」

「S級冒険者になると税金が本来の半額になるんだ。ジェイコブの家は税金を五倍も払っているからかなり厳しい」


 黙って聞いていたジェイコブも色々と鬱憤が溜まっていたのか声を荒げる。


「今の女王はさっさとくたばって、次の王がそのバカみたいな法を無くして欲しいものです。安全を守る?はっ!この前だって賞金首一人にボロクソにやられて、自分がいった事すら守れなかったじゃないですか!被害を被っているのは力無き国民だけですよ!王族は立派なお城で美味しいもの食って何不自由なく暮らしている。豪華な暮らし過ぎて女王のウンコは金で出来ているかもしれませんよ!」

「ちょっと声が大きわよ!それになんでよりによってウンコ?」

「聞かれたら聞かれたで別に構いませんよ」


 鬱憤を全部吐き出したのか、ジェイコブは心なしかスッキリした表情になっていた。エリックは他国の人間に悪い話ばかりしていた気がして、遠く顔を拝める事も出来ない女王のフォローを入れる。


「十年以上前と比べればより安全になったのも事実だ。それに、クリスティーナ様自身も相当腕が立つらしい」

「随分と彼女の肩を持つのですね」

「一応俺が生まれた国の女王様だからね。そうでも言わないと、憎しみで耐えられないかも知れないからさ」


 そう話すとエリックは上手く作れてない笑顔を見せる。ニュアンスからして何かあったのは間違いないようだが、敢えて詮索はしない。

 日が暮れ始めた頃、エリック一行とは別れて最初に来た人気のない街の外郭から、ノアの能力で拠点に戻る。


「気を使う事が多過ぎて疲れました。でも、その分収穫もあったから悪くない気分です。これが達成感というものでしょうかね」

「収穫とは冒険者カードの事でしょうか?」

「いいえ、千年王国を苦しめる方法ですよ」


 いつも通り膝の上にユリアを座らせたメフィストは不気味な笑顔を浮かべていた。


「報告いたします!」


 全てが大理石で出来ているいる玉座の間には、入り口から階段を登った玉座まで赤いカーペットが敷かれ、その両側にはハルバードを持つ近衛へがずらりと並んでいた。そして、天井からぶら下がっていたり、玉座の後ろの壁を全部覆う程大きかったりするブリュレ王国の文様が刻まれている旗が至るところに掲げられていて、その様は見るものを圧倒する。


「先日起きたハイル襲撃の主犯、破壊僧鬼童丸を捕らえるべく、ハイルの一番近い街から二万の兵を向かわせましたが…全滅したとの連絡が入りました」


 派手なドレスではなく王家専用の白い軍服を身につけ、枝毛一つ見つからないシルクのような金髪が腰まで伸びている美しいこの女性こそが、ブリュレ王国六十一代目女王、クリスティーナ・ルイ・リューネブルクである。


「そうか、ご苦労だった。下がって良い」


 入り口の前で報告を終えた兵が退出したのを確認した、地面すれすれまで髭を蓄えた老人がクリスティーナに意見を述べる。


「陛下、鬼童丸を二級と侮っていたのかも知れません。こうも失態が続くと国民の信頼を損なうことになります」

「気にする必要はない。国に貢献も出来ない愚民など、ただの家畜に過ぎない」


 感情のない人形のように話す国の最高権力者に、老人は魅力を感じながらも危うくも思っていた。


「ですが陛下、まだ新しい税案も国民の間に定着しておりません。不満に思う者も多いのです」

「そちの心配もわかっている。だが、案ずるな。私に刃向かえる家畜などこの国に存在しない」


 玉座から立ち上がり、後ろの壁一面を飾っている旗を見つめながら再び口を開ける。


「しかし、だ。やつにはこの栄光ある千年王国に手を出した報いを受けてもらう。この国は一千年も前に、世界を苦しめた悪魔と呼ばれる人間とも違う、亜人とも違う、魔物とも違う、魔族とも違う、何者とも似て非なる唯一無二の存在を打ち滅ぼした英雄王ジオルグによって建国された。英雄王の後を継いだ偉大なる先祖達が私の代まで築き上げてきたこの国を!犯罪者如きが手を出すなど許せるものではない!!!」


 ブリュレ王国に仕えて百年余り、老人は彼女が即位してからもずっと見守って来た。戴冠式でも、身内を粛清した時でも、先代が亡くなった時でさえ表情を変えることがなかった彼女を人形と呼ぶ者も沢山いたくらいだ。そんな感情など存在しないと思われたクリスティーナの、初めて見せる狂気すら感じられるその叫びが玉座の間に木霊する。


「へ、陛下…」

「爺、あいつはまだ動かないのか?」

「はい…今は気が乗らないそうです」

「馬鹿馬鹿しい、今日動かないと今まで犯した罪で処刑すると伝えろ」

















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