やさしいアルバイト

脳幹 まこと

やさしいアルバイト


 アルバイトをしている。

 目の前にあるのは一台のパソコン。画面には、メモ帳とアプリが表示されている。

 バイトの内容は簡単。メモ帳に記載されている情報(名前やE-mailアドレスなど)を1行ずつ、アプリ内のテキストエリアに入力して「実行」ボタンを押下するだけだ。

 内容を聞いた当初は、ちょろいと思った。メモ帳の内容をコピーして、テキストエリアに貼付ペーストするだけの簡単なお仕事――そんな風にしか考えていなかった。

 実際に仕事が始まっても、その余裕が崩れることはなかった。1件あたり、5秒もかからない。体力や瞬発力については、同年代より自信があるのだ。

 日給払いだから、早く終わろうとも一日分の給料を貰える。ぼろい仕事だ。


 そんな私が違和感を覚えたのは――作業開始から三十分ほどのことだった。

 既に数百件ほど片付けているはずなのに、全然、仕事の終わりが見えてこないのだ。進捗の度合いを示すメモ帳のスクロールバーは、まだまだ上部に留まったままである。

 ずっと気を抜かずにやり続けた結果がこの程度なのだから、これから先、作業し続けたとしても、予定通りに帰宅出来るかは怪しいところだ。

 ようやく自分の見通しの甘さに気付いた訳だが、後ろにいるいかつい監視官は、私の要請を認めてくれそうにない。

 

……こうして現状を愚痴ってみたら、少し気が楽になった。作業を続けよう。



 あれから数時間が経過した。

 いよいよ、気がおかしくなりかけている。

 日が沈み、いよいよ夜になるというのに、未だに半分も終わっていない。何千回も何万回もコピー&ペーストしているのに、メモ帳の記載はまだ延々と続いているのだ。

 変わり映えのしない単純作業がずっと繰り返されるのだ。賽の河原で石積みしているようだ。なんで生きているんだろうなんて、哲学的な気持ちにも幾度もさせられた。

 休憩もしていない。食事も摂っていない。目はちかちかし、腕は震える。こんなに作業してたったの八千円(交通費込み)だなんて、割に合わない。

 後ろを振り向くと、監視官は大あくびを浮かべている。そんなに面倒なら、いっそのことサボっちゃえばいいのに。

 この作業が終わったとして――終電には間に合うのだろうか。



 真夜中だ。

 辛い。辛い。辛い。終わらない。終わらない。終わらない。

 メモ帳、まだ、こんなにある。帰りたい。帰りたい。

 朝になったら、また、の分がやってくる。どうしよう。どうしよう。

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