第4話冒険者試験2

「参考にさせていただきます。えっと…」

「おっと!自己紹介がまだだったな。俺はB級冒険者、エリックだ」


 出番が回って来たということで自己紹介を簡潔に済ませたエリック達は、試験管に緑の冒険者カードを渡すと会場の中に入る。


「知っていると思うが、試験中に負傷してもギルドは責任を取らない。だが、こちらもこれ以上危険だと判断した場合は対処する。では、始めるとしよう」


 SS級冒険者でテイマーとして活躍していたサンチェスは、今はその能力を買われ試験管としてギルドで働いている。怪我や歳をとったといった理由で引退した冒険者がギルドで働くのはよくある事だ。だが、誰でもという訳ではなく、少なくともS級以上である必要がある。

 そして、S級以上の冒険者には特権が与えられるのだ。通行料の免除、ギルド施設無料利用など地味なものからハンターギルドのライセンス発行、冒険者を引退する代わりに生まれた国で騎士の爵位をもらう事だってできる。特権もさる事ながら、冒険者は身分に関係なく自分の能力だけでのし上がれる数少ない道でもあり、ギルドは夢を馳せる若者の希望的な存在なのだ。


「オルトロス」


 ごちゃごちゃと沢山のアクセサリーを付けているサンチェスの右手のブレスレットが光を放ち頭が二つで、タテガミの全体と尻尾が蛇である犬が現れた。


「やっぱ聞いた通りオルトロスか!」

「これでA級確定だなおい!」

「油断は禁物よ。練習通り行きましょ」

「わかってらぁー!」

「事前に情報を得て練習したのはプライドが傷つきますがA級になるためです。我慢するとしましょう」


 五人は武器を構えオルトロスの様子を伺う。周囲にはオルトロスのタテガミである無数の蛇が発する警戒音がドーム内に響き渡る。


「シューシュー、シューシューうるせぇんだよー!」


 武闘家のマークが強靭で重そう体とは思えない素早い動きでオルトロスに飛びかかる。


「くらいやがれー!!鉄剛拳!」


 腕の筋肉を限界まで収縮し、力を溜めた拳をオルトロスの顔面にお見舞いする。凄まじい力により頭の一つが苦痛で顔を歪ませ、体がひっくり返そうになったがバランスをとり体制を立て直すと反撃しようと口を開ける


「避けろ、ブレスが来る!」


 オルトロスの二つの口から冷気と炎のブレスが吐き出されたが、直線的攻撃なため避けるのは容易い。


「くっそ…前がよく見えない。皆んな集まろう」

「厄介ですね。風がなくほぼ密閉された空間だから、炎で蒸発された冷気の霧を取り払えない」

「流石にこれは予想出来なかった。突進する足音が聞こえたら、俺が先頭に立って攻撃を受け止める。やつの注意が俺に向けられた隙に仕掛けろ」

(そう簡単にはA級になれないということか)

「あいよ!」

「かあぁっ!何かに噛まれた!」


 マークの足にはタテガミから分離した蛇が数匹噛み付いていた。しかも、霧でハッキリとは見えないがかなりの影が蠢いているのがうっすらと見える。


「蛇には毒がある、誰か解毒剤を持ってないか?」

「練習でも必要が無かったから、僕は持ってません!それよりこの数は危険です!」

「くっ…一気になぎ払おうにも小さいから難しい。その上マークに毒が完全に回る前に決着を付けないといけない…チビ!魔法で一旦我々を取り囲んでくれ」

「僕はチビじゃない!それに…僕は防御魔法は使えませんよ」

「違う、ファイアーウォールだよ」

「そういうことですか。でも、熱いとか文句言わないでくださいよ!」


 ジェイコブはファイアーウォールを唱え、皆んなに近過ぎないよう炎の壁でチームを取り囲む。高温の炎で蛇はこれ以上近づいて来ないのが、思ったより壁の中の体感温度が高い事に早急な決断を迫られる状況になってしまった。


「十秒後に皆んな後ろにひ…」


 策を練っていたエリックの視界に蛇より遥かに大きな影が猛スピードで膨れ上がるのが見えた。直感でオルトロスが突進して来るのだとわかってはいるが、蛇やら熱に気を取られていたためガードポイントが間に合わない。


「とにかく逃げろ!」


 しかし、影はこれ以上近づいてこない。代わりに試験管の試験終了という声がエリックの耳に聞こえた。


「残念だが、君たちはまだA級になるには力不足のようだ。今回は諦め、早く仲間の手当てをするといい」


 サンチェスの風の魔法で霧は晴れ、エリック達は預けていたカードを受け取り試験場の出口に向かう。


「なぁ…偉そうなこと言っといて格好悪いとこ見せちまったな…」

「そんなことはありません。今回は残念でしたが、次は必ずA級になれると思います」

「ああ…ありがとう。仲間の治療があるから俺らは先に行くぜ」


 難易度からして試験中に手加減の必要性を感じたルシウスは、二人に出来るだけ力を抑えるよう言いつける。

 派手に目立つのも一つの手だが、今は冒険者になることだけを目指す。

 次々と受験者の試験が終わり、出番が回って来た三人はサンチェスに白いカードを渡し会場で試験の開始を待つ。


「C級昇級試験を始める。準備はいいな?」

「問題ありません」

「早く始めようぜ!」


 右手のアクセサリーが光を放ち、三匹のハウンドドックが現れた。群で行動するからこそ力を発揮する大型犬の魔物であるハウンドドックは、たかが三匹ではただのでかい犬を相手するのと変わりはない。


「やっちまっていいんだよな?兄様!」

「無論いいですよ。私が言っ………」


 注意事項を覚えているのか聞こうとしたが、レオは話を聞かずに飛び出し大剣を三匹のうち一匹に振り下ろす。


「おらよー!」


 大剣はハウンドドックを真っ二つにした後結界を破り、結界に守られていた床を崩壊させてしまった。大剣の攻撃を直接受けてないところも一撃の衝撃で崩れ、瓦礫が真下の自分の部屋にいた支部長を襲う。


「なんだなんだ?」


 支部長は突然の事態に驚愕の表情を浮かべたが、慌てる事なく重力制御魔法で瓦礫をゆっくりと下ろす。試験会場が破壊されたことで試験の続行は不可能と判断したサンチェスは、死体を除いたハウンドドックを再びアクセサリーの中に呼び戻す。


「昇級試験はしばらく中断する。他の受験者には申し訳ないが、ギルドから別途発表があるまで待ってくれ」


 試験会場がこの有様では昇級試験は受けようもないことは理解出来る。だが、後から来た受験者達は複雑な表情を隠せない。


「俺が張った結界を破るとは…お前ら…何者だ?」


 上の階から落ちて来た若い三人に、三十代前半に見える支部長は鋭い目付きで穏やかではない雰囲気を醸し出す。


「俺はレオだ。おっさんは誰だ?」

「そうか、レオくんかーって誰がおっさんだこの野郎!」

「すみません、私はルシウスと申します。弟が大変なことをやらかしてしまいました」

「男どもはどうでもいい。そこの可愛い天使ちゃんの名前は?あと、俺のことをお兄ちゃまと呼びなさい」

「断る」

「えっ?何で?お兄ちゃまと呼べば許してやるからさ」


 先の感じから一変しふざけた態度をとる男に妙な要求をされ、戸惑いを隠せないノアはルシウスに助けを求める。


「あの…兄様?」

「兄様じゃない!お兄ちゃまだ!」

「あなたじゃない!」

「ちょっと支部長。これは一体、何事ですか?」


 同じフロアにいた他の職員がホコリまみれになった服をはたきながら扉を開ける。


「あっ…扉が取れてしまった…」

「何してくれちゃってんの」

「僕じゃない!」

「ぶっ壊れちまったもんは仕方ない。この際もっと豪華に修繕しよう!」

「上から怒られても知りませんよ…」

「ともかくだ。ここの三人が俺の結界をぶっ壊し、六階の床もぶっ壊し、五階もぶっ壊した犯人だ」


 集まって来た五階の職員たちも驚いた様子でルシウスとノア、レオを見つめる。


「サンチェス。S級試験中だったのか?」

「いいえ、C級でした」

「はぁん?C級?どんな事をすればこうなるんだ」

「彼の大剣で一振りしたらこうなりました」

「ほう?とんでもない武器のようだな。ちょっと見せてはくれんか?」


 支部長はこの騒ぎの原因はが特殊な武器である大剣によるものと踏んで大剣を調べて見る事にする。思った通り希少価値のある貴重なものなら、弁償という名目で何としてでも手に入れたい。


「重いぞ?」

「……!」


 大剣の柄を支部長が握ったのを確認したレオが手を離すと、鍛冶屋のオヤジ同様一瞬も持つ事が出来ず地に大剣を落としてしまった。そんなに上から落とした訳でもないのにコンクリートが削れる程の重さに、支部長は大剣を諦めることとする。


「おんもっ!こりゃ…使えねーな。しかしながらよく持ってられるな…お前、亜人か?」


 亜人という言葉を話す支部長の目は、先までふざけていた人間のものではなかった。


「違うけど?」

「だよなーどう見ても人間だしなー。破壊の件はまあ…試験中の事故であるなら仕方ない!」

「では、C級に上げますか?」

「俺の結界を一撃で破れる程だ、S級は間違いないだろ。だからと言っていきなりS級はあれだから、Aにしよう。もし、嬢ちゃんが俺をお兄ちゃまと呼んでくれてたらSになれたのになー」

「…」

「なれたのになー」

「……」

「な・れ・た・の・に・なー!!」

「………」

「支部長!ふざけてないでください」


 なんだかんだで丸く収まり、晴れてA級冒険者となったルシウス達は瓦礫だらけの五階をぬけ階段を降りる。


(やれやれ…レオには困ったものですね。結果良ければ全て良し、今回は目を瞑りましょ)


 サンチェスの話では一階でハンコを押されたこの白いカードを受付に渡し後、そこで話を聞けという事だった。


「ほら、あいつらだよ」

「まじかよ…ツラはいいが、そんなに強うそうじゃないけどな」

「試験会場で直接見た目撃者も結構いるし、先の衝撃と崩れるような音聞いたろ」

「信じられんな…いや、信じたくないな。これがいわゆる持って生まれた才能ってやつか?」

「かもな…全く腹たつわな。顔もいい上にあんないい女はべらせて、挙句に天才かよ!」


 一階に降りると何だか視線が熱い上に、こちらを見ながらコソコソと話す連中がちらほらと見える。気にはなるがまずはやるべき事があるのだ。

 フロア中央の番号札機から番号札を手に取ると、ラッシュは過ぎたのかすぐにルシウスの番号が点灯する。


「ごれを渡せばいいと聞きましたが」

「なるほど、お預かりいたします」


 受付嬢はカードを受け取り何かの装置に三枚のカードを挟み込む。しばらくしてカードを引き抜くと青いカードと変わっていた。


「こちらA級冒険者カードのお返しと、今度から依頼を受ける際にはA級の依頼まで受ける事が可能です」

「わかりました。ありがとう」


 白カードからいきなりの青カードにフロア内がどよめく。このざわめきが思う節がある違う事に対してのことと勘違いしているルシウスは、初印象が最悪と思われてしまったと少し残念がる。確かに試験会場を壊したのはよくないかも知れないが、流石に本人の目の前であからさまにコソコソされると腹がたつというもの。


「よっ!」












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